55. 主の責任
「どういうことなんだ?理由を教えてほしい」
「アレクと婚約が決まったの。だから、もうレイとは……」
部屋では侍女たちが荷造りで忙しい。人目を避けるために、私たちは王族専用の庭にいる。
王宮に残っていた王族は、すでに南の離宮に避難しているので、誰にも見られることはない。
「そんな話は聞いていない。なぜ急に?」
「婚約同盟を結ぶのよ。より強固な姻戚関係が必要なの」
「他にも王女はたくさんいる。なぜセシルなんだ」
隣国の王太子妃。姉の王女たちが喉から手が出るほど欲しがるもの。
それなのに、末席の私が嫁くことになった。レイじゃなくても、疑問に思って当然だ。
「お父様の命令よ。魔力の強い者同士なら、強い魔力を持った王孫を授かれるって」
「それなら、俺でもいいはずだ。セシルが懐妊すれば、その役目は別の王女に行く」
「無理よ。出発は今夜。もう決まったことなの」
そう、もう決まったこと。決めたこと。
こうするしか、これしか、私にできることはない。
だから、お父様に願い出た。私の望みを叶えることと引き換えに。
「それでいいのか?俺のことは……」
「いい思い出にするわ。あなたも忘れてちょうだい」
胸が痛い。レイのことを忘れられるわけがない。
でも、他の男に嫁ぐ私には、もうレイを引き止める理由がない。なんとかレイに、別れてもらうしかない。
「俺は君の何なんだ?そんな嘘が通じるような関係じゃない」
「私たちは、ただの主従関係よ。それも今日でおしまい」
「従者を解任するというのか」
「臣下を辞せと言っているの。この国から出ていってちょうだい。おばば様のところに行って!」
お父様と私の取引。私が隣国に行けば、レイの国との従属契約が自動的に抹消される。
そうなれば、国王であってもレイに命令はできない。レイは戦いに行かなくて済む。
「レイを呼べ。すぐにシャザードを倒すよう命令する」
元共和国軍の辺境侵略の報告を聞いて、お父様が真っ先に口にした言葉はそれだった。
シャザードがいなければ、軍隊などひとたまりもない。それがお父様の考え。
「待ってください!レイはシャザードと対峙して、ようやく戻ったばかり。今は無理です。もっと敵の力を見極めてから……」
「お前は辺境を諦めろと言っているのか。あの地域には鉱山がある。この国の宝だ」
辺境の人間の命より、この国の富が大切なんて……。
戦っている兵士や襲われている民よりも、魔石の原石を発掘する鉱山のことを心配する。
お父様はこういう人。自分のことしか考えていない。
「近隣から応援部隊が駆けつけているはずです。鉱山の守りも。辺境からの伝令で、軍が動くように手配してあります」
宰相様が助け舟を出してくれた。非常事態を想定して、すでに危機管理ができていたんだ。
この人がいなかったら、この国はとっくに滅びている。
「兵なぞ動かさなくても、シャザードが消えればいいだけの話だ。レイの他に、誰がシャザードに対抗できるという。あの男の強さは、私が一番よく知っている」
あの国が進軍したのは、シャザードの力を味方につけたから。
小さな国の小さな軍隊を、そこまで強くできるのは、彼の闇の魔術が兵士を強化しているから。
「それは分かります。でも、レイはシャザードの元弟子。それが強みでもあり、逆に弱みにもなります。相手にも、レイの動向は簡単に読まれてしまいます!」
「では、兵士たちにシャザードの相手をさせよと?千人でかかっても倒せまい」
「レイを失ったら、それこそ魔術師界の損失です。彼は賢者の後継者になれる人間です」
そうだ。おばば様がいる!
レイが後継者になれば、シャザードに対抗する方法が見つかるかもしれない。
異次元に残った教官の魂を、こちらに呼び戻すことも!
「賢者は、世俗などに興味は持たん。世の中に干渉しないからこそ、隠遁生活が送れているのだ。後継者などになったら、レイもシャザードと戦うことなどできん」
「それは、世の中が平和だったからです!軍事国家の侵略なんて、今までなかったもの」
「お前は何も分かっていない。賢者とは歴史の証人だ。道を変える手助けなどせん」
道を変える……。それは宿命のこと?お父様も、神が決めた道について、何か知っているの?
帝王学。こんな人でも王族の長として、世界の奇跡や秘事を伝えられている。
そして、それは弟の皇太子や男子王孫に受け継がれていく。この世界で民を統べるために、必要な知識として。
「レイはもう、何度もシャザードと戦っています。それでも、シャザードを止められなかった。同じことを繰り返しても、いい結果は得られません」
「では、どうするつもりだ。お前はあの男の主人だろう。責任を取れるのか」
シャザードに対抗できる魔術師。レイ以外に誰か。レイと同じくらいの魔力がある人間は……。
「アレク……アレクシス殿下がいるわ!彼ならシャザードに対抗できる!」
そうよ。魔石があれば、アレクはレイを凌ぐかもしれない。
シャザードはアレクに魔術を教えていないし、アレクの戦闘の癖も知らない。それは、戦うには有利だ。
「馬鹿者が。他国の王太子を、どうやって動かす気だ。同盟国でもあるまいに」
「隣国からは同盟を打診されております。この機に同盟を結ぶべきかと」
宰相様が進言した。そうだった。隣国が北の国への備えに同盟を申し入れてきていたんだ。
その流れに乗れば、きっとアレクが助けてくれる!
どうしても、アレクを味方につけたい。そのためなら、なんだってする。私はそう心に誓った。




