2:香之宮翔という子供のこと。
僕の名前は香之宮翔。16歳の高校一年生。どこにでもいる普通の男子学生。ついでにいえば、メガネ男子だ。
僕は幼い頃に両親を亡くし、祖母に一人で育てられた。
祖母は高齢だったから、僕に生きていく術を叩き込んだ。料理に、掃除に、裁縫。他にも色々。とりあえずこれだけできれば一人暮らしできるだろう事を、一通り。
人と変わっていることと言えば、それくらい。
趣味らしい趣味もなく、勉強も運動も得意じゃない。可もなく不可もない、本当に普通の子供だった。
それが一変したのは、ある晴れた日の事。祖母の葬儀が終わった日だった。
祖母は高齢だった。僕を引き取った時点で80を超えていた。だから、覚悟はできていた。
幸いと言っていいのか、認知症が発症することはなかったけれど、僕が中学に上がる頃には少しずつ体が思うように動かなくなっていた。そしてついに、その日はやってきた。
幸いなことに、祖母は苦しまずに逝ったらしい。眠るように、静かに。
祖母が亡くなったことに気付いたのは朝の事。いつもの時間に起きてこなかった。部屋を覗き込めば、すでに冷たくなり始めた祖母がいた。
僕は祖母の布団の横で暫くじっとしたあと、必要な場所に連絡をいれはじめた。
そこからは相応に慌ただしかった。通夜や葬儀の準備はつつがなく終わった。ご近所さんや市の職員の人が手伝ってくれたので。
葬儀も、問題なく終わった。元々、祖母の家族は誰も残っていない。僕が最後の家族だった。僕にとっても、最後の家族だったけれど。
親しい人たちも殆どが亡くなっていたし、ご近所付き合いはあったけれど、それも必要最低限という感じだったから、葬儀に呼ぶ人はそう多くはなかった。
葬儀が終わって、家に帰って、一息ついて。そのまま、動けなくなった。
これで、一人だと。一人ぼっちだって、実感してしまったから。
僕には友達らしい友達がいない。中学も高校も、それなりに話すクラスメイトはいるけれど、友達と呼べるほどじゃなかった。
彼らとどこかに遊びに行くことも殆どなかった。家の事もあったし、なにより祖母の傍にいたかった。あまり時間が残っていない事は、わかっていたから。
そんな僕に祖母は度々苦言を呈していたけれど、それでも僕は祖母を優先した。
だから、自業自得と言えば自業自得だ。祖母を優先したことに後悔はないけれど、でもやっぱり、少し寂しく、悲しかった。
これからの事について不安はある。当然ながら。
金銭面の心配は特にない。両親も祖母も、かなりの額を残していってくれたから。
高校も大学も、学費の心配いらない。生活費も、十分に。趣味らしい趣味がないおかげで、散財する予定もない。
高校の成績は可もなく不可もなく。受験まで時間は十分にある。まぁ、特に行きたい大学はないのだけれど。
だけどそれだけ。これから僕は一人だ。ずっと、一人。この家で、両親との、祖母との思い出の詰まったこの家で、ずっと。
寂しい。悲しい。どうしようもなく。
縁側に寝転がって。空を見上げながら。ぽろぽろ、はらはらと、一人涙を流し続けた。
空の青さが、どこか恨めしかった。