番外編 いつかの、未来9 ~大好きだから~
※『カエル』が連呼されますので、苦手な方はご注意ください。具体的には出ませんが。
※パトリック4、5歳の頃のお話です。
あ、カエルがいる。昨日見つけたやつより大きい!
おれは迷わずそいつを捕まえようと手を伸ばした。
「パトリック様!」
「パット!」
後ろから悲鳴が聞こえて、気がついたときには足が地面から宙に浮いていた。下は、池。いつも君の背丈より深いから入らないようにって、父上に言われている場所だ。……と、いうことは。
大変だ、おれはまだ泳げない。
慌てて地面に戻ろうと体を捻ってみたものの、無駄な足掻きだった。一生懸命冷静になって、落ちるけど溺れる前に助けてもらえる、だから濡れるだけ、と先まで読んで覚悟を決めたらドンと衝撃がきた。温かくて柔らかくていい匂いがする何かに包まれて、落ちる。
これって……母上っ? えっ、なんで来ちゃうの!?
ばっしゃーーーん、と派手な音をさせて2人で水面を突き破った。
母上のドレスが水を吸ってどんどん重くなる。どうしよう、おれのせいで母上が溺れちゃう。
焦ってもがいていたら、母上の腕がおれをつかんでグイッと上に持ち上げた。
「ぷはっ、パット、無事!?」
ぱっと視界が明るくなって驚いて目を開けたら水面から顔が出ていた。
……え? 何が起こったの!?
きょろきょろ辺りを見回していたら、全速力で走ってくる父上が見えた。ものすごく怖い顔でこっちに向かってくる。
「エミィ、パット、無事!?」
「リーン、私は大丈夫だからパットを受けとって!」
片眉を上げた父上が何か言いたそうな顔で水の中に腕を突っ込んで、おれごと母上を引き上げた。
父上、すごい力持ち。
「もう、2人ともずぶ濡れになって。本当に池の岸近くの水深を浅くしといてよかったよ」
「本当ね。おかげで助かったわ」
……そういえば先月この池の周りに縄を張って工事してたな。
それに、さっき母上の肩から上が水面に出ていた。おれは全身沈んじゃうけど大人は溺れない深さにしたんだ。
「どうせなら、おれの背より浅くしてくれたらよかったのに」
ほおを膨らませて抗議すれば、父上の目が光った。
「水質保持とか植生の関係でこの深さが限度だったんだよね。で、パット。君はなんで池に飛び込んだのかな?」
「あっ、そうだ! カエル、おっきなのがいたんだ!」
当初の目的を思い出して探しに行こうとしたら、後ろから羽交い絞めにされて止められた。心なしか冷気も漂っている気がする。
ふえっくしょんっ
「パット。君はカエルより先に着替えなさい。ミア、エミーリアを早く温めて着替えさせて」
父上は母上の侍女のミアにそう言うと、おれを拘束したまま歩き出した。
「父上ー、おれ一人で歩けるから降ろして、ください」
「ダメ。パットは直ぐどこかへ行っちゃうから。もう本当に、どうして君は身の危険より興味優先なの!?」
「だって、昨日のカエルよりおっきかったんだよ! ……おれ、お兄ちゃんだからさ、大きい方をディーにあげようと思ったんだ」
「うーん、その気持ちは嬉しいけど、赤ちゃんのディーにはまだちょっと早いかな?」
「じゃあ、明日ならいい? 冬眠する前に捕まえないと」
「あと2回くらい冬眠が終わってからでいいんじゃないかな。そうしたら今よりもっと大きなカエルになってるかもしれないよ?」
アレよりもっともっと大きいカエル!
おれの脳裏に、抱えるほどのでっかいカエルに喜ぶディーがぽんと浮かんだ。
「そうする! あと2回冬眠したら捕まえるね。……あ、じゃあ、エサあげとかないと!」
それまで、元気でいてもらわないとね!
厨房でカエルのエサをもらおうと、思いっきり反動をつけて足を振って父上の腕から飛んだ。
ばっしゃーーーん
「うあっ、え、何!? ……温かい??」
「だからさ、パットは行動する前に周囲を確認しようね?」
なんだか怖い雰囲気の父上が笑顔で腕をまくる。慌てて周りを確認したら、いつの間にかおれは風呂に入れられていた。
着ていた服はどこ行ったの?
「さーて、しっかり洗ってあげよう」
「ち、父上は忙しいでしょ、おれ自分でできるから!」
「何言ってんの。愛情たっぷり、ピカピカにしてあげるよ」
ゔわああっ、父上にゴシゴシされるー!
■■
翌日、朝食の席に母上の姿がなかった。
「おはようございます。母上は?」
「おはよう、パット。……エミーリアは、」
父上が何か迷うように言葉を止めた。
「母上は熱出して寝込んでる。パットと池に落ちたから」
「兄上、おれのせいじゃないよ!? おれは熱出してないもの!」
「母上は君ほど頑丈じゃないんだよ」
兄のテオドールの冷たい声に飛びあがる。兄上は俺よりうんと頭がよくていつも冷静で、カエルには見向きもしない。だから、兄上が言うことは大体、間違っていない。
「……おれのせい、なの? どうして母上は、ほっといても他の人が助けてくれるのに僕と落ちたの?」
熱を出して僕が叱られるくらいなら、侍女や護衛が助けるのを待っててくれればよかったのに。ムッとして父上を見れば、とても優しい笑顔を返された。
「そりゃあ、パットはエミーリアの宝物だもの。一番近くにいて何もしないなんてできないよ」
彼女が熱を出したことはパットのせいじゃないから気にしなくていいよ。ただ、行動には気をつけてね。と穏やかに言われておれは落ち着かなくなった。
「おれ、母上の所に行ってくる!」
そうっとそうっと開けた扉の先で、母上は眠っていた。虫を捕まえる時のように静かに近寄って覗き込むと、赤い顔でしんどそうに息をしていた。
「……母上、池に落ちてごめんなさい」
ぽつりとつぶやけば寝ていると思った母上の手がおれの頭を撫でた。
「パットは元気?」
「うん」
「それなら、よかった。私こそ熱を出しちゃってごめんなさいね。明日には元気になるから、心配しないで頂戴」
こちらを向いて熱で潤んだ目を細めてそんなこと言われても、こんなに辛そうな母上を見たら心配するよ、と言い掛けて口を噤んだ。そうか、そういうことなんだ。母上も池に落ちるおれを見て一番に助けなきゃって思ったんだ。
それは、おれが母上を好きだから心配するのと同じで、母上もおれのことが大事で大好きだから。
「おれ、これから母上を巻き込まないように行動する! ちゃんと気をつける。だって、母上が大好きで大事だもの!」
「まあ! それじゃあ、私もパットに心配かけないように元気でいるわね。私もパットのことが大好きで大事だもの」
2人でニコッと笑い合うと、なんだかくすぐったくてぴょんぴょん跳ねたくなった。
……今、俺がここで跳ねたら母上の病気が悪化する、かなあ?
父上に言われたとおり、ちょっと止まって先を考える。
……部屋の中だし、母上は起きてるし、うん、大丈夫!
「母上、だーいすきっ!」
「パット、分かってないね?」
飛び跳ねようとしたら、首根っこを掴まれて引っ張られた。
「……おれ、考えたよ? 母上起きてるし、いいでしょ?」
「前提に、病人の側で騒がないっていうのがあるんだよ?」
「エミーリアの熱が上がっちゃうでしょ?」
振り向いた先には、怖い顔をした兄上と、笑顔だけど真剣な目をした父上がいた。
「あら、私は嬉しいわよ。パット、だーいすきっ!」
母上がベッドから身を乗り出しておれを抱きしめてくれた。熱いけど、嬉しい!
「あっ、エミィ。僕も君がだーい好きだからねっ! もちろん、パットもテオも!」
「……父上、大丈夫。それは言わなくても全員が知ってるよ」
父上が大きな声を出し、兄上が大きくため息をついた。
■■おまけ■■
3年後、成長して自分の足でどこへでも行けるようになった妹のディートリントは、元気いっぱいでなんにでも興味を持った。だから毎日、庭で一緒に虫取りや魚釣り、かくれんぼなどをして遊んだ。
今日も、もちろん二人で庭へでて、探検をしていた。ディーはまだ小さくて、危ないことがわからないから手はしっかり握っておく。その手がグイと引っ張られて、可愛い叫び声が上がった。
「パットにいさま、あの水草の上、おっきなカエル!」
「ディー、待ってて、僕が捕まえ……あ、危ないっ」
ばっしゃーーん
待ちきれなかったのか、ディーがカエルめがけて地を蹴った。慌てた俺は妹の身体を抱え、一緒に落ちた。
……ああ、俺は今、あの時の母上の気持ちを身をもって知った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
実はこの度、コミカライズを動画にしていただきました。それで、動くならちびパットだよなあ、ということでこのお話ができました。
youtubeで『デジカタ編集部 色褪せ令嬢』で検索していただければ見られると思います。音楽付きでコマが流れる感じなのですが、おおー、こういう風になるのか、と思わず見入ってしまいました。8分ほどなので、お時間がある時に気が向いたら覗いてやってください。