69. 主の横暴
刻々と状況が悪化していく。もう、のんびりしている時間はない。
数日後には、クララが休暇を取ることになっている。その前に、なんとか彼女を後宮に入れたい。
「休暇前夜に、クララをアレクの夜伽に」
侍女長は私の命令に驚くことなく、黙って頷いただけだった。クララがアレクから離れてしまうのを恐れているのは、私だけじゃないらしい。
すべては、彼女が取り仕切ってくれる。大丈夫、きっとうまく行く。そう信じる。信じたい。
当日は緊張で落ち着かず、私はかなり早い時間からワインを飲み始めた。それをレイが見咎める。
「王女様、まだ日が高いですが」
「お祝いなのよ。恋人たちの前途を祈って!」
クララが緊張しないように、ギリギリまで計画は伏せてある。今は恨まれても、いつかきっと分かってくれる。
そう自分に言い聞かせているけれど、やっぱり嫌われるのはつらい。
「なんでもお申し付けください」
クララは笑顔でそう言う。今宵、この子はアレクの妻となる。
「今夜は、アレクのお世話をしてほしいの」
「殿下のですか?経験がなくても、大丈夫でしょうか」
クララが未経験なことくらい、私にだって分かる。こういうときのために、王族には閨教育がある。そこはアレクに任せておけばいい。
このために、特注でナイトドレスを作らせていた。正式な立后は先になるけれど、これは正式な妃の床入り。十分な支度をしてあげたい。
それなのに、クララは着替えなくていいと言う。侍女服でベッドに侍るなんて、まるで遊びで手をつけられたみたいじゃないの。断固阻止!
でも、もしかして、それ性癖?
「そういうのがいいの?確かに、ガードが堅いほうが燃えるけど」
「燃えるものなんですか」
「そうよ」
どんな格好であっても、クララを前にしてアレクが燃え上がらないわけがない。この子は、本当に男女のことには疎い。
「一応、体力には自信がありますけど」
「よかったわ!一晩中になるかもしれないの」
ようやく好きな子を抱けるんですもの。アレクが暴走しないとは限らない。夜通しのお勤めになる可能性もある。
「でしたら、庭師の服を借りてきます。あれなら動きやすいし」
どうやら、クララは何かの力仕事を頼まれたと、勘違いしていたらしい。トンチンカンな返答に、こちらが戸惑ってしまう。
本当に恋愛に鈍感。でも、私もそうだった。誰でも自分の恋については、自信なんて持てない。
だから、後押しが必要だ。多少、強引でもいい。とにかく、クララとアレクに特別な絆を作る。
私とレイだって、体から先に関係が始まった。そのおかげで、心もつながっていることを確かめられた。
「いえいえいえいえ!ダメです。できません!」
クララは意外と頑固。どうしても、この話を受けてくれない。もちろん、相思相愛とはいえ、婚前交渉に抵抗があっても、おかしくないけれど。
できれば、この手は使いたくなかった。でも、外堀から埋めていくしかなさそうだ。
「代わりに、ヘザーにお願いしましょう」
効果はてきめんだった。親友のヘザーがローランドを好いていると知っていて、クララがこれを黙認できるわけがない。
クララが夜伽を承諾したので、ようやくホッとした。安心すると急に酔いが回ってきた。後のことは侍女長に任せて、寝室に引っ込むことにする。
「ずいぶんと、無理を通しましたね」
「盗み聞きは感心しないわよ」
ワインのせいか、足元がおぼつかない。レイが支えてくれたのをいいことに、私はその首に腕を回した。男らしい匂いが、鼻腔をくすぐる。
「王女様、お戯れは」
「もう、ずいぶん触れ合ってないわ。恋しくて気が狂いそう」
「飲みすぎですね。アルコールを抜きましょう」
魔法を使おうとレイが手をかざしたので、私は急いでそれを遮った。
「魔法はだめよ!魔力の痕跡が残ったら、あらぬ疑いをかけられるわ」
「疑いではなく、事実を望まれているのでは?」
レイの意地悪。そんなことできないって、知っているくせに。
今ここでレイと寝れば、それは不義密通。未来の王妃にふさわしくないものとして、婚約も同盟も破棄される。
そんなことになったら、この国には別の王女が代わりに送り込まれる。私は他の者に嫁がされ、クララはこの王宮から追い出されてしまう。
そして、レイはその責任を追求され、北方に行かされるだろう。それだけは、どうしても避けなくては。たった一人でシャザードと戦うなんて、死にに行くようなものだ。
「ちょっとふざけだけよ。クララがうらやましくて。好きな人との夜を過ごせるんだもの」
「王太子殿下が、彼女を抱くとは思えませんが」
「どうして?好きなら、義務でもうれしいでしょう?レイだって……」
初めてのときは別にしても、指南と称してずいぶん激しい行為を重ねた。あれは、私が好きだったからでしょう?
「私は卑怯者です。己の欲望に抗えず、お役目に乗じて王女様をいいようにした」
「まさか、後悔しているの?」
「もちろんです。なぜもっと抱いておかなかったのかと」
レイの瞳が欲情の炎を灯す。互いに求め合っていても、今はうかつに触れることもできない。
あのころは、体を繋げることしかできなかった。逆に今は、心だけで絆を確かめるしかない。
「私のせいね。王族になんかに生まれたせいで」
私はいつまでもお父様の手駒。そして、レイはそれを動かすための餌。
「悪いのは私です。シャザードを取り逃がした。そして、その責を王女に被せてしまった」
「違うわ!私が願ったことなのよ。レイを死なせたくないの。だから、そんな風に思わないで!」
レイは目を伏せて、私から離れた。どうしたら、レイのこの考えを払拭することができるんだろう。
寝室から出ていくレイの後姿を見ながら、私はクララの伽が首尾よく成るよう、不確かな望みをつないだのだった。




