63. 太陽の娘
「侍女もメイドも、不要とお聞きしましたが……」
謁見は無事終了。部屋へ向かう途中、侍女長という女性が、心配そうにそう訊ねる。
少し行った先に、一人の騎士が控えているのが見えた。レイの旧友、カイル。
「侍女は、これから選ぶわ」
「お言葉ですが、若い令嬢には厳しい役目かと」
「私の世話はレイがするわ。侍女たちは愛妾候補」
「王女様……」
「愛妾よ。側室。アレクだって、好きな人に子を産んでほしいでしょう?」
「そのご質問には、返答できかねます」
侍女長は巧みに動揺を隠した。でも、内心はかなり狼狽している。無理もない。愛妾なんて、正妃となる私が言い出す話じゃない。
「後継者は、側室が産むべきよ」
私が産むのは、二国の王家の血を引く子。北方の魔薬が完成してしまったら、シャザードはそれを餌にお父様に近づく。
この国の後継者を、意のままに操れる薬。お父様なら食い付いてもおかしくない。
我が国と北方が手を組んだら、世界中が暴力に怯えることになる。そんなこと、絶対にさせない!
前を通り過ぎるとき、私はカイルに声をかけた。
「ご苦労さま。ねえ、真実の愛には障害がつきものだと思わない?」
「……仰せの通り」
カイルは無難な答えを返しただけだった。完全に魔力に蓋をしている。隠匿なのか、拒絶なのか。
私と血縁関係はない……で通すつもりなら、それでいい。王族になんて、関わらない方が幸せだ。
魔薬の餌食になる者は、もう見たくない。
「そこで、カイルに会ったわ」
「任務中でしょう」
「好きな子、王宮に来てるんじゃない? ねえ、ちょっと控え室を覗きに行かない?」
「ご自分の立場をお考えください。謹むべきかと」
「いいじゃない。あなただって、気になるでしょう」
「見たところで、誰か分かりません」
「ふうん。じゃあ、私、一人で行くわ」
そう言うと、レイはしぶしぶ案内を承諾した。レイはすでに、この城の構造を把握している。シャザードと一緒にスパイをしていたし、このくらいは余裕。
私が姿を現すと、衛兵が入場を宣言してくれた。みなが一斉に頭を下げる。
なんとも面倒くさい習慣。どこの国でも、王族なんて、迷惑以外の何者でもない。
「気にしないで。頭を上げてちょうだい」
そうは言っても、そうはいかないだろう。とりあえず、会場を練り歩いて、女性たちに声をかけよう。
手当り次第に適当に。嘘くさい笑みを浮かべて、答えやすそうなことを聞く。みな喜んで応対する。
「綺麗なアクセサリーね」
「お友達のグループかしら?」
「今年の流行は何ですの?」
伯爵家以上の家格。王家と親しくなれれば、実家が有利な位置に立てる。そして、それがよい縁談に直結する。
どこの国も、貴族女性の関心は同じだ。
それなのに、あの太陽の娘は端っこで小さくなっていた。今にも逃げ帰ってしまいそう。
あの娘はアレクが大好き。彼の魔力が付与されたアクセサリーを身につけているのが、その証拠。
あの娘の隣には、理知的な美人の友人。この子も悪くない。ガードの堅さが、逆に淫らに開発したいと思わせる。男の征服欲をそそる、強固な砦のような女性。
「こんばんは。何を話してらっしゃったの?」
会話なんて、とっかかりさえあればいい。もちろん、極上の笑みも忘れない。あの子の友達が返答した。
「読書の話を。今、王都では『真実の愛』という本が流行っておりますので」
「まあ。私も大好きなのよ。うれしいわ。ここへ来る馬車の中でも読んできたの」
マリアのお手柄だ。本当にあの小説は流行っているんだ。約束通りにファンを装う。間違っても、昨日初めて読んだなんて言えない。
「王女様、お疲れではありませんか。いえ、あの。馬車は揺れますし、読書をすると酔ってしまうかと……」
あの子の意外な言葉に、思わず固まってしまった。私の心配? かわいいだけじゃなくて、優しい子なのね。
アレクってば、ただの面食いかと思ったら、内面も重視か。さすが、抜け目ない。
「ありがとう。馬車には魔法がかけてあって、揺れないようになっていたの」
そう言って私が微笑むと、あの子はホッとした顔を見せた。側室にとって、正妃とは怖いもの。後宮は私の天下なんだ! 怖がらせないよう、気をつけなくちゃ!
「私たちは魔法があって幸運ね。『真実の愛』の世界には魔法がないわ。恋の逃避行はとても大変そう」
「私もそう思いますわ」
まだまだいける、大丈夫。もう少し会話を引き伸ばしてみよう。
ヘザーと名乗ったお堅い美人さんが、話を引き取った。見た目通り、頭の回転が早い。侍女として使えそうだ。
「あなたはどう思う?」
アレクの想い人、男爵家のクララ。彼女の性格を、もう少し見極めておきたい。
「悲しい話です。主人公の王子は、国のために全てを諦めた」
あら。目線を王子に当てるのは、やっぱりアレクに重ねているから? 王族の悲哀が理解できるなら、妃の資質として合格だわ。
そう喜んだのも束の間、なぜかクララを泣かせてしまった! これって愛妾をいびる正妻の図? ドロドロ?
とにかく、泣き止んで! こんなところをアレクに見つかったら、私が殺されちゃう!
「申し訳ありませんっ。つい感情的になってしまって」
背中をさすったら、クララは泣き止んでくれた。命拾いした! 私はうれしくなって、クララの手を取った。
「気にしないで。大好きな物語、をいろいろな角度から語れるのは楽しいわ」
いつの間にか、宰相の息子が側に立っていた。クララのことは、パートナーのローランドの了承がいる。
「クララとヘザーを、私付きの侍女に。明日にでも王宮へ出仕してちょうだい」
そう命令した。先手必勝。反論できないうちに、既定路線を作ってしまうに限る。
そうと決まったら、早急に根回しが必要だ。私は一目散に、そこから退場したのだった。




