66. 余計なお世話
王女の侍女に専属の騎士を。クララには、アレクの部下を配置する。騎士の名はカイル。養父から、すでに子爵位を継いでいる。
「クララは男爵家。身分は釣り合うわね」
本来なら、カイルは王族の一員。でも、それは秘密だ。お父様に見つかれば、命すら危険に晒される。
「魔力は殿下を凌ぎましょう。もちろん、訓練が必要ですが」
「おばば様のところに、行く気はないかしら?」
おばば様は後継者を探している。シャザードもレイも不適格。私もダメ。
それなら、カイルは?もしかしたら、次代の賢者にふさわしい器かもしれない。
「無理でしょう。あの娘の安全が確保できないうちは、あいつはどこにも動きません」
「じゃあ、やっぱりカイルもクララを?」
「選ばれし者ですから」
「アレクには強敵ね」
カイルをクララの専属騎士にする。それは、アレクに不利になる?
そうじゃないわね。そんなことで人の心は変えられない。シャザードですら、成し遂げられないこと。それが、人の心を操ること。
「カイルを、アレクの部屋に呼んで。話しておきたいことがあるの」
「御意」
レイが他の候補を見繕っている間に、私はアレクと共にカイルに会うことにした。
不遇の従弟。王家の面差しは継いでいないから、母親似なのだろう。
同じ場所にいれば、魔力の強さが分かる。アレクどころか、レイと同等。あの孤児院から、カイルが施設に連れて来られてもおかしくなかった。
『どうしても訓練生に選ばれたかった。そのために、他の子を出し抜いて、汚い手も使った』
レイはそう言っていた。カイルが選抜されなかったのは、きっとそのせいだ。
でも、カイルにとっては、却って良かったはず。施設に来たら、お父様の目に留まることは免れなかった。
カイルの力が、北方側に渡ってはまずい。それだけは分かる。お父様に知られることも。
クララをダシに、彼をこの国に引きとめておけるのはありがたい。
「クララの騎士は、カイル、あなたにお願いするわ」
アレクの了承はすでに得ている。手続き上の問題もない。
私とカイルの血縁関係に、アレクは以前から気づいていた。彼の魔力量の強さも。
いわば最後の切り札として、カイルを円卓の騎士に取り込んでいるんだ。腹黒い策士が考えそうなこと。
「心得ました」
従順な言葉とはうらはらに、微かな敵意を感じる。完璧に感情を隠しきれないのは、修業不足というところだろう。
アレクに、抗議を込めた視線を送る。アレクはずっと、知らん振りを決め込んでいた。カイルの存在を、お父様にだけじゃなく、私にまで隠していたなんて。ちょっとお灸が必要ね。
「クララには、朝晩の寝室の世話をしてもらうわ。人の少ない時間帯だから、くれぐれも間違いなどないように。しっかり警護をお願いね」
アレクの顔色が変わった。カイルも唇を噛んでいる。
私のシーツを交換させるのが、クララにはそれほど酷なこと? なんて過保護!
本当のカップルならいざ知らず、私とアレクは偽装。別に恥ずかしい痕跡が、寝具に残っているわけじゃないのに。
一人の女をめぐって、色男がよってたかってこんな顔を。恋は盲目って、よく言ったものね。
「御意」
カイルがそう言ったので、私は扇をつかって退出を促した。丁寧にお辞儀をしてはいたけれど、カイルは明らかに怒っていた。そして、アレクも。
これでいい。反感を買おうが何をしようが、クララの安全が第一。北方から、なんとしてでも、守りきらなくちゃいけない。
お姉様のような目には、もう誰一人として合わせたくない。絶対にそれだけは!
それには、クララを王宮の奥深くに囲ってしまうしかない。アレクの愛妾として。できればアレクの子の母として。王族の一員になれば、最高の警備網の中で保護できる。
カイルが退出すると同時に、侍女長が訪ねてきた。どうやら、他の五人の専属護衛が決まったらしい。畏まった挨拶の後で、侍女長が決定事項を報告する。
侍女の件に関しては、アレクは承認するだけ。拒否権がないどころか、変更することもできない。
侍女長が持参した書簡に、アレクがサインをする。よし、これでこの件は終了!
アレクがまたごちゃごちゃ言い出さないうちに、私は侍女長と共に部屋を出ることにした。色々と打ち合わせがあるからと。逃げるが勝ち!
「すぐに決まってよかったわ。ありがとう」
「いいえ、レイ様が個人情報を入手してくださったので」
さすがレイ。諜報活動のプロだから、当然と言えば当然なのだけど。
「よかったわ。じゃあ、特に懸念することはないわね?」
「はい。ただ、ヘザーの専属騎士の選考は、随分と難航しました」
「あら、どうして?」
「宰相令息の注文が多くて。幼馴染だそうですが、とても心配されて」
ああ、そういうこと。ローランドはヘザーとも親交あるのね。あの三人は仲のいい友人同士なんだ。
私にも、そういう友達がいたら……。もちろん、お茶会を開いて恋バナをする!昔から、それが私の夢。
複雑な身分のせいで、国では誰からも敬遠されていた。マリアだけが唯一、心を許せる相手だった。
ここで選んだ侍女の中に、マリアのように仲良くなれる娘がいればいいんだけど。
それにしても、許婚のクララよりも、幼馴染のヘザーのことを気にするなんて。ローランドは、クララにしか興味ない思っていたのに。
意外と友情に篤い? それとも、ヘザーが特別な存在ということ?
「ローランドとヘザーか。ちょっと探ってみる必要がありそうね」
侍女長はプロ根性で、私の企みを見事に聞き流した。さすが侍女長は、年季が違う。
私はなんだか、とてもうれしくなったのだった。




