68. 告白の行方
「王女様は、一般論をおっしゃったのよ」
ヘザーがすかさずフォローを入れる。やはり機転が利く娘だ。
「クララは、どうなの?ローランドとは」
そう話を向けると、クララは困ったように顔を曇らせた。
「彼は幼馴染です。正式な婚約者ではなくて……」
模範解答。ヘザーの恋の障害になっている自覚なし。クララって、鈍感なのかしら。
「まあ。じゃあ、ローランド贔屓のヘザーは、さぞヤキモキするでしょうね」
目配せをしながらそう言うと、今度はヘザーが困る番だった。冷静沈着に見えても、ヘザーもやっぱり乙女だ。
「私は別になんとも!彼はただの友人ですから」
廊下で聞いたことは、やっぱり間違いじゃなかった。知りたいことは分かったし、この話はここまでいい。私は急いで、話題を変えることにした。
「ごめんなさい。悪ふざけが過ぎたわ。お詫びに、私の秘密を教えてさしあげる」
ここからが本番だ。この娘たちの忠誠を試す。私は立ち上がって、ヘザーの手をしっかり握りしめる。
「私には、他に愛する人がいるの。身も心もその方に捧げているわ」
主の不貞。この秘密を漏らすようなら、この人選は失敗。口が堅くなければ、侍女は務まらない。今ならまだ、そんな噂が流れても揉み消せる。不適格者をふるいにかける作戦だ。
「だから、アレクには側室が必要なの」
そして、本当に伝えたい情報はこちら。誰よりもクララに聞かせたいことだった。
賽は投げられた。あとはどっちに転がるか、それを見守るだけ。お茶会が終わって妙にウキウキする私を、レイは呆れ顔で見ていた。
そして、結果として、秘密は漏れなかった。侍女たちは主人の密かな恋について、貝のように口を閉ざしている。合格だ。
ただ、側室のことに関しても、誰も何も言わない。アレクって、実はモテないんじゃ?
とにかく、焦っても仕方がない。今は北方問題のほうが重要だ。レイから情報を聞くために、私は薔薇園に来ていた。
王宮の庭園には、薔薇だけを育てるガラス張りの建物がある。外観の美しさと反射する陽光がプリズムを作るため、クリスタル・パレスと呼ばれている。
寒さが忍び寄る晩秋でも、中は春の日のように暖かく、穏やかな日の光が差す。庭師が丹精込めて手入れしているだけあって、いつでも薔薇が咲き誇り、甘い香りが立ち込めている。
ゆっくり花を楽しみたいからと、今は人払いをしてある。それでも、私たちは周囲に結界を張った。
「思ったよりも、状況は深刻です」
「アレクからも聞いているわ。国境に続く街道は、すべて北方が押さえているのね」
国内には、まだ北方は入りこんでいない。それを阻止しているのが、辺境での外交交渉。この国の国王と宰相の腕だ。
ただし、一歩でも国境を出れば、北東方面のすべての街道を北方が塞いでいる。この国にもたらされる物資が、そこで吸い取られる。
「今はまだ、略奪行為はありません。ですが、状況次第ではどうなるか」
「ええ。暇を持て余した兵士たちは、いつ何をしでかしてもおかしくないわ」
集団は、煽られやすく酔いやすい。指揮を誤れば、間違った方向に突き進む。
「物資流通も止められてはいません。ですが、商人たちは身の危険を感じています」
「まずいわね。特に食料は。北東からの供給が減れば、民に影響がでる」
「その通りです。なるべく早く兵を引かせないと」
北方の要求は、軍事国家設立の承認。大国がその存在を認めれば、武力による制圧を正当化することになる。
手段を選ばない北方は、民の生活を脅かすことで、圧力をかけている。
「我が国の状況も、同じなのね」
「残念ながら」
お父様は、共和政治も軍事国家も認めない立場を貫いている。お姉様があちら側にいるので、かろうじて紛争を免れているだけ。
「この国との同盟が成ったら、お姉様はどうなってしまうのかしら」
「分かりません」
レイは不確かなことは言わない。アレクのように気休めを口にはしない。
どちらが優しいのか、どちらも優しいのか。でも、どちらであっても、状況は変わることがない。
「このままでは、両国が共倒れになります」
「宰相様に連絡しましょう。同盟条件を緩和するように。なんとか、お父様を説得してもらうわ」
これ以上、婚約を先延ばしにはできない。すべてが手遅れになってしまう。
「北方に行こうと思う。シャザードを倒せれば……」
「それはダメよ。絶対に行かせないわ!」
私がこの国に来たのは、レイに単独でのシャザード征伐をさせたくなかったから。アレクとカイルの協力が得られれば、勝てる可能性が上がる。
「師匠を連れ戻せなかったのは、俺のせいだ。責任を取りたい」
「レイのせいじゃないわ!お願い、行かないで」
思わずレイに抱きつくと、急に温室中の薔薇が強く香ったような気がした。
「俺の失敗の尻拭いを、セシルがする必要はない」
「違うわ。この婚約は私が望んだの。誰のためにも最善の策だと思って」
「アレクシス殿下にとってもか?」
「そうよ。婚約者が私じゃないなら、アレクはクララを側に置いておけない!」
私の髪を撫でながら、レイは子供に言い聞かせるようにゆっくりとこう言った。
「殿下は側室を拒否している。北方が引かない限り、セシルはいずれ、殿下の唯一の妻となる」
「レイ、私はアレクとは結婚しないわ!」
私はレイと共にあの村に帰るの。あそこで二人で幸せに暮らすのよ!
でも、今それを口にすることはできない。不確かなことは言うべきじゃない。
「もう少しだけ待って。クララが後宮に入れば、アレクも偽装婚約に同意するわ。私は何も失わない」
「……分かりました。ですが、もしうまく行かなかったら」
私は黙って頷いた。なるべく早く結果をださなければ。レイを引き止められなくなってしまう。レイを永遠に失ってしまう。
待っているだけじゃ、ことは進まない。強引な手段に出るしかないと、私は追い詰められていた。




