表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

106/109

106. 幼馴染の筒井筒

「おばば様、いつまでお姉様の姿でいるつもり?」


 私とヘカティアは、西国に向かう途中で合流した。今は一緒に、隣国の護送馬車に揺られている。


「これは乳母じゃよ」

「お姉様でしょ?」

「フローレスさんは、元首と一緒じゃ」

「は?何それ」


 乳母がお姉様で、お姉様が乳母って、まさか……。おばば様が得意そうに目を細める。


「もしかして、最初から入れ替わって?」

「おうおう。フローレスさんの顔は、共和国でもあの国でも、ほとんど知られておらんかったでの。乳母は元首の遠縁で見目麗しい女。王女だと言ったところで、疑う者もなかったわ」


 確かに、お姉様は共和国では元首に匿われていたし、アレクの国でも、妹の私がヘカティアを抱いた記事しか出なかったと聞いた。


「宰相様にまで、嘘の片棒を担がせたなんて……」

「あの男は聡いのぅ。即座に解して黙認しとったわ」

「そんなことしなくても、私がうまくやったのに」

「そりゃ、結果論じゃろ。辺境に入ったときは、そういう風にことが運ぶとは思わんかったからの」


 絶対に嘘だ!おばば様は先見のプロ。黒魔術師が去り、巫女の選択が成った時点で、未来は見えていたはず。むしろ、こうなると分かっていたから、最初からそうしたとしか考えられない。


「どんな魂胆?乳母をお姉様に仕立てあげるなんて」

「そりゃ、わしゃ、いつまでもトーストさんの側にはいられんじゃろが」


 トーストさんじゃなくトリスタン!確か、乳母は彼の遠縁だとか。王女の身代わりに、隣国に囚われの身になるなんて。いくらなんでも、ひどすぎる!


「すぐに隣国に知らせるわ。乳母は解放してもらいます!」

「おうおう、王女さんは相変わらず野暮じゃのう。それで本当に人妻かいな」

「どういう意味?私は間違いなくレイの妻よ!」


 聞き捨てならないわ。だいたい、それとこれと何の関係があるっていうのよ。


「あの娘は出戻りでの。子は別れた夫のとこじゃ。国に帰ったところで、よい再嫁先もあるまい」

「だからって! 戦犯として捕虜扱いされるのよ?解放されても、その烙印は一生付いて回るのに」

「そりゃ、手遅れじゃったの。あの娘はすでに逃げられん」

「なによ、それ!隣国の国王陛下は寛大な方だし、きちんと話せば大丈夫よ」

「いんや。あの娘はトーストさんから離れたりせん。捕虜は捕虜でも、恋の虜なんじゃよ」

「え?じゃあ、乳母は元首を?」

「幼馴染の筒井筒じゃな」

「何?その『つつゐづつ』って」

「東の国の古い物語よ。浪漫じゃ。あん二人は事情があって離れたが、まあ、最終的には収まるところに収まったちゅうことじゃ」


 つまり、ここにも両思いの幼馴染がいて、その二人をくっつけるための策略だったと!


「おばば様、賢者のくせに、変なとこだけお節介ね」

「何を言うか。わしゃ、恋する乙女じゃぞ。愛するトーストさんのために、恋敵に塩を送るこの健気さ!泣けるじゃろが」

「全然!何が七度目の春よ。まったくもうっ」

「王女さんはツレないのう。傷心のおばばに、もう少し優しくせんか」

「だって、陛下に申し訳ないわ。お姉様だと思い込んで、色々と手を尽くしてくれてるのに」

「陛下とは、リカルドのことかや」


 うん? 陛下の名前は、確かリカルド・ヴォルフガング。でも、何、その気安い呼び方。


「おばば様、陛下と知り合いなの?」

「心配せんでいい。あやつは、わしの気配を見逃したりせんわ。お見通しじゃよ」

「え?なんで、え、どういうこと?おばば様と陛下の関係って……」

「わしの『ぐるぅぴぃ』の一人じゃな。今風にいうと『すとーかあ』かのお」


 おばば様、言葉の意味、分かってないよね?それ、使い方、間違ってますから!


 つまりは、陛下はおばば様の知り合いで、最初からグルの片棒を担いでくれたってこと?なのに、それを隠して、私との交渉に臨んだと。

 私は本当に、手のひらの上で転がされただけだったんだ。


「統治者も賢者も!頂点に立つ人たちって、本当に腹黒いのね!」

「ほっほっほ。王女さんはまだまだ修行が足りんよ。ひよっこじゃ」


 本当にその通り。人より聡いと思ってきたけれど、それは私の思い上がりだった。私がこうしてここにいられるのは、たくさんの尊敬すべき人たちが、その智恵を貸してくれたから。


「そうね。肝に銘じるわ。でも、私にはまだ伸び代があるの。いつか、みなを越えられるくらいの聡明な農婦になってみせるわ!」


 そう意気込むと、おばば様はただニコニコと笑っただけだった。その腕には、姪っ子のヘカティアがすやすやと眠っていた。


 一週間ほどの馬車の旅を終え、私たちはようやく最西端の村にたどり着いた。追放の身とはいえ、なかなか大変だった。転移魔法なら一瞬なのに!

 でも、西側諸国の都市は、どこも綺麗で安全。観光名所ばかりで楽しかった。おばば様がいなければ、正に新婚旅行だったのに。ちょっと残念。


 牧師様にはすでに連絡がしてあったので、私たちはすんなりと客間に通された。おばば様はまだお姉様の姿をしているのに、牧師様もあっさりその正体を見破った。これがグルーピーの実力?


「賢者殿、セシル様。お疲れ様でした。どうか、ゆっくり休んでください」

「たまには馬車の旅もいいもんだ。のんびりしたいとこじゃが、この子を里親の元に届けんとな。手続きは終わっておるかいな」

「はい。ヘカティア姫は特別養子縁組により、外国人夫婦の実子となった。それでよろしかったでしょうか」

「おうおう。完璧じゃな。わしはもう行くぞ。セシルとレイを頼む」


 おばば様が孤島に飛ぼうとしたので、私は急いでそれを止めた。


「待って、おばば様。私も一緒に」

「王女さんはゆっくり来りゃいい。会わにゃならん男も待っておるしな」

「は?誰です、その男って」

「カイルだ。あいつが来ている」


 黙って聞いていたレイがそう言うと、牧師さんがそっと頷いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  え〜、お姉さまを乳母として扱うんだったら、おばば様と入れ替わる必要なかったんじゃ?  おばば様の気配を隣国の王に感じさせて融通利かせるのが目的だった?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ