表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/109

68. 告白の行方

「王女様は、一般論をおっしゃったのよ」


 ヘザーがすかさずフォローを入れる。やはり機転が利く娘だ。


「クララは、どうなの?ローランドとは」


 そう話を向けると、クララは困ったように顔を曇らせた。


「彼は幼馴染です。正式な婚約者ではなくて……」


 模範解答。ヘザーの恋の障害になっている自覚なし。クララって、鈍感なのかしら。


「まあ。じゃあ、ローランド贔屓のヘザーは、さぞヤキモキするでしょうね」


 目配せをしながらそう言うと、今度はヘザーが困る番だった。冷静沈着に見えても、ヘザーもやっぱり乙女だ。


「私は別になんとも!彼はただの友人ですから」


 廊下で聞いたことは、やっぱり間違いじゃなかった。知りたいことは分かったし、この話はここまでいい。私は急いで、話題を変えることにした。


「ごめんなさい。悪ふざけが過ぎたわ。お詫びに、私の秘密を教えてさしあげる」


 ここからが本番だ。この娘たちの忠誠を試す。私は立ち上がって、ヘザーの手をしっかり握りしめる。


「私には、他に愛する人がいるの。身も心もその方に捧げているわ」


 主の不貞。この秘密を漏らすようなら、この人選は失敗。口が堅くなければ、侍女は務まらない。今ならまだ、そんな噂が流れても揉み消せる。不適格者をふるいにかける作戦だ。


「だから、アレクには側室が必要なの」


 そして、本当に伝えたい情報はこちら。誰よりもクララに聞かせたいことだった。


 賽は投げられた。あとはどっちに転がるか、それを見守るだけ。お茶会が終わって妙にウキウキする私を、レイは呆れ顔で見ていた。


 そして、結果として、秘密は漏れなかった。侍女たちは主人の密かな恋について、貝のように口を閉ざしている。合格だ。

 ただ、側室のことに関しても、誰も何も言わない。アレクって、実はモテないんじゃ?


 とにかく、焦っても仕方がない。今は北方問題のほうが重要だ。レイから情報を聞くために、私は薔薇園に来ていた。


 王宮の庭園には、薔薇だけを育てるガラス張りの建物がある。外観の美しさと反射する陽光がプリズムを作るため、クリスタル・パレスと呼ばれている。


 寒さが忍び寄る晩秋でも、中は春の日のように暖かく、穏やかな日の光が差す。庭師が丹精込めて手入れしているだけあって、いつでも薔薇が咲き誇り、甘い香りが立ち込めている。


 ゆっくり花を楽しみたいからと、今は人払いをしてある。それでも、私たちは周囲に結界を張った。


「思ったよりも、状況は深刻です」

「アレクからも聞いているわ。国境に続く街道は、すべて北方が押さえているのね」


 国内には、まだ北方は入りこんでいない。それを阻止しているのが、辺境での外交交渉。この国の国王と宰相の腕だ。

 ただし、一歩でも国境を出れば、北東方面のすべての街道を北方が塞いでいる。この国にもたらされる物資が、そこで吸い取られる。


「今はまだ、略奪行為はありません。ですが、状況次第ではどうなるか」

「ええ。暇を持て余した兵士たちは、いつ何をしでかしてもおかしくないわ」


 集団は、煽られやすく酔いやすい。指揮を誤れば、間違った方向に突き進む。


「物資流通も止められてはいません。ですが、商人たちは身の危険を感じています」

「まずいわね。特に食料は。北東からの供給が減れば、民に影響がでる」

「その通りです。なるべく早く兵を引かせないと」


 北方の要求は、軍事国家設立の承認。大国がその存在を認めれば、武力による制圧を正当化することになる。

 手段を選ばない北方は、民の生活を脅かすことで、圧力をかけている。


「我が国の状況も、同じなのね」

「残念ながら」


 お父様は、共和政治も軍事国家も認めない立場を貫いている。お姉様があちら側にいるので、かろうじて紛争を免れているだけ。


「この国との同盟が成ったら、お姉様はどうなってしまうのかしら」

「分かりません」


 レイは不確かなことは言わない。アレクのように気休めを口にはしない。

 どちらが優しいのか、どちらも優しいのか。でも、どちらであっても、状況は変わることがない。


「このままでは、両国が共倒れになります」

「宰相様に連絡しましょう。同盟条件を緩和するように。なんとか、お父様を説得してもらうわ」


 これ以上、婚約を先延ばしにはできない。すべてが手遅れになってしまう。


「北方に行こうと思う。シャザードを倒せれば……」

「それはダメよ。絶対に行かせないわ!」


 私がこの国に来たのは、レイに単独でのシャザード征伐をさせたくなかったから。アレクとカイルの協力が得られれば、勝てる可能性が上がる。


「師匠を連れ戻せなかったのは、俺のせいだ。責任を取りたい」

「レイのせいじゃないわ!お願い、行かないで」


 思わずレイに抱きつくと、急に温室中の薔薇が強く香ったような気がした。


「俺の失敗の尻拭いを、セシルがする必要はない」

「違うわ。この婚約は私が望んだの。誰のためにも最善の策だと思って」

「アレクシス殿下にとってもか?」

「そうよ。婚約者が私じゃないなら、アレクはクララを側に置いておけない!」


 私の髪を撫でながら、レイは子供に言い聞かせるようにゆっくりとこう言った。


「殿下は側室を拒否している。北方が引かない限り、セシルはいずれ、殿下の唯一の妻となる」

「レイ、私はアレクとは結婚しないわ!」


 私はレイと共にあの村に帰るの。あそこで二人で幸せに暮らすのよ!

 でも、今それを口にすることはできない。不確かなことは言うべきじゃない。


「もう少しだけ待って。クララが後宮に入れば、アレクも偽装婚約に同意するわ。私は何も失わない」

「……分かりました。ですが、もしうまく行かなかったら」


 私は黙って頷いた。なるべく早く結果をださなければ。レイを引き止められなくなってしまう。レイを永遠に失ってしまう。


 待っているだけじゃ、ことは進まない。強引な手段に出るしかないと、私は追い詰められていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど。 あの爆弾発言には、そういう意図があったんですね。 秘密は漏れなかったけど、セシルへの好感度はどうなんだろう。 憎まれていないといいけど…。どきどき。 偽装婚約だし、いずれ去る…
[良い点]  アレクとクララを後押ししつつ、民のために北方問題の解決を急ぐ。  いい緊迫感です。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ