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(元)勇者の異世界旅行記 ~お仕事終わったので旅に出ます!~  作者: 天宮
序章:「勇者」のはじまりからおわりまで。
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序章番外1:「勇者」を呼ぶまでの苦労。

「創造神様。終わりましたね」

「そうだな」


 遠見の水鏡―――天界から下界を見通せる唯一の場所で、わしらは安堵の溜息をこぼした。

 すべてが終わったのだ。この三〇〇年続いた地獄が、ようやっと終わりを迎えた。




 わしは創造神。とある世界を一から作った始まりの神だ。

 わしの作った世界は、自分で言うのもなんだが中々うまくできたと思う。多少の争いはあれど、数多の生命に溢れた美しく穏やかな世界だと。

 わしは、わしら神は、わしらなりにこの世界を愛し、見守ってきた。いつか世界が寿命を迎えるその日まで、ただ穏やかに、慈しめるのだと。そう、思っていたのに。


 それがあっさりと崩れ去ったのは、今から三〇〇年ほど前の事だった。

 三〇〇年など、わしらにとってはほんの少し前の事。長い永い時を生きるわしら神にとっては瞬きにも等しい。

 それはいつの間にかそこにあった。わしらはそれに気づけなかった。気付いた時には遅かった。


 いつの間にか、異物が居た。わしの世界にはあるはずのないもの。わしの世界の理から外れたもの。外の世界からの侵略者。

 わしはそれを、「魔王」と呼ぶことにした。


「魔王」はいつの間にか第八大陸にいた。わしら神の目が一番行き届きにくい場所に。

 第八大陸は少々特殊な場所だった。昔、人類種にとっては昔も昔、神話と呼ばれる時代のこと。わしらがまだ、限定的ではあるものの、下界に降りることが可能だった時代に。あの大陸で、一柱の神が死んだのだ。

 神は不死ではない。「神」という存在自体は不滅なものの、神というイキモノは死ぬことがある。そう、神もまたイキモノなのだ。

 神が死ぬと、新たな神が生まれる。「神」という存在、役目を引き継ぐための新しい神だ。新たな神は力と記憶こそ引き継ぐものの、心とも呼べるものは異なる。それ故に、前の神とは別人――別神というわけだ。


 まぁ、今はそのことは問題ではない。神が死んだ理由も、また。問題は神が死んだ土地である、という一点のみだった。

 神が死んだ土地というのは一種の忌地だ。忌避される場所。下界に生きる者たちにとっては恩恵も大きいが、わしら神にとっては避けて通るべき地なのだ。それ故に、わしらの目も力も、あの大陸には行き届かぬ。それ故の、失態だった。


 気付いた時にはすべてが遅かった。「魔王」は侵略の準備をすべて終えていた。すべてが後手に回った。わしらの力は「魔王」には及ばなかった。何もしなければ、なすすべなくこの世界は滅んでいただろう。

 だがわしらは抗った。下界に生きる者たちも、また。わしらは人類種に力を貸した。わしらができるギリギリまで。これ以上手を出せば、世界に致命的なダメージが出る寸前まで。そうしてなお、膠着状態に持ち込むのが精いっぱいだった。

 それから二五〇年、下界は戦乱に満ち満ちた。多くの命が踏みにじられていった。尊厳など何もない。そこにはただ消費される事実だけがあり、その嘆きと恨みがわしらを蝕んでいった。

 そうして四〇年前。恐れていた事態が起こった。わしらと「魔王」の力のバランスが崩れ、「魔王」側に大きく傾いた。

 第八大陸に接する第二から第七大陸のすべてが、第一大陸に接する僅かな土地―――それぞれの大陸の十分の一程を残して、「魔王」に占拠されてしまった。すべての土地が呑み込まれ、第一大陸へと手がかかるのは時間の問題となってしまった。

 第八大陸が特別ならば、第一大陸もまた特別な土地だった。あそこは始まりの土地だ。わしは初めて作り上げ、初めて降り立った土地だ。神の息吹が、力が、下界で最も濃い場所。天界への入り口がある場所。

 もしも第一大陸が「魔王」の手に落ちれば、奴はこの場所まで来るだろう。この天界まで。そして、わしら神すらも糧とするのだろう。ただ望みのままに。


 わしらはそれを許容できなかった。当然だ。誰だって死にたくはない。わしら神とてそれは同じだ。わしらも死ぬことがあるのだから。

 だがそれ以上に、許せなかったのは。この世界を、わしらの愛した世界を、蹂躙された事だった。わしらの慈しんできた世界を、穢された事だった。もはや我慢などできるはずもなかった。

 だからこそ、わしらは最後の手段を取る事にした。この三〇〇年、ずっと準備してきたことが、やっと実を結ぶときがきたのだ。


 わしらとて手を拱いてただ見ていたわけではない。人類種に手を貸しながら、わしらにしかできぬことをずっと行ってきた。

 この世界にこれ以上異物が入り込まぬよう防備を固め、荒れる下界が致命的なダメージを負わぬように場を整え続けた。その上で、この状況を打開するために力を蓄え続けた。

 使う前に人間種が「魔王」に打ち勝てるのであれば、それでよかった。そうなったらそうなったで、下界の復興へ力をまわすだけの事。だが恐らく、それは不可能だと。わしらはわかっていた。だからこそ、わしらは耐えたのだ。耐え続けたのだ。愛しい我が子らが蹂躙される様を、消費される様を、ただ見つめて。

 わしらが「魔王」に手出しできんのは、あれが異物だからだ。わしらの世界の外からやってきたからだ。わしらの扱う理と「魔王」の扱う理は相性が悪すぎた。「魔王」の生み出す魔獣や魔族はどうにかできても、「魔王」自体をどうにかすることは不可能に近かった。

 この世界を自体を犠牲とすればどうとにもできようが、そんなことは許容できるはずもなく。故にわしらは待ったのだ。わしらが魔獣や魔族を全滅させたところで、「魔王」を倒さねばまた増やされるだけだからの。


 だから。わしらは呼んだのだ。異物を。「魔王」に対抗できる理を持った存在を。「勇者」を。


 正直に言えば、「勇者」であるのは誰でもよかった。

 戦う力は与えてやれる。それを揮うに相応しい心もまた。老いているのならば若返らせよう、幼いのならば成長させよう。戦ってくれるのならば。わしらの世界を救ってくれるのならば、誰だって。

 わかっている。身勝手な事は十分に。他力本願なこともまた。わしらでできぬから、できるものにすべてを押し付けているにすぎぬ。許されざる罪だ。

 けれど。そうとわかってなお、わしらはそれにすがるしかなかった。わしらの最後の希望に。


 三〇〇年、「魔王」の観察を続けた結果、「魔王」に対抗するための理を割り出すことに成功していた。

 その理を持つ世界は、「地球」という星を持つ世界だった。その世界の人類種が、「魔王」に対抗する者、「勇者」として一番相応しい。

 わしはすぐに「地球」のすぐ外側へと飛び、「地球」を管理する神と交渉した。とはいえわしに出来ることは少ない。わしの世界は滅びかけているのだから。

 なればこそ、わしにできるのは素直に事情を説明し、真摯に頼み込み、できる限りの礼を約束すること。それがわしにできる精いっぱいであり、誠意だった。


「地球」の神はどうにも掴みにくい人物――神物だった。事情を説明したわしに向けられた目は、感情はいかんとも理解しがたかった。

 同情や哀れみ、好奇心に期待、喜悦。蔑みがなかったのもまた。

 同情と哀れみはわかる、突然世界が荒らされたのだ。しかもこちらの非はほとんどないと言っていい。わしとて「地球」の神の立場なら多少の哀れみは持つ。

 だが好奇心も期待も喜悦もわからん。何故この状況で好奇心と期待なのだ?喜悦も、蔑みが含まれるのならば自らが上位に立っている事への愉悦故だろうと思うのだが。そうではないらしい。本当にわからん。


「地球」の神は言った。己の子を差し上げようと。ただしチャンスは一回だと。

 ただ一度の呼びかけで、誰かが応えたのなら。その子を差し上げよう。一人だろうと十人だろうと、応えた子を差し上げよう。ただし誰も応えなかったのならば、諦めてほしい。そう言った。

 妥当どころか破格の提案だった。

 チャンスは一度。それは理解できる。己の世界に他の神が干渉するなど、早々許せる事ではない。一度とはいえ他所の神の力を受け入れれば、それだけ己の世界が歪み揺れる。それを修正する労力を考えれば、他の神の干渉など、まず間違いなく許さない。

 普通ならば子の譲渡自体を断るか、己で選んだものを引き渡すかの二択だろうに。何故、ここまで。

 問えば、「地球」の神は可笑しそうに笑った。私は楽しいことが好きだと。


 私の世界は娯楽に満ちている。他の世界の物語にあふれている。それはすべて、私の子らが実際に体験したことの断片なのだと。

 私が送り出し、帰ってきた私の子らが紡いだ物語の断片。私はそれらを愛している。私の子らの軌跡を、輝きを。何よりも。

 だからこそ私は多くの子らを数多の世界に送り出してきた。数多の神の干渉を受け入れ、その神に、世界に、相応しい子を送り出すのだと。そのためならば、いつか帰ってきた子らの物語を紐解くためならば。干渉への対応など、何ら苦でもないないのだと。


 なるほど。納得した。つまりは「地球」の神の趣味らしい。ならば好奇心も期待も喜悦も抱こうな。

 だが、納得しただけだ。理解には程遠い。というより、理解しようとするだけ無駄だろう。わしと「地球」の神とでは、何もかもが違いすぎる。

 だがそれでいいのだろう。理解する必要などどこにもない。わしに、わしの世界に必要なのは、わしの世界を救うために戦ってくれる「勇者」だけなのだから。


 そして「地球」の神公認の元、わしは「地球」に向け力を放った。わしの願いを叶えてくれる魂を探した。

 誰でもいい。誰かひとりでもいい。わしに応えてくれ。わしの世界を、救ってくれ。


 そうして、わしにただ一人応えてくれたのが。「勇者」としての役目を見事に果たしてくれた、彼だった。




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