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13. 私の道化師

 レイが戻ったのは、半年後だった。


 また背が伸びた? なんだか、体形も変わったみたい。ちょっと大人になった? 態度も堂々としてるし、顔つきも前とは違う。


「レイ、この半年のこと話して! 何をしてたの?」

「何って、師匠の弟子だけど」


 ちょうどいいわ! 教官が普段はどうしてるのか聞いて、お姉様に報告しよう。


「教官って、夜に出かけたり、遊んだりする人?」

「任務中に遊んだりしない。ずっと仕事」


 ほら、やっぱりそうじゃない! お姉様の勘違い。


 教官は、姉様のところに来ないときは、いつもお仕事してるのよ。


「じゃあ、レイも一緒に?」


 ずっと仕事してるなんて、レイ、働きすぎなんじゃ?


「夜は別行動。邪魔になるから」

「放って置かれるの? 子供なのに!」

「そうじゃない。嫌がられるんだ」

「教官に?」

「違う。師匠のお相手」

「誰?」


 私とレイは向かい合って、夕食をとっていた。


 いつもレイは食堂、私は部屋でシェフが作ったものを食べる。

 せっかくレイが戻ったのに、日中は訓練でろくに話もできない。だから、今日は夕食に誘ったのだ。


 そのほうが、一人で食べるより、ずっと美味しく感じられる。


「師匠は、諜報活動に娼館を使うんだ。一番効率良く、必要な情報が得られるって」


 は? 娼館って、女の人がいっぱいいるところ? えーと、男性はお酒を飲んで、気に入った女性とそのまま泊まるっていう?


「それって、女性が、お、お閨のお勤めをするところ? こ、子どもを作る行為をするって聞いてるけど……」

「そう。そういうときが、一番無防備だから。色んな人が来る場所だから、情報も集まる」


 なんでそんな冷静に言うの? そういうところは、お、大人が行くところよ! こ、子どもが近づいちゃいけないのに!


「まさか、レイも、その、女の人と?」

「誘われるけど、子どもはダメだって」


 誘われるの? レイはまだ十三歳よ! 子供をたぶらかす女ってなんなの!

 ちょっと待って! じゃあ、教官はつまり、そういう女たちと、そういう行為を?


「レイ、そのこと、絶対に人に言わないで! お姉様の耳に入ったら大変だわ」

「仕事だよ」

「それでもダメ! 言ったら絶交よ!」


 レイは黙って頷いた。


 お姉様には知らせちゃいけない。そのくらい、子どもの私にも分かる。


 後で分かったことだけれど、お姉様はもちろんそんなことは知っていた。この国でも、教官には馴染みの店があるらしい。

 ほんのたまにお姉様を訪ねるだけで、教官は屋敷には戻ってこない。だから、お姉様が知らないはずはなかった。


「レイ、これからは夕食は私と一緒よ。部屋も隣に用意させるわ。門限は図書館が閉まるまで!」

「え、なぜ……」


 なぜって、レイを守るのは主人の務めだから! そばで監視しないと、どこで大人の女から誘惑されるか分からない。


「外泊は禁止! 夜は私に、教官との任務中の話をしてちょうだい」

「でも……」

「私の命令が聞けないの? そんな従者はクビよ! 」

「……分かりました」


 それからは、レイは朝から晩まで、私と一緒に過ごすことになった。もちろん、施設にいる間だけ。

 でも、毎晩レイが任務中の話をしてくれるので、本当にずっと一緒にいるような気がした。


「それで? それで、どうなったの?」

「師匠を助けるために、魔物を使ったんだ。餌を撒いて」

「魔物! 怖くなかったの?」

「もちろん、怖いよ。でも、師匠が危なかったから。夢中だった」

「レイってば、すごいわ! 教官も喜んだでしょ」

「カンカンに怒られた。危険な賭けには出るなって。師匠は今でも、あの時のことは悪夢だったって言ってる」

「えー! 助けてもらったのに?」

「魔術師は、自分の命に一番の責任を持たなきゃいけないんだ。死んだら人を救えない」

「それはそうだけど。教官って厳しいのね」

「師匠はいつも正しいんだ。どんな命も、その尊さを忘れてはいけないって」

「へえ。尊敬してるんだ?」

「すごい人だよ。師事できて幸運だ」


 自分の命に責任を持つ。誰かが同じようなことを言ってた。最後に生き残るには、優しさは毒となるって。

 そうだ。おばば様だ。初めてレイと対戦したときに、そう言っていた。


 教官は、おばば様の直弟子。レイは教官から、おばば様の教えを受け継いでいるんだ。


 レイはとても話が上手で、場面によって声色を変えたり、人物になりきったりして、私を感心させた。

 あまりに真に迫った演技をするので、いつも本当にその場にいるような感覚がした。


「レイの話って、すごく面白いわ。まるで劇を観てるみたい! 俳優にもなれるわよ」

「セシルが楽しめるなら、俳優も悪くない。実は昔、道化師になりたかったんだ」


 意外な夢! レイが俳優志望だったなんて。


 でも、分かるような気がする。色んな顔を持つレイ。彼の演技は、きっと観客を飽きさせることはない。

 でも、そうならなくて、私にはラッキーだった。レイが舞台に出ていたら、きっと今以上に大人気で、私なんか近づけなかったと思う。


 二人きりのときだけ、レイに『セシル』と名前で呼ばせている。命令とはいえ、レイがそれに慣れるまで、かなりの時間が必要だった。


「レイは騎士になるべきよ! 魔術師は危ないからダメ。魔法が使える騎士がいいわ」

「お望みとあれば」


 レイは私の言うことは、なんでも聞いてくれる。だから、きっと騎士になる。


 この施設を出たら、もう教官と一緒に戦う必要はない。最上級クラスなんて関係なく、私が正式な騎士に取り立てればいい。


 そうすれば、ずっとレイと一緒にいられる!


 レイの面白い話を聞けるのは、世界中で私だけ! 専属の道化俳優とそのパトロン! なんて素敵な関係!


 なぜか心がウキウキして、体がフワフワした。早く大人になりたいと。その時、私はそう思っていた。

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[一言] 「それって、女性が、お、お閨のお勤めをするところ? こ、子どもを作る行為をするって聞いてるけど……」 「そう。そういうときが、一番無防備だから。色んな人が来る場所だから、情報も集まる」 …
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