番外編 新年の夜会にて 前編
結婚して1年半、二人の年明け模様です。
堂々と胸を張って歩く、笑顔を保つ、リーンから離れない!
心の中で呪文のように何度も繰り返しながら呼ばれる時を待つ。貴族としては最後に会場へ入るのだからと遅くきたはずなのに、まだ時間があった。
「エミィ、寒くない? 帰りたいよね? 帰ろうか」
「お城の夜会は参加が義務なのだから帰れないでしょ。私は大丈夫よ。お義父様達に新年のご挨拶をしたいわ」
私より帰りたそうなリーンにふっと緊張が途切れる。
「君が帰りたくなったら僕はいつでも帰る用意があるから、遠慮しないで言ってね。腹痛頭痛悪寒発熱、庭の花の元気がない。ほら、いくらでも理由は作れるんだ」
最後の理由で本当に帰れるって思ってる?
思わず笑いがこぼれて掴まっていた彼の腕に顔を押し付けて肩を震わせる。
「あ、笑った。あのね、何度も言うけどエミィのためなら僕は何でもできるんだ。本当だよ?」
どこか得意げな声音のリーンへ、そこまでしなくていい、と言おうとして口を噤む。
「ハーフェルト公爵夫妻、ご入場!」
高らかに呼ばれて、ピリッと緊張が走る。その気配を即座に察したリーンが私の背に軽く手を当てて、優しい笑みを向けた。
「夜会は嫌いだったけど、今は君と踊れるから少し楽しみなんだ。エミィ、嫌なこと言われたら好きなだけ暴れていいよ、僕が綺麗に後始末するからさ」
「リーン。そんなこと言ったら私、何するかわからないわよ?」
「いいよ、任せといて」
「ありがとう。でも、きっと私には暴れる勇気はないわ。それより私も貴方と踊るのを楽しみにしてたの。今夜は二人で楽しみましょう」
煌めく会場に入っていくと、いつものように様々な視線が突き刺さってくる。でも、隣にリーンがいて、私を気遣ってくれているから耐えられる。
「ほら、ハーフェルト公爵ご夫妻よ。リーンハルト様は今日も麗しいわね」
「本当に素敵よねえ、一度でいいから踊っていただきたいわ」
「私は三年前に踊っていただいたことがあってよ」
「貴方だけじゃないし、一度だけでしょ。その話、聞き飽きたわ。それより、リーンハルト様のお衣装よ!」
姦しい話し声に隣のリーンは顔を顰めているが、私は内心高速で頷いていた。
リーンは今日も素敵よね! この日のために作った服もとてもよく似合って……
「今日のお衣装も白に銀をあしらって……え、銀色って」
「あら、くすんだ灰色なんて、たとえ妻の色であってもリーンハルト様がお使いになるわけないでしょ。似合わないもの」
続けられた会話に全身が強張った。
……こんなの言われ慣れてるし、私だってそう思うから平気、だわ。
堂々と胸を張って歩く、笑顔を保つ、リーンから離れない! 王太子妃殿下に教え込まれた夜会の心得を必死で繰り返すが、私の頭は下がっていく。
……申し訳ありません、アルベルタお義姉様。私、まだまだ修行が足りないようです。結婚してもリーンに似合わないと言われ続けることが、こんなに辛いと思わなかった。心が痛くて、みじめで消えてしまいたい。
「エミィ、僕は君の色が特別大好きだよ。だから、この服の色は君の色なんだ。よく見て、ただの銀色じゃないでしょ」
急に大きな声で話しかけてきたリーンに驚き、続く言葉に目を見張って差し出された彼の袖の切り返し部分をじっと見る。
「……ちょっとくすんだ銀色?」
「そう、できる限り君の色に近くしてもらったんだ。銀というより、灰色に銀を混ぜた感じ。それで、君のドレスの僕の色にも銀を混ぜてあるんだ」
隠しお揃い、と片目を閉じて見せた彼に、またまた驚いて自分の着ている薄青のドレスを見下ろす。
確かに光に当たって煌めいている! そっか、お揃いで銀を混ぜているのか。出来上がりの時に聞いたような気もするけど、立て板に水の勢いで色々いっぺんに説明されて耳を素通りしてたかも。
「素敵なお揃いね、すごく嬉しい」
感謝を込めて彼を見上げると、いたずらが成功したような満面の笑みが返ってきた。
「エミィ、僕は君の色しか纏わないし、僕の隣は君以外、似合わないから」
最後を周囲に向けて鋭く言い放つと、私へふわりと笑いかけた。
「さっさと父上達に挨拶を済ませて、踊ろう」
私は、もう周囲が気にならなくなっていた。
「見てたわよ。相変わらず仲がよろしいわね」
「新たなる年が、王太子妃殿下にとってより良きものでありますようお祈りしております」
国王陛下、王妃殿下、王太子殿下、と順に挨拶をしていって次は、と頭を下げた私が口を開くと同時に王太子妃のアルベルタお義姉様の声がした。少し驚いて顔を上げた先には、にこっと濃い緑の目を細めたお義姉様の顔があった。
「ありがとう。貴方がたも良い一年になるといいわね。本当にあの方々もいい加減、リーン様を諦めたらよろしいのに。そんなに権力と世間一般的に見目のよろしい夫が欲しいのかしら? ……欲しいのでしょうねえ」
ぱらりと開いた扇で口元を隠しつつ、世間一般、を強調して、権力って一度使うと病みつきになる方が多いから、と続けて隣のリーンを見る。
「まさか。僕は正当に行使しているだけですよ。それに、この顔に惹かれてくる人達は、僕の外側にしか興味がないわけで、同じように自分の中身がないんです」
「まあ、ひどいわねえ、リーン様」
「義姉上ほどでは」
ふふふ、と笑い合った二人がくるりと私の方を向く。……怖い!
「というわけで、エミィは何も気にせず僕の妻として隣にいてくれたらいいから」
「そうそう、ばーんと胸を張ってなさい」
二人は、慰めてくれているのか、と気づいてホッとして頷き返す。
「では、また後ほどお話ししましょうね」
次の人の挨拶を受ける王太子妃殿下と別れて、会場に戻るとなんだかどっと疲れが出た。無意識にリーンの腕にもたれかかっていたらしい。
「エミィ、ここに座ってて」
リーンがさっと周囲を見渡して、安全そうな場所を選んで私を座らせた。飲み物を持ってくるから、じっとしててね、と念を押して心配そうに振り返りつつ足早に去っていく。それを見送って私はふう、と息をついた。
辺りを見回せば、絢爛豪華な明かりの元で着飾った人々がさざめいている。あの綺麗な笑顔の下では何を思っているのか。表面的にはとても華やかな場だけど、噂は面白おかしく拡大されていくし、小さな傷は大きく広げられる、神経をすり減らして戦う場所だ。
「……勘違いしないことね。リーンハルト様はお優しいからああ言われただけで、『色褪せ』が着飾ったところでドレスだけが目立ってみじめなものよ」
「大体、リーンハルト様の隣に並ぼうというのが、既に間違ってるのよ」
「そもそも結婚自体がおかしいのだから、身を引くべきだってまだわからないのかしら」
ほら、リーンがいなくなった途端にこれだ。私は扇を開いて陰でため息をつく。ヘンリックに頼まれてスパイ活動をしているから黙って聞いているけれども、気分はよくない。
もちろん、後で報告するけれども、リーンとお義姉様に励ましてもらったし、ここらでガツンと言い返して暴れてみるのもいいかもしれないわね……。そうよ、もう結婚して一年半経つもの、そろそろ一人で撃退するべきだわ。
よし、やるぞ! と扇の陰で握りこぶしを作って気合いを入れる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
アルベルタ様崇拝中のエミーリア
年末年始ネタでに何か番外編を書こう、と決めたものの、あれこれしているうちにはや1/5。
ぎりぎり間に合ったと思いたい。前後編です。




