101. 新婚初夜
「セシル、宰相殿から朗報だ!」
その報を受けたとき、私はベッドの中で生きる屍となっていた。
容赦ないレイの攻撃を受けて、もう体を動かすこともできない。強い魔力に当てられて、頭もまともに働かない。過ぎた喜びのせいで、身も心もデロデロ状態。
レイの故郷で二人きりの結婚式を挙げた後、私たちはすぐに隣国の王宮に戻った。アレクもクララも、きっと助けを必要としている。ぐずぐずしている暇はない。
シャザードは、私に攻撃を仕掛けた。自国の王女が襲われたのなら、軍を動かす理由には十分だ。国境に集結されていたわが国の兵も、辺境の北方軍を討つために進軍したはず。
軍を指揮する宰相様との連絡役は私。すぐに執務室に向かおうとすると、レイが止めた。
「新婚初夜に、夫を放って仕事に戻る妻はいない」
「もう朝よ。それ、冗談よね?バカなこと言っている場合じゃないの。アレクとクララが心配だわ」
「死亡者はシャザードだけだ。朝の号外で、すべては危機管理下で順調に復旧していると報道された。セシルが急ぐ必要はない」
「正気なの?そんな無責任な……」
レイは強引に私をベッドに引き込む。まさか、こんなときに本当に初夜行為を実行するつもり?
両手をシーツに縫い付けられ、レイに執拗に唇を奪われる。久しぶりの感覚に体がしびれる。
「レイ!ダメよ。魔力が残ったら……」
「夫と寝て、何が悪い? セシルから俺の気配が出ていなければ、こんなに長い時間を部屋に籠もっていた意図が不明になる」
私たちが会場を後にしてから、すでに半日は経過している。確かに空白の時間を埋める理由がなかったら、誰かに不審に思われるかもしれない。
とにかく、お父様だけにはシャザードのことを知られてはいけない。
私が抵抗を止めたので、レイはドレスのボタンに手をかけた。おばば様のところにあったシンプルな服は、コルセットもなくて簡単に脱げてしまう。
「でも、こんなのアレクの立場がないわ。婚約者を寝取られるなんて……」
「それが狙いだ。この国の王族に、セシルは相応しくない。そういう噂が流れれば、都合がいい。第一、彼の正妃はあの娘だ」
レイが世界に向けて発信したシャザードの最期。クララがアレクを命がけで守ったところや、二人が抱き合って熱いキスをするところまでが、余すところなくバッチリと入っていた。愛の勝利とばかりに、レイが上手に編集演出したのだ。
「勝手にあんなことして。後で怒られても知らないから」
「セシルがそんな心配するのか?俺は君の考えを見習っただけだ。恋のキューピッドだろ?」
私のせいっていうの?ズルい!私がしてたときは、あんなに呆れ顔ばかりだったのに!
抗議したいのに、レイの巧みな愛撫に何も考えられなくなる。あまり時間がないせいなのか、すごく性急で熱い。
「巫女が選択した運命。この世の宿命も決した。あの二人には、栄光の未来が約束されたんだ」
言葉は聞こえても、その意味を考えるだけの余裕はない。レイに応えるのに夢中で、私はただ快楽の荒波に溺れていった。
そうして、無事に『初夜』を終えた私たちに、国から連絡が届いたのだった。
おばば様扮するフローレスお姉様とヘカティアは、辺境で和平交渉の使者に立ったらしい。トリスタン元首の命乞いのために。
北方は全面的に非を認めている。おばば様の言ったとおり、魔薬で操られていた魔術師が、離反し始めていた。窮地に立った将軍は、軍を放置して逃亡中。こうなっては、もう北方勢力は崩壊したも同然だった。
「二人は無事保護されたのね。すぐに辺境へ行きたいわ。これからの相談をしないと。お父様に横槍を入れられないうちに」
国に戻ってはダメ。あそこに帰れば、またお父様の駒として利用されるだけ。
「同感だな。陛下の手の届かないところに二人を合法的に隠す。それには、宰相殿の協力が必要だ」
強制送還を避けるためには、宰相様とアレクの父であるこの国の王の力がいる。
「レイ、湯浴みをするわ。すぐにアレクに会いに行きましょう」
「では一緒に。彼には、俺からも話がある」
「いいけど、お風呂ではダメよ」
「妻にそんな期待をさせてるなら、夫としては応えないとな」
「ちょっ! レイのえっち!」
予想通りの濃厚な湯浴みをなんとか終えると、レイが回復魔法をかけてくれた。これがなかったら、本当に死んでいたかも。
死亡者二名、うち一名は腹上死とか、死んでても恥ずかしい話だと思う!ありえない。
「殿下は、ついさっきお休みになったところです。後始末が一段落ついて」
昨夜からの状況を把握するために、まずは侍女長を呼んだ。大事なときに役立たずだった私に、さぞ怒っているだろう。でも、そういうことは見事に隠して、いつも通りに上司として遇してくれる。
どんな経緯で、彼女が侍女長になったのかは知らない。でも、彼女が側にいればクララの王宮暮らしも安心だろう。王太子教育もきっとスムーズに行く。
「そうなの。じゃあ、クララは?アレクと一緒なの?」
「いえ。私の指揮下で、今は怪我人の世話を。ただ、部屋を殿下の隣に設えるよう命令が……」
言葉を濁す侍女長に、心から親愛の情が沸く。もう私はアレクの婚約者じゃない。それは了解しているはずなのに、こうして誠意を尽くしてくれる。
侍女長はアレクの母親代わり。彼の幸せを誰よりも望んでいる。クララと結ばれることを、きっと喜んでいるはずだ。
「まあ。それはダメよ。その話はすぐに取り消して!」
「……承知いたしました」
「クララはアレクの部屋に。彼の主寝室を使わせましょう」
その言葉に唖然とする侍女長に、私は片目をパチッと閉じてウィンクした。
「クララはアレクの正妃になるの。結婚まで待てないでしょう。お膳立てしてあげましょうよ」
レイを見習って、私も恋のキューピッド業に精を出す。夫婦は連携が大事。そう思うと、自然に頬が緩んだ。