表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/109

50. 駐在大使と魔石

 大使公邸は、お姉様の共和国入りと同時に設置されたものだった。急ごしらえではあったものの、この一年弱で体面を保てるだけの設備は整っている。

 何よりも、強い結界のおかげで安全だ。


 駐在大使となっているのは、異母姉の夫。私にとっては義兄となる。王婿とは言え、身分は伯爵。

 そのせいで、こういう難しい役回りに任命されたのだろう。


 ちなみに、姉は王都にとどまっているので、単身赴任。こう言ってはなんだが、あのわがまま放題の姉にはもったいないような、よくできた人だ。

 昨日、この国についてから、すでに色々と便宜を図ってくれていた。


 大使様はお守りだと言って、私たちにとても珍しいものを贈ってくれた。


「元首の別荘には、フローレス様だけがお住まいです。厳重な警備で、蟻の子一匹入れないとの噂。逆を言えば、逃げ出すことも難しい。これをお持ちください」

「これは……、魔石?」

「はい。魔力の補充にお使いください」


 魔石は魔力を蓄えた石で、非常に貴重なものだった。多くの技術者が、その開発に長い年月を費やした国の宝。


「私まで……、もらってもいいのですか」


 手渡された魔石を眺めながら、アレクがそう言った。


 これは我が国の最先端技術。他国の王太子に、簡単に渡していいものではない。


「セシル様をお守りいただくのです。その対価として、これほど安いものはありません。ただ、これは個人的な贈り物として、ご自身のためにお使いいただきたく」

「ありがとう。この技術について、他言はしないと誓いましょう」

「ご配慮に感謝いたします」


 アレクは魔力を使って、石の分析を始めた。


「付与した魔力が身につけたものに流れる仕組みか。素晴らしいな」

「守護魔法は、一度発動したら終わりです。この技術なら、魔力の蓄えが切れるまで、何度でも魔力の使用が可能です」

「なるほど。アクセサリーにして身につけるのがいいだろう。使えるな」


 アレクは何かを考えついたらしい。アクセサリーって。まさか、あの子にあげる気なのかしら?


 ないわ。それはない!ありえない!


 だって、相手に自分の魔力を絶え間なく流すとか! そんな状況、普通なら男女の営みの間だけ!

 それが続いてるみたいで、女性には恥ずかしいマーキング。


 でも、魔力の量や質が同じだと、妊娠しやすくなるんだっけ。おばば様が、確かそう言ってた。

 魔力の全くないあの子に、アレクの魔力が流れていれば、子ができやすい?


 やだ、アレクってば、既成事実を狙ってるの? むっつりスケベだわ! 女の敵ね。


 おばば様の言葉と同時に、私はレイのことも思い出していた。


 賢者の修行は、どこまで進んだんだろうか。もう、異次元に飛べるようになった?

 私の魔力に、自分の波動をなじませることは、できるようになった?


 きっともうすぐだ。レイが戻ってくれば、何もかもがうまくいく。

 私たちは結婚して、西の最先端の国で子供を育てるんだ。


「いつか、この石の技術を購入させてもらおう。共同研究でもいい。無限の可能性がある石だ」

「それは楽しみです。殿下が即位されたら、是非そういう方向に」


 私たちは魔石から魔力が流れ出ないよう、遮断袋で包んでポケットに忍ばせた。

 そして、馬車で一時間半ほどの郊外にある、元首の別荘へと出発した。


「あの子、クララだったかしら?魔力はなさそうだったけど……」

「そうだな。普通の子だよ」

「ふうん。あれから会ってるんだ」

「同じ学園の先輩と後輩だ。嫌でも顔を合わせるだろ」

「嫌って……。素直じゃないのね」

「臣下の配偶者となる娘だ。無碍にはできない」

「王太子が望めば、どうとでもできるでしょうに」

「その話はもういいだろう。君には関係ないことだ。それよりも、今日のこれからのことを話し合おう」


 お姉様を見舞ったその足で、国境に向かう。逃げるが勝ち。今回は、無事を確かめるだけでいい。

 交渉でお姉様の身柄を奪回できない場合、強硬手段にでることになる。それには、現状を知っておく必要がある。情報は多いほどいい。


「とにかく、側から離れないでくれ。万一のときは、転移魔法で国境まで飛ぶ」

「私は転移はできないわ。魔力が足りない……。そうか!魔石を使えば」

「なんとかいけると思う。そんなことにならないといいが」


 元首の別荘は深い森の中にあった。私たちの馬車は、まるで緑の海の底へ吸い込まれていくように、どんどん森の奥へ入っていった。


 日も差さないような、高い木々に囲まれた屋敷。それが、お姉様が捕らわれている場所だった。

 元首の趣味なのか、本宅とおなじ蜂蜜色の天然石が柔らかい印象を与える。

 けれど、高い位置にある窓ははめ殺しで、(てい)のいい監獄のようなものだった。


「結界だ。魔法陣だな」

「血の契約?」

「おそらく」


 詳しい構造は分からない。レイならば、きっとこの結界の仕組みを見破るのに。おばば様の複雑な魔法すら、レイは簡単に解いたんだもの。


「よく、お越しくださいました」


 私たちを迎えた元首は、変わることのない美しい笑顔を見せる。その表情からは、何か邪悪な意図があるとは思えない。


「お招き、ありがとうございます」


 正面玄関の扉をくぐるとき、結界を越した感覚があった。元首の客しか通れない仕組み。ごく普通の魔法だ。

 どうして魔術師に頼まなかったのか。何か事情があるんだろうか。


「早速ですが、お姉様に会わせていただけますか。もうずっと会っていなくて」

「もちろんです。この時間はいつも、庭に面したガーデンルームで過ごしています」


 ガーデンルームと言えば、全面をガラスで覆った温室のような作り。コンサバトリーと呼ぶべきなのかもしれない。

 それなら、どんな気候であっても、体に障ることはない。体の弱いお姉様のことが、私はいつも心配だった。


 そうして、私たちはいよいよ、お姉様のいる場所へと足を向けたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] >魔力の全くないあの子に、アレクの魔力が流れていれば、子ができやすい? セシル妄想たくましいw 突っ走りすぎではww ムッツリスケベ認定、酷いw しかしクララは魔力が一切なくて、この魔…
[一言]  さて、洗脳か、脅迫か。  頭のいい会話になるのかな? とちょっと楽しみ♡
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ