番外編 新年の夜会にて 後編
「ハーフェルト公爵夫人の座が空いたとして、そこに座れるのは一人よ? 貴方がたのうち誰が座れるというのかしら?」
扇で顔を隠したまま、くるりと振り向けば、こちらに背を向けていた三人がビクッとして私を見た。大して私を知りもしないくせに攻撃してくる人達を声だけでなく、顔もしっかりと確認する。
大体、声から予想していた人で合ってたわね。さて、これからどうしようかしら。まさか、取っ組み合いをするわけにはいかないわよね。
腕に自信があるわけでもないし、と考えて硬直している三人へにっこりと笑いかけた。
「あら、リーンハルト様の名前が聞こえたから、私へお話されているのだとばかり。違っていたかしら?」
私へ聞こえるように言っていたのだから、返事があってもおかしくないでしょうに、なんでそんなに驚いているのかしらね?
「ええと、私の着ているこのドレスはみじめなくらい似合ってないのよね? それから、私がリーンハルト様の隣にいるのは間違っていて、結婚自体がおかしいのだから、身を引くべきなんでしたっけ?」
パチンと扇を閉じ、ぬっと立ち上がる。私の背は高い方なので三人の令嬢達を見下ろす形になった。怯えた目を向けられてムッとする。
なんで、私が恐怖の対象みたいになっているの? 私がいじめているみたいじゃない。色々言われて泣きたいのは私なのに。
ふーっと大きく息を吐き出して、扇をきつく握りしめる。
「いい? 貴方がたは私に嫌がらせを言っているつもりなのでしょうけども、取りようによっては、リーンハルト様を悪しざまに言っているのと同じなのよ?」
「まさか、私はそんなつもり全くありません!」
「私もです。貴方が分をわきまえないから、親切に忠告して差し上げているだけで!」
真っ青になって口々に言い募る令嬢達へ、そちらこそ分をわきまえる必要があるのでは? というのは無駄に思えてやめた。もう一度扇を開こうとして壊れていることに気がついて私も青ざめる。
あっ、力を入れすぎた! お気に入りだったのに。
ばれないようパパッと畳んで握り直し、心の中だけでしょげて、私はアルベルタお義姉様がよくやるように扇を真っ直ぐに令嬢達に突き付けた。
「私の着ているこのドレスはリーンハルト様が一からデザインして注文してくださったの。だから、私にみじめなくらい似合ってないというのは、リーンハルト様のセンスを嗤っているようなものだわ。それから、私がリーンハルト様の隣にいるのは間違っていて結婚自体がおかしいというのも、国王陛下がお許しになった婚姻なのだから、貴方がたがそれに異を唱えるのは越権行為になると思わない? 最後に、私は身を引くべきだというけれど」
そのつもりはないわ、と続けようとした瞬間、身体が後ろに強く引かれた。
「エミーリア、身を引くなんて言わないよね?」
酷く優しい声と共に抱き込まれて上を見れば、揺れるふわふわの淡い金の髪と懇願するように見つめてくる薄青の瞳があった。
「……リーン、私はそんなこと言わないわ」
少し震えている彼の腕をポンポンと叩いてこたえれば、ホッとしたようにさらに力が込められた。
うっ、ちょっと苦しい。
今度は腕を緩めるようビシビシと腕を叩いて合図を送る。
ゆ、緩まない!?
再度合図を送っても、リーンは知らんふりで青ざめて震えている令嬢達へ綺麗な笑顔を向けている。
こ、これはめちゃくちゃ怒っている顔だ。
「君達、僕がいない間に大事な妻に何を言ったの? ……言いたくない? そうだろうね、裏でこそこそするのが君たちの常套手段だものね。だけど、僕は妻のことだけはうやむやにしないよ。後日、それぞれの家に抗議するからね」
「そ、それだけは!」
「もう二度と言いませんから、お願いします!」
ハーフェルト家から抗議なんてされた日には終わりだ、とでもいうように必死で詫びを入れてくる令嬢達に呆れる。
そんなに謝るくらいなら最初から嫌味なんて言わなければいいのに。私、そんなに弱いと思われていたのかしら。リーンの隣にいるためだもの、ちょっとやそっとのイビリじゃ逃げないわよ。そうよ、これからはこうやって自分で戦わなくちゃね。いつまでもリーンの後ろにいるわけにはいかないわ。
打って変わって半泣きで許しを請う令嬢達を眺めながら、今後の戦いに思いを馳せる。
「エミィ、何を考えているの? 彼女達をどうする? もちろん後で抗議するけど、ここからつまみ出す? 二度と君の前へ現れないようにしようか?」
リーンが一言いう度に令嬢達の震えが大きくなる。
……ああ、これがアルベルタお義姉様の言っていた権力なのね。確かに使いすぎないようにしないといけない気がするわ。
だけど、と私は壊れた扇を見て目を閉じた。
彼女達の言葉を聞いて扇が壊れるくらい私は悲しくて悔しかった。どういうつもりでそんなことを言ったのかわからないけど、それを聞いた本人がどんなに辛いか、彼女達は知るべきだと思う。
私は目を開けてしっかりと彼女達を見た。
「貴方がたが反省するまで、お会いいたしません」
これで、彼女達はしばらく大きな夜会やお茶会に出られない。周囲からあれこれ言われて後ろ指をさされるだろう。ただし、反省するまで、とつけたから永久に、ではない。結婚相手探しも難しくなるだろうけど、性格を直してからの方がいいわよね。
「半年後に、私のお茶会にご招待いたしますので、そのときにじっくりとお話いたしましょう」
その頃にはお互い冷静にこの件を振り返れるんじゃないかしら。
■■
「エミィ、本当にあんなのでよかったの?」
ワン、ツーとステップを踏みながらリーンが不満そうに尋ねてくる。
「リーン。私、多分、この国の貴族女性の大半に嫌われてるのよ」
リーンのリードでくるり、と回って銀が散りばめられた彼の瞳の色のドレスを翻し、顔を曇らせた彼へ、にこっと笑いかける。
「だからね、あれくらいの悪口でいちいち家を取り潰してたら大変よ。アルベルタお義姉様が言ってたの、『最初いがみ合っていても、殴り合えば分かりあえることもあるのよ』って」
だから私、これからは殴り合ってみようかと思うの、と続ければ、リーンがステップを間違えた。
「そ、そんな危ないことはやめて!」
「本当には殴り合わないわよ、私も相手もそういう殴り合いは向いてなさそうだし」
青ざめるリーンをひょいひょいとリードして音楽へ耳を傾ける。
「いつまでもあなたやヘンリックに頼ってないで、自分への悪意は打ち返せるようになるわ」
でも、本当に辛い時は助けてね、と曲の終わりと同時にぎゅっと抱きついた。
「……エミィがそう望むなら、僕はそれを尊重するけど、絶対に危ないことはしないでね!? お茶会の時は参加者が武器を持ってないか身体検査必須だよ。それから、君の周りは護衛で取り囲んで、」
……リーン、そんなお茶会、私だって行きたくないわよ?
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おまけ ~主と側近と追加で騎士団長~
「大変だ、ヘンリック!」
「どうされました? また正装の奥様に見惚れて鼻血を吹いたのですか? それとも奥様がダンスの途中で転びましたか?」
「今日はどっちもなかった。それより、エミーリアがこれから悪口言ってくる令嬢達と殴り合うっていうんだよ!」
「……なるほど? 奥様が、ご令嬢達と、殴り合う……?」
「それは奥様を鍛えねばなりませんな!」
「どっから出てきたのさ、騎士団長」
「いえっ、殴り合うと聞いたら私の出番かと!」
「エミーリアにそんなことさせるわけないだろ!?」
「意外と素質があるのでは」
「あの直ぐこける、呑気な奥様にどんな武術の素養が?」
「ヘンリックは黙ってて。エミーリアは、木登りは得意だよ……ってそうじゃなくて」
「いやー、奥様も拳の良さに目覚めたのですかな。決闘場でも整備されますか?」
「しない! エミーリアは言葉で、殴り合うんだって。これ以上傷つけたくないのに」
「では古今東西の罵詈雑言辞典でもご用意いたしましょう」
「え、そんなのあるの?」
「では、私は気合いの入れ方でも」
「それ、必要かな?」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
意外とパワフルなエミーリアに、リーンの心臓は持つのだろうか。
おまけにいきなり騎士団長が参加してきてびっくりした……




