65. 専属の騎士
侍女任命通達は、すでに出ていた。午後には、六人の娘たちが王宮に入る。
メイドは平民から、侍女は貴族から選ばれる。若いものは行儀見習いとして、そうでなければ職業として。
十年前から、行儀見習いは採用していないという。侍女は最年少で二十八歳。私よりも十も年上だ。
「アレクのせいらしいの。将来の憂いにならないようにって、王宮から徹底的に同年代の女子を排除したらしいわ」
レイに髪を梳かしてもらいながら、私は一方的に昨夜のことを報告している。アレクの部屋に泊まったのは、侍女の件で揉めたから。他には何もない。
もちろん、そんなことは、レイもちゃんと分かってる。私が何となく気になってしまうだけ。やましいことはないのに、言い訳したくなる。
「だから、朝から大忙し。久しぶりに若い子が来るって、先輩侍女たちがはりきちゃって」
二十五歳を越しているのに、王宮に住み込んでいる侍女。つまりは、結婚とはあまり縁がない女性たち。
婚外恋愛を好む者、離婚後の出戻りや未亡人、キャリア志向など。それぞれ理由は違うけれど、独身であることには変わりない。
ちなみに、既婚者は通い。王宮でのコネを、夫や息子の出世に利用している。
「若い娘の貞操が心配だわ。アレクの妃候補が、どこの馬の骨か分からない者と懇ろになったりしたら……」
王宮には多くの人間が出入りする。道ならぬ恋をして、道を誤るなんてことになったら、上司たる私の責任!
命令で侍女に召し上げた娘たち。自己責任を問うのは、あまりにも可哀想すぎる。私が守ってあげなくちゃ!
「側妃は王子を産む身よ。アレクの手が付くまで、純潔だけは守らないと!でも、最近の子は、すぐに情に流されるから」
私がそう言うと、レイは忍び笑いを漏らした。
そりゃ、仮にも婚約者の私は、すでに非処女。妃候補の身持ちのことを、とやかく言うのはおかしい。
でも、それとこれとは話が別。だって、私はアレクと結婚する気はない!
「とにかく、侍女たちには専属の護衛をつけるわ」
出入りの業者と駆け落ちしたり、既婚者の子を身ごもったり。王宮は、そういう危ないラブフェアの宝庫なのだ。
「昼までに、侍女にふさわしい身分と人柄で、婚約者も恋人もいない騎士を厳選しておいて!」
我ながら、むちゃくちゃなことを言っている。でも、変な男ではダメなの。たとえ、恋仲になっても問題ないような相手じゃないと。
「でね、魔法で二人に絆を結ばせようと思うの。できるでしょ?」
「やりすぎると、禁忌に触れます」
「強い感情が感知できる程度でいいのよ。危険が迫ったときに助けられるように」
「危ないときに颯爽と現れるヒーローを演出ですか。悪趣味ですね」
そう言っても、騎士だって人間。ちょっとした隙を突かれることもある。念には念を入れておくべき。
「あの娘にも、専属の護衛をご所望ですか?」
「クララのこと?そうねえ、アレクに頼みたいくらいだけれど……」
問題はそこなのよ。アレクが心を寄せているせいで、クララは他の娘とは違う危険がある。北方の人質にされたら、それこそ命の保証すらできない。
「特別に強い騎士が必要ね。レイ、あなたはどう?」
「私は、王女様の護衛ですので」
いくらレイでも、二人同時に守るのは難しいか。特に相手がシャザードなら。
「私のことはいいわ。自分の身くらい守れるし、アレクもいるもの。レイはクララの……」
「では、カイルに依頼してください」
レイが被せ気味に、私の言葉を遮った。なぜか、ものすごく険しい表情をして。
「彼は、巫女の側にいるべき人間。選ばれた男です」
神に選ばれし者。おばば様は確か、アレクのこともそう呼んだ。カイルもなの?
「宿命を紡ぐ巫女……。おばば様は、神の代わりに道を選ぶ乙女だと言っていたわ。クララが、本当にそうなの?」
「はい。その道というのは、王太子殿下とカイルの人生」
「じゃあ、クララはどちらかと結ばれるの? 二人は恋のライバルってこと?」
「運命の男は、正確には三人です。もう一人のことは存じませんが」
三人目の運命の相手。クララとの接点のないシャザードではありえない。だから、いくら狙ったところで、世界の宿命を変えたり出来ないはず。
でも、用心に越したことはない。異次元の巫女のように、死を選ぶなんてこと、絶対にさせない。
「まさか、第三の男はレイじゃないわよね? それはダメよ、許しません!金輪際、クララには近づかないでっ」
強い口調で命令すると、レイは顔をほころばせた。さっきまで不機嫌そうだったのに、急に嬉しそうな顔をする。
ああ、そうか。さっき私は、アレクがいるから……なんて言っちゃったんだ。しかも、レイをクララの護衛にしようとした。
だから、レイは拗ねてたんだ。子どもみたいに。
「お前は私のものよ。他の誰にも、仕えてはなりません。この先、一生。いいですね」
「心得ました」
そんなに喜ばれると、こっちが照れくさい。アレクにヤキモチを焼いてくれたのが、すごくくすぐったい。
だって、それはレイの情の深さの証明。こんな事態になっても、レイは私を変わらずに愛してくれている。
レイ以外に、私を守らせる気はない。身も心も、私のすべてはレイのもの。誰にだって、指一本触れさせない。もちろん、アレクでも。
一刻も早く、北方の問題を解決したい。そのために私ができることは、今はこの婚約同盟を成立させること。婚約を解消するためには、婚約締結を急ぐしかない。
同盟締結において、両国間の条件が乖離している。私はアレクと、国では宰相様がお父様を相手にして、折衝を続けている。私の政治家としての腕が試される。
民の幸せも私の望みも、全てが私にかかっている。そう思うと、私は自然に体が震えてくるのだった。




