46. 魔薬
「知らなかったなんて、あやしいわね。男は言い訳ばっかり上手なんだから」
「君の男とは、一緒にしないでほしいな」
これ以上、アレクをいじってもしょうがない。好きな子は臣下の許婚。アレクは失恋したってこと。気の毒に。
「まあ、いいわ。じゃ、よろしくね」
「もう帰国するのか?」
「ええ。長くいれば悪目立ちするもの」
「合理主義だな」
「お互い様。あ、そうそう。市場裏のあれは、寝室での前戯の手順よ」
私の説明を聞いて、アレクは茫然自失という感じに。このマヌケ顔!! あの子にも見せてあげたい。
「仲良くなりたいなら、まずはプレゼントでもあげたら? 高価すぎない小物やアクセサリーがいいわよ」
間違っても、100本のバラはダメ。ショックで口もきけないアレクに、私はそうアドバイスした。親切だ。
アレクは昔から、なんでも言い合える友達。その崇高な理想や潔癖な性格から見ても、私の敵に回るということはないだろう。我が国が黒く染まりきらない限りは。
国境までは、馬車で半日の道のり。夜はそこで泊まって、王都には明日に戻る。
地方の様子が気になるので、視察を兼ねて馬車の陸路を選んだ。
予定通りに国境の街に到着すると、なぜか物々しい雰囲気に包まれている。
国境の門に続く道の両側に、たくさんの民が座り込んでいた。
馬車は道の真ん中を通って、まっすぐと門へ向かう。すると、すぐに騎馬兵が周囲を取り囲んだ。
「王女様、護衛いたします」
どうやら、私のお迎えらしい。王女とは言っても末席。こんなことは珍しい。
門よりもずいぶんと手前に、バリケードが張ってあった。そうか、このせいで民は先に進めないんだ。
そして、そこには見知った人が立っていた。どうしてこんなところに?
「宰相様!なぜここに?お父様に何かあったのですか?」
急いで馬車から降りると、宰相様がこちらに歩み寄ってきた。あまり顔色がよくない。やはり、国で何かがあったんだ。
「セシル様、お迎えにまいりました。今宵は砦にてお過ごしを。陛下のご命令でございます」
「砦?私が何か?咎められるようなことは何も……」
「いえ。王女に政務代行の命が下っています。私はその補佐として遣わされました」
「政務代行? どういうことですか?」
「実は、王太子殿下が」
「弟がどうかしたのですか?」
国境を越えて、戦時の備えである砦に入る。普段は最低限の衛兵しかいないのに、今日はすいぶんと兵の数が多い。
「毒を盛られたのです」
奥の部屋に通されてから、宰相様は続きを話してくれた。王太子暗殺?
「それで、弟は?」
「幸い大事には至りませんでした」
助かった! 私は胸を撫で下ろした。よかった。
「ですが、国王陛下はずいぶんと取り乱され」
弟の他に、後継者はいない。目の中に入れても痛くないくらいの溺愛ぶり。そんなお父様が狼狽する様子は、想像に難くない。
「弟が助かったのはよかったけれど、お父様も困ったものね。でも、特に政務に支障はないでしょう。今までだって、盲判を押す程度だったはずよ」
「倒れたのは、王太子殿下だけではないのです」
宰相様は、顔に苦渋の表情を浮かべた。嫌な予感がする。
「他にも?」
「第三王女と第十一王女も急に体調を崩されて」
「正妃様と第五側妃様の娘ね。どうしてかしら。共通点はないように思えるけれど……」
そう言ってから、私は息を詰めた。
ある。この二人に確かな共通点がある。
私の顔色が変わったのを見て、宰相様は頷いた。
そうか。だから、私を迎えにきたんだ。これほどの数の護衛をつけて。
「おわかりですね。お二人とも魔力をお持ちだ。量は微細ですが」
「なぜ魔力のある王族だけを。後継者候補を狙ったのかしら」
でも、王女に王位継承権はない。魔力ある男子王孫を産める、わずかな可能性があるだけ。
「それが、毒を飲まれた王族は、他にもいるのです」
「そんな! 他のものたちは、どんな状態なの」
「なんの症状も出ませんでした」
毒を飲んだのに、なんともない? どういうこと?
「人によって効果が違う毒……」
そこまで言って、私はとんでもない可能性に気がついた。それは、もしや……。
私の動揺に気がついたのか、宰相様はすぐに答えをくれた。
「魔薬です」
それは魔力と合わさることで、特定の効力を発揮する薬。魔力がないものが飲んでも、なんの反応もない。
魔術師を操るために悪用された過去から、その存在自体が禁忌とされている。黒魔術の類い。
そんなものが本当に出回っているのなら、すぐに手を打たなくてはいけない。多くの魔術師が、魔薬に脅かされる。
「魔薬は、王太子の誕生日を祝う晩餐に仕込まれていました」
私が王宮を留守にしている間に、弟は三歳の誕生日を迎えている。王女とそのパートナーが招待されていたはずだ。
「それで、犯人は?」
「手がかりはありません。捜索は続けていますが」
そういうことか。このバリケードは、不審者の行き来を阻止するため。
出席していたら、私もおそらく魔薬に倒れた。それなのに、そんな私に政務代行をさせる意図は、一つしか無い。
「お父様は、私に囮となって犯人をあぶり出せと言っているのね」
「そういうわけでは。ただ、セシル様がひときわ魔力が強く、政治にも並々ならぬ関心がありますので」
「ほめ言葉と受け取っておくわ」
宰相様は否定したけれど、お父様はそういう人だ。自分の利益のためには、使えるものはなんでも使い捨てる。
そのとき一つの可能性を思いついて、私は背筋に寒気を感じた。
「お姉様は?フローレスお姉様は無事?」
「おそらく。共和国から連絡はありません」
でも、このまま放置しておけば、いずれは害が及ぶ。魔薬の出処を突き止めないと。
「分かったわ。私を利用してちょうだい」
そうして、私は囮となることを承諾したのだった。




