6:僕の願いについて。
「僕、は」
そう、声を震わせた少年に、皇帝をはじめとするその場にいるすべてのものが動揺する。
少年はきちんと礼節を弁えた子供だった。いや、見た目は子供だが、実際には20を超えた大人だ。神々の加護によって老化――この場合は成長が、といった方がよいのだろう――が極端に緩やかなのだ。
それ故に、彼がこの世界に呼ばれた当初から、彼はその時を留めたままだった。
そんな彼が、「僕」といった。公式の場では、「私」と言い続けていた彼が。皆が動揺するのも致し方ないことだった。
「僕は、世界を、見て回りたい、です」
少年は声を震わせ言う。今にも泣きだしそうな、けれどけして泣かない――泣けない、笑顔で。
「この世界に、来る前に。創造神様と、お話しました。この世界に来てほしい、勇者となって、この世界を救ってほしいと、言われました」
それは誰もが知る話。神託を受けた神官から皇帝へ、皇帝から多くの民たちへと伝えられた新たな伝説。そのはじまりとなる出来事。
「僕は、その時、言われたんです。創造神様に。―――『この世界は、』」
『わしの世界は、今は「魔王」のせいで荒れてしまっているが。本来ならば、もっと穏やかで、美しい世界だったのだ。
けして優しい世界ではない。人類種同士の諍いはなくならんかったし、魔物が多くの被害を出すこともあった。けれど、この世界は命に溢れていた。命の輝きに、満ち溢れていた。わしらはこの世界を、愛おしく思っている。わしらが見守り、慈しむにふさわしい世界だと。
だからこそ。
だからこそ、もし。もし、君が。すべてが終わった後、もし君がわしの世界を、少しでも愛おしいと思ってくれたなら。わしらにとって、これ以上の喜びはないだろう。
そして知ってほしい。わしの世界の、本来の姿を。いつか、君にも見てもらいたい。美しく穏やかで、命の輝きに満ち溢れた、わしの世界の本来の姿を』
「だから。だから、思ったんです。もし、魔王に勝てたら。世界が、平和になったら。旅をしよう、って。創造神様が、美しいといった世界を、見ようって。この世界に来た時に、戦い始めた頃は、それが、目標で、支えだった、はずなのに、」
なんで、忘れてたんだろう。
そう言って笑う少年に。誰も、何も。いう事など、できなかった。