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3. 人生初の好敵手

 強い。なんなの、これ。

 これが本当に、昨日の男の子?


 新入生は基礎しか知らないはずなのに。どんな攻撃を仕掛けても跳ね返される。一切の手加減をしていないのに。こんなことがあるの?


「なんで攻撃しないのよ!撃って出なさいっ。チャンスなのよ!」


 私の攻撃を無傷で受けているだけじゃない。まるで魔力を吸い取られるような感覚。この子は魔力をためているんだ。自分の攻撃に備えて。


「ご指導ありがとうございます」


 指導?この状況で、劣勢の私が何の指導をしていると言うのよ!

 しかも、そのへりくだった態度は何?私が女だから?王族だから?手加減してやってるって余裕?


「機を逃すなと言っているのよ!油断すると命取りよ」

「心得ています」


 バカにしてっ!私には本気を出せないってこと?攻撃する価値もないと?だから、受けているだけだって言うの?やる気がないなら、私が出させてやる!


「後悔するわよ。この勝負、私がもらうわ」


 新入生には使ってはいけない高度な攻撃魔法。でも、この子はそんなのではびくともしないはず。


 それでも、攻撃なしでは防ぎきれない。実力を出し惜しみしたら、本当に怪我する。腕の一本や二本、折れてもおかしくない。


 眩い閃光を放って繰り出した高度攻撃魔法に、相手からも攻撃魔法が出た。上手く行った!


 そう思ったのも束の間だった。私の魔法が跳ね返されて、相手の攻撃と共にまっすぐにこっちへ向かってくる。防御をする時間がない!このままではやられる!


 とっさに体をかばうと、目の前に微かな光のシールドを感じた。私をかばって、誰かが目に見えない強力な結界を張っている。


 誰?教官?おばば様?


 違う。これはあの子の魔力だ。攻撃対象に防御を施したってこと?どんな力よ!うそでしょう?

 でもそれじゃ、あの子に攻撃が戻ってしまう!


 案の定、男の子は反転魔法を受けて、その場に崩れ落ちた。


 それなのに、あれだけの攻撃を受けてもまだ、片膝をついて立っている。まさか、自分にも防御魔法を? そんな余裕あったの?


「負けました」


 審判が判定を言う前に、彼がそう言った。


 どんな勝負も、負けを認めたほうが負ける。魔力戦では勝負を放棄してはいけない。


「勝負あり!セシル王女!」


 おばば様の声が聞こえた。ギャラリーから歓声が沸く。王女バンザイと、称賛と歓喜の声が叫ばれる。


 違う。勝者は私じゃないわ!みんな、見てなかったの?


「……お手合わせ、ありがとうございました」


 救護班が到着する前に、彼は私に王族への最敬礼した。


 それでも、決して私と目を合わせない。気まずそうに目をそらしたまま。

 自分のしたことが私の誇りを傷つけたと、この子は知っているんだ!


 悔しい。悔しい!この私が、こんな目に遭わされるなんて!情けをかけられるくらいなら、負けたほうがましだったのに!許せない!絶対に許さない!


 そう思うのに、この気持ちは一体何なんだろう。


 初めて互角に戦える相手。訓練を積めば明らかに私よりも上になる実力の持ち主。そんな子が、存在するなんて。

 初めて競える相手が、好敵手(ライバル)ができた。そんなことがこんなに嬉しい。


 そう。私は魔力の化け物じゃない。あの子と同じ普通の人間なんだ。


「どうじゃったね、今回の対戦は」


 いつの間にか、おばば様が私の隣に立っていた。


 私が禁止されている高度魔法を使ったことも、誰が真の勝者なのかも。この会場では、教官とおばば様だけが知っている。


「完敗です。私の負け。反則負けだし、実力でも負けたわ」

「お前さんのいいところは、そういうとこじゃのう。ええ子じゃ」

「あの子、どこから来たの?」

「大陸の西端の村を覚えているじゃろ。島への船がでる。あそこの孤児院出身じゃ」


 野外劇場のある村だ。小さい頃に何度かお芝居を観に行ったことがある。

 あの村の牧師さんは魔法を使える人で、おばば様に学んでいた。そうか、だからあの子もあんな魔法を。


 救護班に肩を貸されて歩いていく男の子を見つめながら、私は西の果ての村のことを思い出していた。

 厳しい自然に囲まれた貧しい村。カモメと羊しかいない。


「おばば様、知ってたのに黙っているなんてひどいわ。あの子、牧師様に師事してたんでしょう。初心者じゃないなら、もっと違う戦い方ができたのに」

「きちんと学んでいたとは思えないがのう。ただ、コントロールだけは教えてたのかもしれん。他の子どもたちに危険が及ばないようにな」


 あの孤児院には、何度かお布施を届けたことがある。でも、特に強い結界が張っているようには見えなかった。確かに、あの子の魔法が暴走したら危ない。


「あの子、気に入ったわ。私の騎士にする」


 それには父王の承認が必要だ。私は客席を見上げると、ローブの端をつまんで父王に頭をさげた。


 年に三回、この試合でしか会わない父。国王陛下。父にとっての私の価値は、この魔力だけ。


 それでも、十七人もいる王女のうち、その一人の試合に足を運ぶなんて、この父にとっては異常なこと。

 存在を認識されているだけでも奇跡だ。フローレスお姉様は、父から声をかけられたこともないらしい。


 父は私に軽く頷いてから席を立った。国王の退場に、会場全体が頭を下げる。

 父は教官と何かを話しながら、護衛たちに守られて去っていった。


「騎士はどうかのう。あの子はまだ修業が必要じゃよ。敵をかばうなぞ、その発想が命取りじゃ。優しさは毒なんでの」

「おばば様、あの子、私を助けたのよね」

「そうじゃな。その隙を突かれれば、あの子は死ぬ。王女さんは負けとらんよ。最後に生き残るのはお前さんじゃ。やはり、あの子も後継者には向かんのう」


 そう言って、おばば様は大きなため息をついた。


 優しさか。確かに、あの子は優しそうだった。でも、今日、私の前に立った彼には、優しさよりも冷静さと傲慢さを感じた。


 同じ子なのに、どうしてこんなに印象が違うんだろう。どっちが本当のあの子なんだろう。


 おばば様と一緒に退場しながら、私は昨日のことを思い出していた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おばば様の安心感……! セシルの色々な感情が混ざり合っててこちらもブワーッとなりました!(ごめんなさい、語彙力がどこかに……!) 彼の真意は一体? すごく気になりますっ! お父様も厳しいと…
2022/05/25 06:40 退会済み
管理
[一言] 見方の違い、感じ方の違いってありますよね いずれにしても気になる展開( *´艸`)
[良い点] セシルの健全なプライドがすごくかっこいいです。 実力の面で、負けをきちんと認めるところも。 凛々しいヒロイン最高! [気になる点] 彼の真意が気になるー! 負ければいい場面なら実力を隠して…
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