79. クララと真実
「クララ!よかった!気がついたのね。ごめんなさい、怖い目に合わせてしまって!」
クララが目を覚ました!あまりの嬉しさに、私はクララに抱きついた。私のせいでこんなことに巻き込まれたのに、クララは私の背中をさすってくれる。
謝ったくらいじゃ許されない。一発殴ってくれればいいのに。
そう思ったところで、はっとした。クララは私とは違う。虫も殺せないようなか弱い娘が、拳なんて使うわけない。
「ローランドは、無事ですか?」
ローランドと一緒にいた記憶は、ちゃんとあるようだ。
「もちろん、無事よ!無傷だったわよ!あなたが気を失ったのと同時に、一緒に魔法で避難してきたわ」
「魔法?それは、あの旅の方の?」
「そうよ。気付かなかった?あれはレイよ。北方を追ってたの」
いつもいつも、レイは私の尻拭いばかりしている。私のせいで、レイを危険に晒してしまう。
「知りませんでした。レイ様を巻き込んでしまって、申し訳ありません」
「いいえ。責任は私にあるの。レイは主の失敗をフォローしただけ。それにたぶん、領内に北方が入った気配を感じて、探索に出ていたのよ。だから、あそこにいたのも偶然じゃないの。あなたが気にすることはないわ」
レイが郊外に張った罠。シャザードはそこに引っかかった。だから、レイはその周辺で様子を探っていた。
「あの、レイ様は今どちらに?お礼を言いたいのですが」
「レイは旅に出たの。しばらく帰らないけれど、その気持ちは伝えておくわ」
できることなら、私も会って伝えたい。今は叶わないけれど、いつかきっと。レイはきっと無事に帰ってくる。
「そうですか。あの、ローランドは?」
「政務に戻ってもらっているの。忙しいから、当分は会えないと思うわ。今回のことで婚約同盟の披露を早めることにしたのよ」
クララの瞳に、少しだけ影が指した。でも、アレクとの婚約が前倒しになったことは隠せない。私の口から伝えることができて、よかったと思うしかない。
私は気を取り直して、できるだけ明るい声をだした。
「それより、お腹すいたでしょう?何か食べましょう!」
そう言うと同時に、クララのお腹がぐうっと鳴った。そういえば、朝から何も食べていないはずだ。
私は侍女長に命じて、軽食を運ばせた。彼女が側にいれば、クララも安心する。思った通りに、クララは少し元気を取り戻した。
本当なら、このまま休ませたい。でも、この王宮は安全ではない。
食後の紅茶を飲み終えたとき、私は勇気を振り絞って話を切り出した。
「私のせいでひどい目に合ったわね」
クララは驚いたような顔をした。いきなり、何を言われるんだと思ったんだろう。
「アレクの夜伽を命ずるなんて、私が浅はかだったの」
でも、言い訳は通用しない。失敗を後悔するのではなく、反省から学ばなくてはいけない。
「どこからどう情報が漏洩したのかは、調査中よ。でも事の真偽はどうあれ、あなたがここにいると、困ったことになるの」
「後宮に入ったと、誤解されるってことですか?」
王女付の侍女は側室候補。後宮に入るか、それを辞して秘書職に異動をするか。
クララの父である男爵に、その選択を問う書簡を出してあった。領地から戻っていないと聞いていたけれど、きちんとクララに伝達はされていたんだ。
私は眉間を指で押さえてから、大きく深呼吸をした。ここまで来たら、もう取り繕うことはない。
「みなに逃げ道を作ったつもりだったのよ。なのに、貴方だけ逆に追い込んでしまった。ごめんなさい」
「そんな!謝ったりしないでください。偽情報に惑わされる他国が愚かなんですから」
偽情報。本当にそう思っているなら、鈍感な彼女らしい。でも、もうそれではダメ。自覚をして防衛しないといけない。あなたの命を守るために。
私はローランドの調書の束をめくって、あの言葉を読み上げた。
『王太子ご寵愛の令嬢。王太子のただ一人の愛妾』
クララが顔を赤くする。照れた顔は本当に可愛らしくて、アレクに見せてあげたいくらいだ。
「この情報の間違いは一つだけ。『愛妾』のところよ」
クララは私の言っていることがよく分からないという顔をした。謙遜は美徳だけど鈍感は罪悪。こんなに愛されているなら特に。
「アレクはあなたを愛している。彼が愛しているのは、あなただけよ」
私はクララの手を握った。もう認めてちょうだい。そして、次に進むの!
「気がついていたでしょう?愛しているからこそ、アレクはあなたを危険に晒したくなくて、だからあなたを拒んだのよ。こういうことが起こるって、分かっていたから」
「それは、何かの勘違いじゃ……」
私は首を振って、握った手に力を込めた。どうしても分かってもらわなくちゃいけない。アレクのために。クララのために。私たち全員が生き残るために。
「アレクはあなたを、側室になんてできないわ。北方のことがなければ、正妃にしたかったはずだもの。本当に愛する女性に、妾としての日陰の人生を望んだりしない」
そして、私をお飾りの正妃にするつもりもない。彼は必ず私を愛そうと努力する。それがアレクの誠意。
愛し合う者たちを引き離すのが戦争。そして、その別離を強いるのは宿命。それを変えられる巫女の力を、シャザードは狙っている。
「すぐに王宮を出ます。私はここにいちゃいけない」
「ごめんなさい。でも、どうしても婚姻同盟は必要なの。たくさんの命がかかっているのよ。もし失敗したら、アレクの治世どころか、国の存亡にも関わってくるの」
クララに宿命のことは明かせない。知らせれば、巫女の道を妨げてしまうかもしれない。でも、今のままでは危険だ。
「今からアレクがここに来るわ。最後にきちんとけじめをつけてほしいの」
じゃなければ、先に進めない。黙ってうつむくクララを残して、私はアレクを呼びに執務室に向かったのだった。




