1. 末席の王女
私がレイに初めて会ったのは、父王の名で創設された魔術師養成施設だった。
黒曜石のような黒い髪と瞳。意志が強そうな鋭い目つき。無口で無表情。そんなレイは、年齢よりもずっと大人びて見えた。
でも、笑った顔はまだ幼くて、なぜか懐かしい気持ちになった。彼とは初対面のはずなのに、胸がザワザワと喜びで波立つような。
父王の施設は、表向きは教育機関を装っていた。
でも、実際は、王家のために命をささげる兵士養成所。兵器としての魔術師を生み出す強制訓練所。
そして、王家に強い魔力を持つ後継者をもたらすための種馬飼育場。
その日、私はいつものお客様を迎えて、お茶会をしていた。翌日に、新たに入学した者たちの魔力戦を控えて。
毎学期、短期研修を終えた彼らが、魔力レベルを披露する御前試合があるのだ。
「今期も各地から、たくさん生徒が集められたようじゃなあ」
「興味ないわ。どうせ私に敵う相手はいないもの」
私はそう言って、高坏に山盛りになっているチョコレートに手を伸ばした。おばば様はティーカップから紅茶をコクリと飲む。
ここは王女の居室。その割に高級品が少ないのは、私の母が平民出身の側妃だから。多くの異母姉妹の中で、私の身分は末席だ。
そして、そんな私とお茶を飲んでいるのは、おばば様。高名な魔術師で、西の賢者と呼ばれている。年齢不詳。
「今回は、特に優秀な者がおると言っとったがのう」
「私が勝てないのは教官と、それから隣国の王子くらいよ。おばば様はアレクに会ったことある?」
おばば様はティーカップを置いて、そっと目を瞑った。彼女はときどきそういう仕草をする。まるで意識を遠くに飛ばしているみたいに。
「アレクシス殿下かい? 会ったことはないのう。じゃが、想像はつく。神に選ばれし者。ええ男じゃろ?」
「つまんない奴よ。可も不可もない感じ」
隣国の第一王子アレクシス。大人しくて優しい、美貌の王太子。頭脳明晰で魔力も強い。
まさに、神様の恩恵を一身に背負って生まれてきたという風情。
でも、あれは絶対に猫かぶり。あいつはあの綺麗な顔とは対照的に、腹黒い策士。
じゃなきゃ、あんな完璧な王族を演じられるはずがない。
「王女さんとは縁がある男じゃよ。その気はないのかえ?」
「冗談!タイプじゃないわ」
アレクは女の子より、王族の義務を優先する。誰にでも優しいけれど、それは愛情じゃなく公務の一環。
私の理想は、もっと情熱的で一途な男の子。私だけを愛して、命をかけて私を守ってくれるような。
もしそういう子に出会えたら、私もきっと同じように一途になる。すべてをかけて彼を守る。
でも、どうせそんな子なんていない。私に近づいてくるのは、婿となって王族に名を連ねたい者だけ。
「そうかい。ま、気長にな。王女さんには幸せになってほしいでのう」
「ありがとう、おばば様。今回も魔力戦を見たら、帰国してしまうの?」
おばば様は、遠い西国の果ての孤島に住んでいる。
そこは美しく厳しい自然に囲まれていて、私が幼児期を過ごしたところだった。
魔法が強く発動して王族の末席に加えられるまで、私はおばば様の庇護の元で、魔法を学びながら育った。
「そうじゃよ。今期こそ後継者を見つけられるかもしれんしの」
「おばば様の後継者は、教官でしょう?」
この施設を監修する教官は、おばば様の一番弟子シャザード様。自身も強大な魔力を持ち、魔力を持つ子どもたちを救済するため、この施設の設立に尽力したと聞いている。
魔法の使い方を学べない子どもは、その暴発によって困難な人生を歩むことが多かった。
捨てられたり、差別されたり、殺されることだってある。生き残ってもまともに働けず、海賊になるものも少なくない。
そんな子どもたちに、最初に救いの手を差し伸べたのが、おばば様。魔力の強い子どもたちを島に集めて、独自に魔法の指導をしていた。
それでも、一人ではどうしても限界がある。
だから、弟子で高名な魔術師の教官が、私の父王の金銭援助と思惑を利用して、養成施設を作った。子どもたちに魔力のコントロールを教えるために。
「あれの魔力は申し分ないのう。才能もじゃ。だが心が脆い。そこを突かれたら、ひとたまりもないんじゃよ」
「そう?教官は鋼の精神があると聞いてるけど」
冷静に非情に敵を攻める魔術師。容赦なく任務を遂行する戦士。それが教官の共通の評判だった。
おばば様は、紅茶をもう一口コクリを飲んでから、私の目をじっと見つめた。
「シャザードには、好いた女がおるじゃろが」
「フローレスお姉様のこと?」
十歳上の優しい異母姉は、私と同じく魔力があることで、数多くいる父王の庶子の中から王女の身分に取り立てられた人だった。
父王の庶子で王族に名を連ねられるのは、母親が有力貴族か、自身に魔力がある場合だけ。
それ以外の子どもたちは多少の金品を渡されて、捨て置かれる。
私もフローレスお姉様も、魔力がなければ、ただの私生児だった。
「そうかい。お相手は王女様なんじゃな。身分違いだのう」
「そんなことないわ。亡くなった御母上は平民だし、お姉さまの魔力もそれほど大きくはないの。だから、教官との仲は父も認めてるわ」
正式な王婿入りはしていないけれど、二人は既に事実婚状態だ。その関係には、なんの障害もない。
それなのに、おばば様はとても心配そうな顔をしたのだった。