102. 人妻の置き土産
さっそくアレクに会いに行く。寝ているところ悪いけど、あまり時間に余裕はない。レイのスケベのせいだ!
「起こしてごめんなさい。寝てた?」
アレクはすぐに目を覚ました。私の体から溢れ出るレイの強力な魔力。アレクなら、みなまで言わなくても察するはず。
寂しい一人寝を、いかにも新婚な私たちに邪魔されたんだもの。怒っていいのよ、レイのことを!
「レイとしたの!だから、アレクとはしないわ!」
どう? レイ、恥ずかしいでしょ。あなたとガッツリしたから、アレクとなんてできないって言ったの。それがお望みよね?
あんな非常時に愛欲に溺れるなんて、私たちどう見ても猿。ほら、アレクの呆れ顔を見て。ハンサムが台無しだわ。
「レイと結婚したので、アレクにはもう触られたくないの!」
私は名実ともにレイの妻!既婚者。人生のすべてを、レイと一緒に生きることになったのよ。
アレクに好奇の目を向けられて、さすがのレイも赤くなった。お仕置き成功!少しは反省してもらわないと。
これから毎晩あんなじゃ、本当に私が死んじゃう。
「事情は、だいたい分かった。それで、私とせずにレイとすると」
「もうしたの!レイとしたら、他の男じゃ無理なのよ、絶対!」
さすがのアレクも、破廉恥な妄想に顔がにやけている。むっつりスケベだものね。今更カッコつけても、そこはバレているわよ。
さ、人妻の私に、なんでも聞いてくれていいのよ!クララの悦ばせ方とか、色々知りたいことあるでしょ?
アレクの生暖かい視線に、レイはますます赤くなる。いい気味ね。
もうちょっとレイを苛めたかったのに、アレクは話題を変えてしまった。
「北方はテロの失敗で崩壊寸前だ。すべてが混乱している。来週には父が戻るということだし、そのときに婚約解消を相談して……」
「そんな悠長なこと言ってられないの。すぐに国を出るわ」
「それは、軽率じゃないか?安全面を考えても、他国の動向を確かめてからのほうが」
それは正論だけど、世の中はスピード勝負。アレクみたいにのんびり構えてたら、チャンスを逃すのよ。クララのことで学んだでしょ?
「姉のこともあるから、辺境に寄っていくわ。そこで宰相様に色々と相談するから」
「そんなに適当でいいのか?もっと計画的に……」
「レイがいれば大丈夫よ。世界最強の魔術師!シャザードを倒した英雄よ!」
アレクはちらっとレイに視線を走らせてから、なぜかため息をついた。アレクも頑張ったけど、クララに助けられただけだもの。やっぱり主役はレイ。
「婚約は正式に成立していない。手続き上は問題ないが、本当にそれでいいのか?隣国に戻らないで…」
「ええ。二人で自由に生きるの!農民になるのもいいかなって」
アレクは私を無視して、レイに質問を投げた。持参金もなく降嫁した私の今後を、心配しているらしい。
「レイ、お前には、今後の当てがあるのか?」
「王太子殿下に無断で、王女と婚姻を結んだこと。どんなお咎めも受ける覚悟です。ただ、もし許していただけるなら、必ず幸せにすると誓います」
「気にしなくていい。お前が戻れば、婚約は解消するつもりだった。まさか、婚約前に破談とは思わなかったが」
「申し訳ありません。私には西に知り合いがいるので、しばらくはそこで過ごして、ゆっくりと先のことを考えていこうかと」
「セシルは、妹みたいなものだ。幸せになれるなら、どんな結婚も賛成だ。色々と大変だとは思うが、よろしく頼む」
レイが頭を下げた。それでこそ私の夫。これで、私たちがここを去っても、何の問題もなくなった!
「アレクのことは、クララに頼んでおいたから安心して」
ここに来る前に、クララを部屋に呼んで、今後のことを話してあった。ちょっと強引に話を進めるくらいが、この二人にはちょうどいい。
シャザードとの魔法戦。あのとき、助けてもらったお礼を伝えても、クララは恐縮するばかりだった。
「私は何も……」
あんなに勇敢にアレクを守ったのに、クララは相変わらず謙虚。こんなか弱くて可憐な子の、どこにあんな強さがあったのかしら。愛の力ってすごい。
「なので、お礼はアレクにしたわ!煮るなり焼くなり、好きにしていいわよ!」
シャザードの失態で、北方は国際社会で窮地に追い込まれている。もう軍事国家の設立どころじゃない。その存在の危険性を、全世界にアピールしたようなものだ。
もしかしたら、あんな愚行を容認したのは、シャザードの中の教官の、密かな反撃だったのかもしれない。
「私はレイと出奔するわ。アレクのことよろしくね!」
クララが心配する必要はない。北方はいずれ自滅するし、フローレスお姉様とヘカティアも解放された。
「戦争は回避できたってことですか?」
「ええ。婚約同盟なんて、もう必要ないのよ」
もう、私との婚約なんて不可能。命がけでこの国の未来を守ったクララを、国民は敬愛している。彼女以外の正妃なんて、受け入れられるわけがない。
それでも、クララはすんなり『うん』とは言わなかった。私のせいで、夜伽の閨から追い出された経験があるし、当然のことだ。
でも、今回は状況が違う。アレクにはきっちり言ってきかせよう。もう逃げられないんだから、いい加減に諦めろと!
「殿下には……」
「アレクも知ってるから、問題ないわ」
そう言ってクララを納得させ、私たちは別れを惜しんだのだった。
頼んだわよ、アレク。今度こそ、クララをモノにするの!私は再度アレクに念を押した。
「余計なことだ。私のことは気にしなくていい」
「アレクのペースで進めたら、クララはおばあちゃんになっちゃうわよ!」
アレクは押し黙った。よし、これでいい。アレクにはクララがいる。ここにはもう、私は必要ない。
最後に臣下の礼をして、私たちは颯爽とその場を立ち去った。新しい人生の門出に相応しい、すがすがしい気持ちでいっぱいだった。