67. 初めての女子会
「クララが来たのね!」
聞こえたはずなのに、アレクは無視を決め込んでいる。こんな調子だから、とにかく気が抜けない。
先に応接室に入ると、アレクがしぶしぶ後に続く。
クララと父親の男爵は、すでに私たちを待っていた。王族との面会のために、二人とも最敬礼。よく足がつらないものだ。
「よく来てくださったわ。顔をあげて!楽にしてちょうだい」
緊張でガチガチのクララ。リラックスさせようと、私はできるだけ明るい声を出した。
「王女の希望とはいえ、急なことですまなかった」
アレクがそう言い添える。何なの、その優しい声色!いつもの冷淡さは、一体どこに行ったわけ?
「とんでもございません。娘は未熟者でごさいますが、何かのお役に立てますでしょうか」
男爵は恐縮しきったかのようにそう言った。実直な研究者肌。それが彼の第一印象。
そして、おそらく本当にそういう人物だろう。クララが妃になっても、外戚として王家を乗っ取ろうなんて考えもしない。
我が父王とは全く違う。これは、アレクにとって朗報だ。
最下位貴族の男爵に、アレクもずいぶんと気を使っている。分かり易すぎ!
「クララのことは、私にまかせて。いいお友達になれると思うわ」
「もったいないお言葉でございます」
男爵とクララは同時に頭を下げた。うまく行きそうだ。男爵の機嫌が良ければ、アレクだって、この話を無下に握りつぶすことはしない。
なんだかんだ言っても、アレクだってクララの父親と親しくしたいはずだから。
レイの案内で、私とクララは王宮の奥に向かう。ちょうど廊下を曲がったところで、カイルがこちらに向かってくるのが見えた。
「ハミルトン伯爵と、妹のヘザー殿がお見えです」
「そう。じゃあ、戻るわ。クララ、カイルに王宮を案内してもらって」
いいタイミングだ。私はクララの手を取って、カイルへと差し出す。
さあ、王女命令よ。優しくエスコートなさい!
カイルはクララの手をとると、挑むように私を睨んだ。従弟じゃなかったら、不敬を罰していたところ。でも、レイの目もあるし、ここは不問に。
彼らの姿が見えなくなると、レイが呆れたようなため息をついた。
「すいぶんと、楽しそうですね」
「ええ。ドロドロの三角関係!こじれたら面白いわ」
国では政務で忙しく、他人のことなんて気にする余裕もなかった。ここに来て、ようやく青春が。
私だって普通の女子。恋愛が人生の全てな年頃だもの!
「正確には、四角関係です」
「三人目の男、見つけたの?」
「はい。あちらに」
ヘザーと兄の伯爵、そして、宰相令息のローランドの姿が見えた。
彼がクララの三人目の運命の男。想定内ね。むしろ、そうじゃなきゃ面白くない。
でも、どうしてローランドがここに?ヘザーの出迎えは、彼女の騎士がするはずなのに。
「大丈夫よ。私に任せて」
「頼むよ。お前しか頼れないんだ。クララに何かあったら……」
「分かってるわよ。私にとっても、大事な親友なんだから」
「悪いな。この埋め合わせは必ずするから」
「いらないわよ。それより、もう行ったら。仕事中でしょ?」
ローランドが走り去る姿を、ヘザーと伯爵が見送っていた。幼馴染っていうのは、本当だったんだ。
声をかけようか迷っていると、伯爵がヘザーに話しかけた。
「相変わらずローランド贔屓だな」
「幼馴染だもの」
「そうか……」
伯爵がそっと腕を差し出すと、ヘザーはそれに手を添えた。仲の良い歳の離れた兄妹。フローレスお姉様のことを思い出させる。
お姉様は元首の内妻として、元老院議員の妻たちと行動を共にしているらしい。北方の様子は、国の宰相様の情報頼み。生きていることしか、判明している事実はない。
「それに、親友の許婚よ」
「あいつの目は節穴だな。お前は本当にいい娘なのに」
「その言葉だけで、私は十分」
二人が応接室に入るまで、私はレイの後ろに隠れたままだった。気配はレイが消している。ヘザーには気づかれていない。
「聞いた?ここにも、恋に悩む者がいたみたい」
「そのようですね。王女に聞かれてしまうとは運がない」
「失礼ね!私は愛の女神よ。彼らもなんとかならないかしら?」
うきうきした気分で私がそう言うと、レイは更に深い溜息をついた。
「無理でしょう。あの宰相の息子は、三人目の選ばれし男。乙女の人生が決するまでは、他の誰とも恋に落ちません」
レイはそう言うと、そのまま応接室のほうに歩いていってしまった。究極の四角関係に悶える私を、一切振り返ることもなく!
男ってほんと、つまらない生き物。こんなときだからこそ、ちょっとくらいの息抜きは必要なのに!
とにかく、これで今日のお茶会の話題は決まった。上司としては、侍女たちの気持ちをそれとなく確かめておくべきだ。決して面白半分じゃなく!
「好きな殿方のことを話すの。あれをしましょうよ!」
私はさも「今、思いついた」みたいな調子を装った。今日の目的はこれだから、さっさと話題を振るに限る。
女子会で恋バナ!友達がいたら、どうしてもやってみたかったこと。その夢がようやく叶う!
とは言っても、事前に身辺調査済みだから、裏取りのみが目的。
侍女たちには、私とアレクが理想のカップルに見えるらしい。こんなことを言う。
「王女様は、恋愛結婚でいらっしゃるのでしょう?素敵だわ」
そういうことになっているなら、偽溺愛作戦成功だ。実際はバリバリの政略結婚。喧嘩はしてないけれど、愛し合ってもいない。普通。
でも、せっかく水を向けられたんだから、これに乗らない手はない。クララの本心を聞き出す絶好のチャンス!
「私たちは政略結婚よ。王族の宿命ね。愛する人とは添えないの」
案の定、クララが餌に喰い付いた。心配そうな顔をしている。
「殿下を……、愛していないんですか?」
素直で純粋なクララの質問に、私の悪戯心が疼いたのは言うまでもなかった。




