4. 不思議な気持ち
「教官のお気に入りだからって、いい気になるなよ」
「僕たちは貴族だぞ。身の程を知れ!」
「ほら、それ返せよ。捻り潰してやる」
新入生だろうか。数人の男の子たちが寄ってたかって、一人の男の子に殴る蹴るの乱暴をはたらいている。
無抵抗の男の子は、地べたに丸くうずくまったままだ。
どう見ても弱い者いじめ。見過ごせない!
「ちょっと、あなたたち! 何をしてるのっ!やめなさいよ!」
振り返ったいじめっ子たちは、私の顔を見るや一目散に逃げ出した。それって失礼じゃない?
こういうときは、愛想笑いをしながら『王女様の見間違いです』みたいな、ミエミエの嘘をつくのが普通じゃない?
だって、私は王女なのよ! みんながご機嫌を取って、ちやほやすべき相手なんだからっ!
なんてね。そんなのは、私には当てはまらない。
王女と言っても、平民の母を持つ紛い者。取り入ったところで、いいことはない。
むしろ、宮廷では不利になるかもしれない。末席の王女に、利用価値は0。
だから、みんな、私とは関わらないようにしている。友達もいない。ひとりぼっち。
『人間離れした魔力を持つ化け物王女』
それが、裏で囁かれる私の異名。
王族の身分のせいで、それを面と向かって言ってくる子はいないけど、噂なんて嫌でも耳に入ってくる。
「擦りむいてる。医務室に行こ?」
私はいじめられっ子に声をかけ、手を貸そうとした。それなのに、その手はパッと払われた。
え、何?感じ悪い。私なんかに助けられたくないってこと?触られるのも嫌なの?
そう思ったけれど、どうやらそれは間違いだった。感じが悪かったのは私。その子は別のことを気にしていただけ。
「触るなよ。きれいな服が汚れる」
そう言って土まみれの顔をあげたのは、黒髪に黒い瞳の男の子。
えーと、目つきは鋭いけど、ちょっとカッコイイかな。顔は好み。立ち上がると、背も高い。
あんなひょろひょろした貴族のいじめっ子に負けるような体格じゃない。なんで無抵抗だったんだろう?
「そんなもの、いいわよ。それより、なんでやられっぱなしだったの?少しは抵抗したっていいんじゃない?男のくせに、みっともないわねっ」
そう言ってからよく見ると、男の子の手の中には、小さな小鳥の雛がぐったりしていた。
この子は、この雛をかばってたんだ!だから、あいつらに手を出さなかったんだ。
「……ごめん、それ、知らなかったから。あの、その子、大丈夫?」
男の子は、手の中の雛をじっと見てから、私に縋るような目を向けた。
なんだろう、さっきとは違う表情だ。もしかして、泣いちゃうの?
「まだ息がある。治癒魔法……できる?」
私は頷いてから、男の子の手のひらに自分の手を重ねて、ありったけの治療魔法を施した。
男の子の温かい手、ふわふわな雛の羽毛。この子が助けた雛を、どうしても治してあげたい。
しばらくすると、男の子の手の中で雛がピヨピヨと鳴き出した。成功!私って天才!
「もう大丈夫だと思うよ」
私がそう言うと、男の子は雛と私の顔を何度も見比べて、それから嬉しそうに笑った。
この子、こんな風に笑うんだ。
その素直な笑顔が眩しくて、ちょっと顔が赤くなってしまったと思う。なんなの、これ。すごく頬が熱い!
「こんな高度な魔法、すごいな」
男の子はそう言うと、雛に浮遊魔法をかけて、そっと木の上の巣に戻した。そうすると、すぐに親鳥が餌を運んできた。
その様子を見ながら、私は両手で自分の頬を覆った。手の冷たさが、ひんやりして気持ちいい。
「あなた、新入生?名前、なんていうの?」
「レイ」
「レイ?レイ、何?」
「名字はない」
名字がないってことは平民だ。この国で名字を持つのは貴族だけ。
この施設には、それほど多くの平民はいない。やっぱりこの子は、今期の新入生だ。
「そうなんだ。私は……」
「知ってる。セシル王女だろ」
う。平民にも面が割れてるの?そっか、今ここにいる王女は私だけだし、いろいろ噂を聞いているのかも。
嫌だな。魔力の化け物なんて話、知ってるのかな。怖がられちゃうかな。
「……そうよ」
「助かった。ありがとう」
私は耳を疑った。
え、今、なんて言ったの?
ありがとう?お礼を言った?私に?
普通に言うみたいに?
そんなこと、誰にも言われたことない。みんな、ただ恐縮するか、媚びへつらうか、逃げるだけ。私を腫れ物みたいに扱う。
なのに、この子は違う。普通の子みたいに、普通に話してくれる。
「いいよ。たまたま通りかかっただけだし」
「ラッキーだったよ。あ、あれ、お迎えじゃないか?」
男の子の目線を追って振り返ると、施設のほうから、私付きの侍女が走ってくるのが見えた。
ああ、めんどくさい人に見つかっちゃった。
「そうみたい。もう行くわ」
「うん、またな」
またな……って、もうこんなことはない。王族と平民はクラスも違うし、訓練場も別。
たぶん、もう会うこともない子。この先、なんの関係も接点もない子。
そんなこと、この子も知っているはずなのに。なのに、なんでそんなことを言うんだろう。
私は返事もせずに走り出した。なんとなく、これ以上は今の顔を見られたくない。そんな気がしたから。
それが、私がレイに初めて会った、昨日の出来事だった。