9.婚約者の想い
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sideL
僕が彼女を好きな気持ちは確かにここにあるのに、伝えたくても彼女には全く届かない。
僕と彼女の間にある何かに、全て吸い取られているかのようだ。
彼女に贈ったぬいぐるみ達がことごとく行方不明だと知った時は目の前が真っ暗になった。
毎年、一生懸命彼女のことを想いながら選んだのに。感想をこちらから聞くのは、礼の催促かと思われそうで怖くてそのことに触れなかった僕が悪かった。気に入ったかどうか、欲しいものは何かなどと、聞いていればすぐにわかることだったのに。
12年間、ぬいぐるみが贈られていなかったなら、彼女は僕のことを嘘つきだと思っているだろう。道理でよそよそしくなっているはずだ。彼女の中で、僕は約束破りの裏切り者だ。
どう伝えれば、彼女にこの僕の気持ちを分かってもらえるだろう。
告げる機会を見つけられないまま、時ばかりが過ぎてゆく。
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sideE
私は、焦っていた。
あと1か月で結婚式だというのに、第2王子の秘密がまだわからない。
そればかりか最近、彼と目が合う回数が増えたり減ったりして一定しなくなった。
私は回数が減れば、また避けられるのかと心が軋み、増えたら安堵するの繰り返しだ。
そんな自分はおかしい。
彼がどうしようと関係ないはずだ。
目が合わないなんて、今まで普通だったじゃない。
毎日挨拶して、ちょっとした会話を交わし、たまに窓越しに手を振りあって笑顔を浮かべる。
そんな最近が異常だっただけ。
彼が元に戻ったら、私も元に戻るだけ。
戻れる、はず。
その日、私はいつものように食堂でアレクシアと食後のお茶をしていた。
「エミーリア、疲れた顔をしているわね。マリッジブルー?」
聞き慣れない単語に眉をしかめて聞き返した。
「マリッジブルーって何?」
「結婚式が近づいて気分が落ち込んだり、イライラしたり、食欲がなくなることらしいわよ?」
なるほど。そんなものがあるのね。
私のこの落ち着かない気分もそれなのかしら。
同じく結婚が近いアレクシアも同じなのか確認したくて、質問を返す。
「アレクシアもマリッジブルーなの?」
「いいえ、私は毎日早く来い来い結婚式!って唱えてるくらい楽しみにしてるから、それはないわ!」
そうなんだ。私は早くあの家から出たい気持ちと、まだ秘密を掴めていない第2王子と暮らしていけるのかという不安に押し潰されそうよ。
これがマリッジブルーというのなら、治療すればこのよくわからない落ち着かない気持ちも消えてなくなるかしら。
「アレクシア、マリッジブルーはどうやったら治るの?」
「不安の元をなくせばいいんじゃない?」
それは、私の場合、彼の秘密と態度か?
いや、違う。
毎日話しかけてくれる彼の行動に一喜一憂して、他の人と楽しそうに話しているのを見るだけで胃が痛くなって、彼が笑顔を向けるのが私だけであればいいのに、アレクシアの言うのが本当で、私を大好きでいてくれたらいいのにという、どうしようもない願いが私の中で膨れ上がっていくことにもう、耐えられなくなっていることが真の原因だ。
そう、信じたくないが、私の中の彼に対する気持ちは擦り切れてなんかなかった。
私のこのくすんだ灰色の髪と目の色が大好きだと、ぬいぐるみが似合わなくないと言ってくれたあの時から、彼以上に好きな人なんていなかった。
約束は守られず、冷たい態度を取られて、一度は諦めたこの想いが、彼の態度の変化により、再燃するのに時間はかからなかった。
でも、また目も合わせてもらえない関係に戻って辛い思いをするくらいなら、と考えたところで、溜まりこんだ何かを抑えていたモノが、弾け飛んだ。
「私、もう消えたい!!」
私がいなくなればいい。
そうすれば母のことも婚約者のことも、もう何も気にしなくてよくなる。
「急にどうしたの、エミーリア?!」
叫んでテーブルに突っ伏した私に驚いたアレクシアが辺りを見回し、おもむろに立ち上がると、私の後ろに向かって大きく手を振った。
「殿下!エミーリアが!」
殿下?!
今、めっちゃくちゃ会いたくないんだけど?!
アレクシアの叫びに、今度は私が驚いて後ろを振り返る。
金のふわふわの髪がこちらヘ走ってくるのを認めた瞬間、私は脱兎の如く反対側へと走り出した。
「エミーリア?!」
第2王子の声が聞こえた気がしたけど、今は王の制止でも止まりたくはない。
私は全力で食堂を走り抜け、庭に面した扉に体当りして押し開け、飛び出した。
そのまま、人が来ない裏庭へ向かう。
「エミーリア!待って!」
当然、部屋に引きこもってばかりの私の足で逃げ切れるはずもなく、裏庭手前で第2王子に捕まった。
腕をぎゅっと掴まれて止められたけれど、どっちみち体力の限界を過ぎていた私は、そのままずるずると地面に座り込んだ。
「エミーリア?!大丈夫?!扉にぶつかった時にどこか怪我したの?!」
第2王子も慌てて膝をついて、顔を覗き込んできた。
こんな間近で彼の顔を見るのは十数年ぶりだ。
私は呼吸が苦しいほど息が切れているのに、彼は平然としている。
幸せになる花を探した時は、彼のほうが先に音を上げていたのに。
あれを見つけられなかったから、私は今、幸せじゃないのかな。
彼の顔を見て、あの幼かった頃を思い出したら、言うまいと思っていた言葉が勝手に口から飛び出した。
「なんで追いかけて来るのよ!なんでメリットもない、好きでもない私と嘘ついてまで結婚しようとしてるのよ!なんで他の人とは目を合わせるのに、私とは目を合わせてくれないのよ!?もうわからないことばっかの結婚なんてしたくないの!!もう何もかも疲れたの!」
1つ言えば、あとはもうどうにでもなれと、心に渦巻いていた言葉を彼にぶつけまくる。
第2王子が息を呑む気配がした。
それから、初めて彼にぎゅうっと抱きしめられた。
「嘘をついてごめんなさい!僕は、エミーリアが好きなんだ。世界中の誰よりも愛してる。君が婚約破棄したいほど僕を嫌っているのは知っているけど、僕は君が好きだから、嘘をついてまで結婚したかったんだ。一度でいい、君と結婚させて。そうしたら、君はあの家から自由になれる。結婚した後は好きにしてくれたらいいんだ、他に本当に好きなやつができたら、辛いけど君があの母親の元に帰らずに済むようにして離婚もする。」
ああ、やっぱりこの人は私をあの家から解放するために結婚してくれるんだ。
・・・・・・・・・いや、待って。
その前になんて言った?
私が彼を嫌っている?
私を、愛してる?好きだ?
予想外の台詞の羅列に私は身体を離すと、黙って彼の顔をまじまじと見つめ返した。
彼は目をそらさずに私を見つめ返して泣きそうな声で続ける。
「カッコつけたり、男が好きとか嘘つく前に、僕はこうやって君に好きだって伝えなければならなかったんだ。僕が誕生日に贈ったぬいぐるみも君の手に届いてなくって、会うこともままならず、君はすごく辛かったと思う。君に嫌われたくなくて僕が臆病すぎたせいで悲しい思いばかりさせてごめん。嘘つきで裏切り者だと嫌われて当然だと思ってる。」
また私が好きだって言った。本当なの?
それから、彼は私の気持ちを勘違いしている。
実は、私も貴方がずっと好きなの。
だから、色々聞きたいことも言いたいこともあるけれど、私の気持ちを何よりも先に伝えなくちゃいけない。
「私、貴方のこと嫌いになってない。貴方が私を避けてたから諦めたことはあるけど、私もリーンのことがずっと好きなの。」
涙を溜めた薄青の瞳が驚愕の色を浮かべる。
途端、彼は慌ててポケットからタオルを取り出し鼻に当てた。
タオルが赤くなるのを見て、鼻血が出たのだと気がついた私は彼の肩に手を置いた。
「どうしたのいきなり鼻血なんて。大丈夫?!」
今度こそ泣き声で、リーンがタオルを通して再度の衝撃の告白をしてきた。
「これが僕が君を避けていた理由なんだ。僕、君のことが好き過ぎて、小さい頃は会えば熱を出し、今は長く目を合わせたり嬉しいとこうやって鼻血をふいちゃうんだ。気持ち悪いよね。」
「本当に私にだけそんなふうになるの?それでも私のことが好きなの?」
タオルで顔をほぼ覆ったまま、コクリと頷くリーン。
可愛がってくれていた祖父母も亡くなり、姉も大事な人ができて遠くに嫁ぎ、もう誰も私のことを好きでいてくれる人なんていないと思っていた。
なのに、こんな近くにいた。
しかも、それは私が好きな人で、身体に影響が出るほどに私のことを好きらしい。
私は嬉しくてたまらなくなって笑い出した。
「それはなんて特別な愛情表現かしら!貴方は大変だけど、私はすごく嬉しいわ。」
それを聞いたリーンはぽかんとして私を見ている。
「こんなの、気持ち悪くないの?」
「だって普通、目に見えないはずの好きって気持ちが目に見えるのよ?それだけ想われてるって幸せだわ。・・・そんなに私を好きでいてくれて、ありがとう。」
ついに私の目からも涙が溢れでた。
あの花を見ることは叶わなかったけれど、私は幸せだ。
これだけ愛してくれる人とこれから一緒に生きていけるのだから。
今度は私からぎゅうっと彼を抱きしめた。
・・・・・・さっきは動揺してわからなかったけど、リーンは大きくなったわね。
背は私より少し高いくらいだけど、身体に厚みがあって硬い。
「リーン、大きくなったのね!この身体、どうやって鍛えてるの?」
抱きしめたその手で彼に触れていると、
「エミーリア、僕、もう限界かも・・・。」
そう呟いたリーンが気を失った。
結婚式まで、あと1ヶ月。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
やっとすれ違いが解消されました!でも、不憫なままのヒーロー・・・。