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51. 魔力封じの箱

「私はここで。ご姉妹、水入らずでお過ごしください」


 何かあれば呼んでほしい。元首はそう言って、ガーデンルームに続く部屋の前で、私たちと別れた。


 大きく深呼吸をしてから、ドアをノックする。返事はない。私はドアをそっと押し開けた。


 壁や絨毯はオフホワイト。アンティーク家具が美しい。そのサロンの向こうに、ガラス張りの空間が見える。

 外には小さな庭園。木々に遮られることのない太陽の光が、ガーデンルームにキラキラと降り注いでいた。

 色とりどりの花の鉢植えが置いてあり、ベンジャミンの緑が鮮やかだ。


 奥の真っ白な革張りのソファーに、白いドレスを来たお姉様がいた。肘掛けにもたれて頬杖をついている。

 暖かい日差しにまどろむように、お姉様は目を閉じていた。


「お姉様?眠ってるの?」


 近寄ってそう尋ねると、お姉様はゆっくりと目を開けた。そして、幼い少女のように首をかしげた。


「どなた?」

「セシルよ。会いたかったわ!」

「そう」


 お姉様はうつろな目のまま、ぼんやりそう答えただけだった。


「お姉様、大丈夫?」

「ええ」


 様子がおかしい。まるで大きな人形みたい。美しい笑みを湛えたまま、お姉様は感情のない声で返答する。


「お姉様!私の声、聞こる?セシルよ!私のこと、分かる?」


 お姉様の前に跪いて、その細い腕を掴んだ。お姉様は相変わらず華奢で、肌はひんやりと冷たい。


「私の妹でしょう?」

「お姉様、一緒に国に帰りましょう!お医者様に診てもらって」


 思わずお姉さまの肩を揺さぶると、お姉様は抵抗することなく体を揺らした。

 その目は見開いたまま、空を見つめている。


「セシル、止めるんだ。フローレスは正気じゃない」


 アレクが私の手を後ろから掴んだとき、お姉様の瞳にその姿が写ったのが見えた。

 その瞬間、お姉様は目を見開いて、私の腕をぎゅっと掴んだ。


「セシル、逃げて。すぐに逃げてっ」

「お姉様?」


 ほんの一瞬だけ、覚醒したと思った。でもすぐに、お姉様は、元の状態に戻っていた。

 意思のない、空っぽの器。もう何も見えていない。


 そんなお姉様の手を取って、ソファーから立たせたのはアレクだった。アレクのはずだった。


「もう大丈夫だ。一緒に行こう。何も心配しなくていい」


 そう言ってお姉様を抱きしめたのは、アレクじゃなく教官。

 どこで入れ替わったのか。いつのまにか、教官が私たちと一緒にいた。


 なぜ気が付かなかったんだろう。どうやって屋敷の中に?


 呆然と二人を見つめる私に、教官は指示を出す。聞きたいことは山程ある。レイのことも知りたい。

 けれど、今はそのときじゃない。


「説明している暇はない。セシル、すぐにフローレスと屋敷を出るんだ」

「教官は?アレクはどこに?」

「娘を救出してから合流する。王太子は屋敷の外だ」


 屋敷に入る前に、教官とアレクは入れ替わったってこと? どうして、私には何も知らせずに……。


「フローレスは、薬を飲んでいる」

「薬?」

「大丈夫だ。屋敷の外まで連れ出せば、私の魔法で中和できる」

「でも、元首に見つかったら?」

「そっちは任せてくれ」


 どっちにしろ、もう後には引けない。こんな状態で、お姉様を置いてはおけない。


「お姉様、さあ、こっちよ。一緒に行きましょう」


 私に手を引かれて、お姉様はドアの方に歩きだした。ただ従うだけで、自分の意思で行動できないようだった。


 知識として薬や毒については学んでいる。でも、お姉様の症例が合う薬が思いつかない。

 こんな風に、魂が抜けたようにはなるなんて、もしかして魔薬? それなら、教官はなぜすぐに解除しないの?


 なんだか、おかしい。ここの空気は澱んでいる。魔法陣結界のせい?

 胸がどきどきする。何かを見落としている。とても大切なことを、見逃している気がする。


 それでも、私たちは無事に、正面玄関までたどり着いた。誰にも会うことなく。

 こんなに簡単でいいのだろうか。まるで、逃げてくれと言わんばかりの状況。


 でも、この屋敷を出れば、お姉様は自由。はやる気持ちで、私は扉を開けた。


「そこを動くな!」


 外に出た瞬間、私たちは、武装した兵士に囲まれた。

 なぜ?全く気配を感じなかったのに!


 違う。感じられなかった。この屋敷全体が、魔力封じの箱!これが魔法陣の正体。

 だから、教官は中では魔力を発動できなかったんだ!


 屋敷は、完全に包囲されている。元首はすでに、軍部派に取り込まれていた。


 立ちすくんだ私の前に、フローレスお姉様が両手を広げてかばうように進み出た。

 魔薬の効力が消えた?教官が魔法で解除したんだ!


「将軍、控えなさい! ここにいるのは、同盟国の王女。元首殿の賓客です。手出しはなりません!」

「元首は国を裏切りました。身柄を拘束いたします」


 将軍?拘束? 元首は彼らの仲間じゃないの?


 多勢に無勢。魔石があっても、お姉様と二人分の転移魔法は使えない。普通に攻撃して、切り抜けられるだろうか。


「お前達の目的はコレだろう。約束通り我々を解放してもらおう」


 いつの間にか、お姉様の隣にへカティアを抱いた教官が立っていた。

 その足元には、魔力封じの鎖で縛られたアレクと、手枷足枷を付けられた元首の姿がある。


「アレク!教官、アレクがっ」


 教官に助けを求めると、アレクが息苦しそうな声で言った。


「セシル、無駄だ。その男は敵だ」


 鎖がアレクの体をきつく締め上げた。アレクは地べたに転がされたまま、更に苦しそうな声を上げる。


「アレクっ!しっかりしてっ」

「動くな!」


 アレクに近づこうとした私に、教官が手をかざした。胸に重い空圧がかかる。これでは動けない。


 その男? 教官が敵だって言うの?


 私は胸を抑えたまま、理解できない状況に戸惑っていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] わあ、ここから一気に急展開ですね。続きが気になる! プロットの緩急が巧みですごく引き込まれます。 [一言] やっと追い付けました! 引き続き、楽しみに追わせていただきます♪
[良い点] 怒涛の展開! なんでここにシャザードが! 本物のシャザード? 異次元から抜け出したのかーっ? そしていつから入れ替わってたの……? わー! めちゃくちゃ気になるー! 気になるところで次回…
[一言]  穿った見方をすれば、夕べ泊まったところも敵である可能性があるわけで。  セシルの危機意識の低さが如実にでてますねぇ。
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