表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/109

16. 共和国と元首

 一通りの挨拶が終わると、お父様は王太子と共に退場した。


 宴に残った王族は王女だけ。国の代表として、招待客を楽しませる義務がある。

 たとえそれが、自分を高く売るための、嘘くさいお芝居であったとしても。


「私たちと踊りたがる殿方はいないわ。お客様の接待は、他の方々にお任せしましょう」


 高位貴族や来賓は、みな貴族の母を持つ姉たちに群がっている。あわよくば婿になろうと。

 既婚の王女たちすら、愛人の座を狙ってか、ダンスを申し込まれていた。


「お姉様の言う通りね。私たちは不要なんだわ」


 出口に向かおうとしたとき、会場がざわめいた。国王主催の宴に、遅れて入ってきた招待客がいたからだった。


 それは、シャザード教官と見たことがない紳士。


 長い金髪を後ろで一つに束ねたその人は、男性なのに女性のように綺麗な顔をしていた。教官より少し年上に見える。


 お姉様がドレスに裾をつまんでお辞儀をしたので、私もそれに倣う。教官は私たちの挨拶に気がついて、こちらに向かって歩いて来た。


「シャザード様、ごきげんよう。お父様はもう退出してしまったのですが……」

「存じております。身分柄、陛下と同席は許されません。退出されるまで、外で待つようにとの指示にて」

「そんなことを! 申し訳ございません」


 教官の言葉を聞いて、お姉様は青くなった。


 高名な大魔術師であっても、平民は貴族の権利を得られない。こんなときまで、この国は特権階級を誇示する。


「はじめまして。教官のご友人でいらっしゃいますか?セシルと申します。こちらは姉のフローレス。お会いできて光栄ですわ」


 教官と外で待っていたとしたら、この人も平民の出なのだろう。見た感じでは分からないけれど、そう考えて差し支えない。


 末席であっても、私は王女。身分に関係なく、ゲストをもてなす役目がある。お父様の愚行を挽回出来れば、私がここにいる意味もあるはず。


 そう判断して右手を差し出すと、その人はその場に跪いて、私の手の甲にキスを落とした。

 どうやら、こういう場には慣れているようだ。


「王女様からお言葉をいただくとは、ありがたき幸せ。共和国代表のトリスタンと申します」

「共和国……ですか?元首が民間から、投票で選ばれるという?」

「よくご存知ですね。その通りです」

「国民の平等を謳った、新しい考え方ですわ。でも、すでに存在するとは、知りませんでした」

「おっしゃる通りの新興勢力です。北の小さな地方で、細々と生きております」

「興味深いわ。お国のこと、お話しいただける?」


 私がそう言うと、トリスタンという北の代表はにっこりと微笑んだ。

 良かった。この国の王族にも、革新的な体制を受け入れる度量があると。そう思って貰えれば上出来だ。


 それにしても、この人はやっぱり女性みたいに線が細い。ものすごい美人。


「もちろんです。セシル王女、ダンスのお相手をお願いできますか?」

「喜んで」


 私たちがホールに出たのを見て、教官がお姉様をダンスに誘った。たぶん、私たちが悪目立ちしないように、気を使ってくれたんだと思う。


「元首というのは、誰でもなれるものなのですか?」


 トリスタン元首の巧みなリードで軽やかにステップを踏みながら、私は早速そう尋ねた。


「そうですね。共和国には身分はありません。誰であっても、自分の国の経営を任せられると思った者に投票し、その数が最多であるものが元首になります」

「斬新だわ。そんなことが本当に可能なの?」

「もちろん、簡単にはいきません。選ばれる人材の育成と選ぶ能力のある国民の教育。これを全国に浸透させることが必要です」

「全国!身分に関係なく、平等な教育とチャンスが与えられるのね!すばらしいわ」

「……王女様は、王族なのに進歩的な考えの持ち主なのですね」

「新旧に関わらず、良いものを取り入れてこそ、国は繁栄するんじゃないかしら。国を富ませることが、王族の務めでしょう?」


 私の知ったかぶりな意見を聞いて、元首はとてもうれしそうに目を細めた。あまりに綺麗な笑顔で、なんだかドキドキしてしまう。


 この美貌も、彼が元首に選ばれた理由の一つだと確信した。


「王女様がいれば、この国は安泰でしょうね。陛下は幸運だ」


 そうだったら良かったけれど。お父様には私の声なんて届かないし、話を聞く気もない。

 この国は、何も変わらない。今のまま、特権階級が利益を搾取していくだけ。


「どうでしょう。封建社会では、女性の立場は弱いですわ。王女だって、何一つ思い通りになりません」

「我が国に、おいでくださいませんか?女性であっても、その能力を存分に活かせる生き方ができますよ」

「まあ、私なんて。そんなたいした能力は……」

「王女様の聡明さは宝です。その強い魔力も。理想の国が築けるでしょう」


 背筋にゾクリとした冷気が走った。


 この感じには覚えがある。狙われた獲物が動けなくなるような。自分より強い相手と戦うときの、あの感覚に似ている。

 この人からは、魔力のかけらも感じない。それなのに、勝てる気がしない。


 たぶん、強靭な精神力のせい。この人のこのカリスマ性こそが、共和国の元首にならしめた理由。


 緊張で足がすくんだところで、丁度よく曲が終わりを告げた。元首は私の手に軽くキスをして、体を離した。


「お相手いただき、ありがたき幸せ。お手が冷えていますね、温かい飲み物をお取りいたしましょう」

「結構です。こちらこそ楽しかったわ。ごきげんよう」


 なんとか笑顔でそう言って、私はその場を離れた。それでも、いつまでも足の震えは止まらなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  あ〜、平民扱いで入場させなかった程度の相手を王女が賓客として扱っちゃったわけですか。  そりゃ王様怒りそう。
[良い点] 一筋縄ではいかなそうな感じ! 一つ一つの挙動が足をすくわれそうな感じが、ゾクゾクします♡ [気になる点] 共和国代表、元首なんですよね。 国賓として招いたわけではないってことなのでしょうか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ