78. 意地っ張り
寝室のドアは、少し開いていた。中からローランドの声が聞こえる。クララはまだ眠っているようだ。
「クララは潔白です。殿下の側室として、なんの恥じるところもない」
どういうこと?クララは、ローランドのものになったんじゃないの?側室って、いつの間にそんなことに。もしかして、アレクの気が変わったの?クララを側室にする気になったのかしら。
「クララが、そう言ったのか?私の側室だと」
「お咎めは私一人に」
クララがそんなことを言うはずない。ローランドは、一体何を咎められると思っているんだろう。
「これがお前の愛なのか?」
「どうか、私に罰を」
シャザードの言葉のせいだ。ローランドは誤解している。クララがアレクのお手つきだと? 残念だけど、それはない。そうなるには、クララは愛されすぎていた。
ドアを開けて部屋に入ったとき、アレクの静かな声がした。すでに感情を消して、王太子の模範演技に入っている。
「この件については、北方が片付いてからにしよう」
「承知いたしました。寛大な処置に感謝いたします」
アレクとローランドは固い握手を交わしている。クララをめぐる紳士協定ってやつ? この男たち、何をかっこつけているのか。どっちでもいいから、さっさとクララと結ばれてくれないと!
「クララをよく守ってくれた」
「恐れ入ります」
これが男の友情か。非常にまどろっこしい。でも、穏便に済んだならいい。ローランドには、クララを守ってもらわなくちゃ。ここで退かれるわけにはいかない。
そう安心したところで、アレクがいきなり問題発言を繰り出した。
「だが、クララはしばらくこちらで預かる」
なにそれ! クララを王宮に留めたら、愛妾だと証明したことになるのに。自分では守る気がないのに、なぜそんなことを。
「心得ております」
承諾するの? 今ローランドに引かれたら、クララの守りが不在になってしまう!まさか、クララって誰からも執着されないキープな女?
いや、いやいやいやいや。違うでしょ。これがいわゆる、愛され過ぎるが故のドーナッツ状態!モテる子って、意外とそういう傾向がある。
男たちが牽制し合って、そのせいで半径一メートル以内に誰も近寄れないって。男ってプライドばっかり高くて、みんなヘタレ。
でも、アレクばかりを責められない。私がクララを巻き込んでしまった。ローランドが誤解したのも、元はといえば私のせい。
「ごめんなさい。私のせいなの。誰も責めないでやって」
部屋を出て行くローランドに、そう声をかけた。ローランドは深く頭を下げて、何も言わずに退室していった。
「王宮の結界を調べさせているわ。すぐに結果は出ると思うけれど……」
「分かった」
アレクはクララのさらさらとした前髪を払う。私はアレクの側に立って、クララを見下ろした。
「クララが無事でよかった。レイが戻ったら、褒美をあげなくちゃね」
「そうだな」
レイがシャザードの気配を察知しなければ、ローランドは殺されて、クララは人質となっていたかもしれない。
強力な結界が張ってある王宮に、二人も魔法で搬送した。そんなこと、レイかシャザードしかできない。そう、この二人にしか、ここの結界は通れない。
「ローランドにもよ。レイが加勢するまで持ちこたえたのは、彼の力だわ」
「そうだな」
ローランドの魔力では、シャザードに対抗はできない。無傷で戻ったのは、ほぼ奇跡だ。
「クララを王宮に入れたのは、私の間違いだったわ。本当にごめんなさい」
起こったことは、もうどうしようもない。とにかく、クララの安全を優先する。愛妾にしないと決めたなら、そんな事実がないことを証明しないといけない。じゃなきゃ、クララはまたこんな目にあう。
「こうなったら、すぐにローランドと結婚させるべきよ」
「それはダメだ」
即答! ローランドには、任せたくないってこと? 確かに、相手がシャザードじゃ、攻撃魔法に劣っているのは頼りない。でも、そんな条件下でクララを守りきったのは、ローランドの力。
「貴方の寵愛が彼女にないと、広く知らしめることが重要なのよ。分かるでしょう? 私たちの婚約式を急ぐのと同時に、クララを遠ざける必要があるの」
「分かっている。だが、すまない。今は……」
バカみたい。そんなにクララが好きなら、私の提案を受ければよかったのに!
「残念ね。平和なときだったら、彼女を正妃にできたでしょうに。でも、あれは良くなかったわ。ローランドは、絶対に誤解したわよ」
ローランドはクララをアレクの愛妾だと思い込んでいた。それなのに、わざとそれを否定をしなかった。あれはアレクの意地悪。意図的に情報を曲げた!
「クララを側室にする気はないの?」
「その話は、もう終わったはずだ」
意地っ張り!でも、アレクがそう言うなら、これ以上は押さない。押してあげない!
「それなら、クララをここには置いておけないわ。王宮に戻ったことが公になれば、側室扱いされてしまうから」
「任せるよ」
アレクはそう言い残して部屋を出ていった。ローランドがダメなら、あとはもう一人しかいない。
私は魔伝でカイルを呼んだ。女神が選んだ最後の男。彼ならば、クララを守れる。
あの様子だと、まだ乙女は誰のものでもない。それなら、カイルにもチャンスはある。そう願ってのことだった。




