48. いざ共和国へ
貴族であっても、良識のある人もいる。愚か者ばかりじゃない。それでも、身分の枷がない世界で、自由に生きる夢を見てしまう。
これが平民だったら、その夢が叶う世界は、どれほど素晴らしく映るだろう。
「共和国は、理想としては間違っていないわ。でも、急ぎすぎたのかもしれない」
「さようですな。もったいないことです」
それから半月もしないうちに、共和国から朗報が届いた。フローレスお姉様に、女の子が誕生したらしい。
生後まもない女児を抱いた元首の姿絵が、大量に巷に出回った。
「お可愛い赤ちゃんですわ。フローレス様にそっくり!」
王族の結婚や出産は慶事。この国でもお姉様の赤ちゃんの姿絵が、新聞や雑誌を飾った。
お姉様はまだ公の場に出ていない。ほとんどの姿絵は父子のみ。
「そうね。可愛い子だわ。美人になるわね」
マリアが入手した絵姿を眺めながら、私は生まれたばかりの姪っ子のことを考えていた。
黒い髪と黒い瞳。目の辺りや口元は、教官をそっくり写し取ったような。
金髪碧眼のトリスタン元首には、全く似たところがない子。
普通なら自分との血縁関係を疑って、あまり外に出さないでおくだろう。それを、これほど大体的に触れ回るというのは、作為の匂いがする。
「誘い水でしょうな。父親をおびき寄せるための」
「使えるものはなんでも使う。すいぶん必死なんだわ」
過激派の暴挙のせいか、元首は元老院で浮いているらしい。
どんなに優れた案も、それが議会を通過しなければ、共和政治では機能しない。
反対するだけで代替案を出すことができない者たちに、ただ潰されていくだけ。
「元首から、招待状が届いております。王孫となる女子の命名式に、ぜひこの国からもご身内の出席をと」
「お父様には?」
「お伝えしました。好きにせよと。セシル様の判断に任せるそうです」
「どうすべきかしら」
王族ではなく、身内を招待している。罠を仕掛けるには、ターゲットが曖昧すぎる。
「私が妻を同伴いたしましょう。臣下に嫁いだとはいえ、元王女。それで押し切ります」
「ありがとう。でも、降嫁している方に、王族の役目はお願いできないわ。それに、宰相が不在だとこの国が心配よ。命名式で何か起こるかもしれないのに」
「起こるでしょうか。そんな慶事に……」
「何が起こってもおかしくないわ」
元首と言えども、一国民。命名式は国事では無い。私的な式なら、何があっても、責任の所在は元首に行く。
そこを狙った犯行に、巻き込まれる危険性がある。
「共和国には、私が行きます」
「セシル様!それはいけません。罠かもしれない……」
「罠だったら、なおさら私が行くべきよ。何が狙いなのか、見極められるわ」
「しかし……」
「大丈夫よ。そうだわ、いいことを思いついた。アレクに協力してもらうわ」
「アレクシス殿下ですか?隣国の王太子の」
「ええ。私のパートナーとして、共和国行きに付き合ってもらうわ」
いくら共和国が不安定な状況とはいえ、大国の王太子をないがしろにはできないはずだ。
アレクなら魔法も剣術でも、いざというときに頼りになる。
「婚約も交わしていないのに、パートナーですか。隣国が承知するでしょうか」
「共和国の動向が気になるのは、あちらも同じよ。元首にしたって、アレクと親交を深められるなら、願ったりかなったり。正式な婚約者かどうかなんて、気にもしないと思うわ」
「ですが……」
「大丈夫。私にまかせて!」
アレクが嫌だと言ったら、あの子に気持ちをバラしてやるって脅すから!
クララって言ったかしら?臣下の婚約者。この弱みがあるかぎり、アレクは私に逆らえない。
アレクからの返事は、予想通りだった。
共和国は、まだ隣国へは外交の手を伸ばしていない。国賓としてならいざ知らず、非公式な招待に王太子が応じるのは不都合だと言ってきた。
もちろん、想定内。だからこそ、クララのことをほのめかしたのだ。
案の定、身分を隠すという約束で、アレクはパートナー役を渋々引き受けてくれた。
変装したところで、彼が大国の王太子だということは丸バレだろう。
ただし、本人が否定する限り、誰もそれを指摘できない。
「こんなことは、もうこれきりにしてくれ」
北の辺境で落ち合ったとき、アレクはこれみよがしに不機嫌な顔をした。これも予定通り。
それでも、アレクは来た。今、私に恩を売っておけば、隣国は我が国に貸しをつくることができると。
アレクが損得計算なく、動くはずはない。悪いやつじゃないけど、腹黒い策士なのだ。
だから、私はその意図に乗ることにする。今回は本当に借りだと思っているし、アレクをいじめ過ぎると倍返しされる可能性がある。
「助かったわよ。私だけじゃ不安だったの。アレクがいれば安心だわ」
「そう思うなら、最初から素直に言えばいいだろう。助けてくれと泣きつけば、こっちだって考える」
「あら、そう?アレクは忙しいと思って。なんてったって、初恋……」
「だから、それが余計な詮索だと。それ以上言うなら帰る」
「はいはい。ごめんなさいね。この借りは必ず返すから」
「頼むぞ。絶対に余計なこと言わないでくれ」
私たちは、一緒の馬車の乗り込んだ。共和国の首都とされる街に着くまで、今後の行動の打ち合わせをする。
それにしても、パートナーのフリに、何もレイと同じ黒い髪と黒い瞳にすることはないのに!
これは、私への牽制。アレクも私も似た者同士。二人とも負けず嫌いなのだった。




