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57. 歴史の傍観者

 軍事国家の承認を求めて、北方は武力で隣国に圧力をかけている。建国の暁には、その武力が世界平和に役立つと主張して。


 国境進軍の名目は、そのデモンストレーション。平和主義の隣国は、軍事に関しては強固とは言えない。その弱みを突かれたということだ。


 我が国は、すでに人質として王女を下賜している。代表とされている元首の内縁の妻。

 その娘がシャザードの種である以上、二人を殺すことはできない。


 脅しとしては弱いとして、北方の国は我が国への侵略を諦めた。辺境の治安維持のためだったと嘯き、砦から早々に兵を引いた。


 シャザードの教え子の魔術師たちが、鉱山の守りを固めたことも功を奏した。いくらシャザードでも、無謀な戦いはしない。


「隣国の国境に、北方の軍が集まっています。あちらの宰相が、なんとか交渉で切り抜けていますが」


 大国の宰相同士。宰相様には、独自の情報網がある。アレクの国の事情も、そこから入って来るらしい。


「士気をあげるために、近いうちに国王が辺境に赴くと聞いています」

「国王が! じゃあ、国内政務はどうなるの?王宮がもぬけの殻になるわ」

「王太子とその側近が当たるそうです。あちらの後継者は、若いのにかなりの切れ者だそうですね」


 そうかもしれない。アレクなら心配することはない。国内は安定しているし、国民からの人気も高い。


「隣国は、我が国に何を望んでいるのかしら?」

「援軍ですね。辺境は一触即発の状態。我が国の軍勢を国境まで移動させていますが、同盟国でもないのに援護はできません」

「そうね。ようやく辺境から、北方軍が引いたのに。今また、理由もなく北方に敵対することになれば、国民が黙ってはいないわ。国を捨てて逃亡する者も出る」

「はい。自国が不安定なのに、他国に力を貸すとなると。相当な見返りがなければ、支持はされないでしょうな」


 隣国が乗っ取られれば、次は我が国が飲み込まれる。そんなことも、民には理解できない。

 でも、それは彼らのせいじゃないんだ。日々の糧を確保するのに精一杯の状態で、国の未来を見ろと言っても無理な話だ。


 第一、国民にとっては、北方だろうと我が王家だろうと、あまり関係がない。程度の差はあれど、結局は搾取されるだけなのだから。


「お父様は、なんて?」

「隣国に貸しを作る絶好の機会だと」

「そうね。向こうから望まれた同盟なら、我が国に有利な条件を出せる」

「はい。ですが、あちらの宰相も()るもの。王女には、セシル様を限定してきました。それ以外の要望はないと」

「そう。光栄だわ」


 私なら正妃として、この難局を共に乗り越えられる。そう判断して、国の利益のために望んだという。


「お受けしましょう。すぐに返事を出して」

「よろしいのですか。レイ殿には……」


 私が大人しく隣国へ行けば、レイの隷属契約は自動的に抹消される。宰相様の手配で、すでに準備はできていた。

 お父様との私の契約魔法。誰にも違えることはできない。


「何も言わないでいいわ。レイにはこの国を出て行ってもらう」

「隣国に、お連れになってもいいのですよ」

「北方軍やシャザードが、簡単に倒れるとは思えないわ。婚約どころか婚姻をしても、ずっと同盟を保持しなくちゃいけなくなるかもしれない。先の見えない未来に、レイを縛りたくないの」

「レイ殿が納得するでしょうか。噂は聞こえているはずですが、彼は今も王女様の……」


 毎夜愛し合う恋人。婚約同盟の話を聞いてから、私はいっそう激しくレイを求めた。終わりのある恋なら、せめて心と体に、その記憶を刻みつけたい。

 レイも私の変化に気がついているはずだ。子を作らないようにしているのも。


「大丈夫よ。レイには西の賢者の元へ行ってもらうわ。あそこでしばらく、将来のことを考えればいいと思うの」

「しかし、それではこちらに戻ってこれないのでは?賢者は時間の流れが違います。歴史の傍観者となるのですから」


 隣国に連れていけば、レイには偽装婚約だと見破られてしまう。そうなったら、レイは永遠にでも私を待とうとするだろう。

 たとえ形だけだとしても、私は他人の妻となる。そんな女のために、レイの人生を無駄にしてほしくない。


 でも、せめて他の人と結ばれるのではなく、賢者として悠久のときを過ごしてほしい。

 そして、いつか私が逝った後、誰かの手を取って幸せになってほしい。


 これは私のエゴ。だから、無理強いはしない。でも、そうなってくれたら、私は心穏やかに人形でいられる。


「分かっているわ。いいのよ。アレクにも、申し訳ないもの。彼にはお飾りでも正妃は必要よ。私ができる唯一の恩返しだわ」

「レイ殿の命の代償として、王族としての役目を全うすると……」

「ええ。私はアレクと結婚するんじゃない。この国に人生を捧げるのよ」


 宰相様は、私の両手を取って、優しく握った。


「立派なご覚悟です。ですが、諦めてはいけません。きっと道は拓ける」

「ええ、そうね。ありがとう。あなたの忠心、決して忘れません」


 隣国との同盟が結ばれることになった途端、北方の報復を恐れた王族は南の離宮や実家に避難した。国民を捨てて、安全な場所に逃げたのだ。


 お父様だけは、渋々ながら王都にとどまった。王太子と同じ場所にいては、王家が全滅する可能性があると、宰相に言いくるめられて。

 その代わり、いままで他の王族を警護していた衛兵や魔術師すべてが、国王を守る。今まで以上に強固な結界が張り巡らされていた。


 お父様はもはや、お飾りの国王でしかない。この国を守って戦っているのは、一部の忠臣たちだけ。

 彼らのためにも、私は失敗できない。臣下を守るのも、王族の義務。私を支えてくれた人たちの命は、私の婚約同盟の成否にかかっている。


 そうして、私はレイと別れることに決めたのだった。

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[一言] 正に親切の押し付け合い状態。  君達、一方的に気持ちを押し付けるんじゃなくて、ちゃんと話し合いなさい。 ‹セシル
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