62. 気合いの入った謁見
「ダメよ。私はお前の主人。不埒な真似は許しません」
「痕はつけません。王太子の移り香が消えたか、確認しているだけです」
アレクの香り?ああ、そういうば香木系のコロンをつけていたかな。でも、それなら私の香水のほうが匂ったと思うけど。
止めなきゃいけないのに、レイから立ち上る香りにうっとりしてしまう。ダメよ、ダメ。レイが情人だと思われたら、ここから追い出されてしまう。
「無礼者!弁えなさい」
「申し訳ありません」
なんとか声を振り絞ると、レイはすぐに体を離した。体が火照って、息が上がっている。そんな私とは対照的に、レイは取り乱したところもない。不遜な笑顔をうかべている。
なんか悔しい。
「少し休むわ。お前のベッドを貸しなさい」
「承知いたしました」
レイは私を抱き上げて、バスローブのままベッドに運ぶ。魔法で私の髪も体も、すっかり乾かしてくれた。
「謹んで。魔力が残ったら、人に誤解されてしまうわ」
「簡単に隠蔽できる量です。見抜くとしたら、アレクシス殿下だけ」
「一番ダメじゃないの!」
「それも今更でしょう。むしろ、殿下さえ気付けばいい」
牽制? これはレイの独占欲。嬉しさと同時に、愛しさが溢れる。そんなことしなくても、私はレイだけのものなのに。
レイは私をベッドに横たえると、バスローブを剥ぎ取った。レイ、ダメよ。これは不貞。婚約者がある身には許されないことなんだから!
抵抗しようとしたところに、そっと毛布をかけられた。え、どういうこと?
レイは騎士らしく胸に手を当てて、うやうやしくお辞儀をした。そして、さっさと部屋を出ていってしまった。ベッドの中に、裸の私を残して!
「許せないわ。レイが私に誘惑されないなんて!」
すっかり臨戦体勢だったのに!この熱、どうしてくれよう。イライラを鎮めるために、私はわざと魔法を使ってベッドを温めた。
ばかレイ。私の魔力に当てられて、悶々と一人寝を過ごせばいいんだわ!
ベッドに魔力を貯めるだけのつもりだったのに、その暖かさにまぶたが重くなった。そういえば、貫徹したんだった。眠くてもしょうがない。
そうして、私は謁見までの時間、レイのベッドでたっぷりと昼寝をした。睡眠は大切だ。お肌にも頭脳にも。
夕方から、年頃の貴族令嬢との謁見がある。信頼できる侍女を探すための。実は、アレクにあの子を進呈するための出来レース。あの子を侍女に取り立てたい。
そして、ゆくゆくはアレクの後宮に……。
急な招待で、令嬢たちは取り繕う準備もない。本質を見抜くには、そういうほうがいい。味方になるかどうか。身の回りの世話をさせるなら、それが一番重要だから。
謁見の間は、巨大な大理石の聖堂のような作りになっていた。正面の玉座まで真っ直ぐにレッドカーペットが敷かれている。侍女候補の娘たちは待機済み。私の入場を待っている。
筆頭公爵家令息のエスコートで、あの子も来ているはず。事前にすべて調査済みだから、アレクの事情は知っている。
臣下の許婚に横恋慕中。そして、あの子もアレクに惹かれている。あのアレクが恋に悶えるなんて!これは絶対に見逃せない!
太陽のようなあの子に対抗して、月の光を紡いだような銀のドレスを着た。これなら、あの子が嫉妬する程度には、まあ美しいと思う。
「セシル、ずいぶんと気合が入ってないか?」
「当然よ。第一印象が重要ですもの!」
アレクですら、この感想!私がどれだけ、気を使ったかの証拠だ。この男の側にいたら、このぐらい盛らないと霞んでしまう。
アレクと腕に手をかけて謁見の間の入口に立つと、誰かが鈴をチリリと鳴らした。招待客が頭を一斉に頭を下げたので、私はこっそりとあの子を探しながら歩く。
思った通り、宰相の息子がパートナー。上座に近いところで、私たちを待っていた。
それにしても、みなが色とりどりのドレスで着飾っているのに、あの子はブラウンのシックで大人しいデザインのドレス。アクセサリーも最小限。
でもあのシンプルな髪飾り。アメジストだと思うけれど、微かにアレクの魔力の気配がする!
私たちが席に座ると、みなが一斉に顔をあげた。
案の定、アレクはあの子のほうを見ないふりをして、がっつり見ている。それに気がついて、あの子も恥ずかしそうに微笑んだ。
なんて、初心なカップル!見ていて恥ずかしいくらいの、プラトニック・ラブ!あの腹黒策士アレクが、こんな風に恋に悩むなんて。もうおかしいったらない。
「マクミラン公爵令息ローランド、ベルモンド男爵令嬢クララ」
各国大使の挨拶の後、この国の貴族たちの謁見が始まる。まずは、筆頭公爵家のローランドから。あの子が私たちの前に進み出る。
「まあ。素敵なコーディネートね!二人とも、とてもお似合いだわ!」
なるほどね。これはローランドの独占欲か。よっぽどこの子が好きなのね!
エメラルド色の瞳に紫の礼服。アメジストは愛しい許婚の瞳の色。よほどのセンスがなければ、着こなせない組み合わせ。
それをこうも上品に見せるなんて。この男は相当のオシャレ好きだわ。
そして、この太陽のような娘。こんな地味な茶色のドレスを着ても、美しさは全く損なわれていない。王女の私より目立たないように……という配慮なら、よいアドバイザーを抱えている。
「恐れ入ります」
ローランドがそう言って頭を下げ、クララもそれに続いた。どうやら、こういう席には慣れていない模様。もうちょっと声をかけて、困らせてみたい!
次の言葉を口に出そうとしたとき、あっさりアレクに牽制された。分かっているわよ。この娘が緊張で泣きそうなことくらい。これ以上は突くなって、そう言いたいんでしょう?
「ごきげんよう」
アレクが見逃せないくらいにわざとらしく、私はにっこりとクララに微笑んだ。
《イラスト:藤倉楠之》




