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番外編 ぬいぐるみたちと

多分、新婚の頃。久々のミア視点です。

「まず、こうやって丁寧にブラシをかけて」

「こう?」


 休日の朝だというのに、我がハーフェルト家の当主夫妻はカンカンと陽が照る庭の片隅にしゃがみ込み、仲良く身を寄せ合って作業をしている。


「ブラシが終わったら、この洗剤入りの水で湿らせた布で全体を丁寧に拭いていくんだ」


芝生の上に白い大きな布を広げて桶に入った水とブラシや布を横に並べ、山と積まれたぬいぐるみを前に旦那様が奥様へお手入れの実演をしている。


「そして、あの布の上に置いて乾かすのね! わかったわ、任せて!」


元気よく声を上げた奥様が、側に積み上げられたぬいぐるみの山から一体取り出してブラシを構えると、すかさず旦那様が後ろから抱きかかえるようにして丁寧に教え始めた。


……旦那様、隙あらば奥様にくっつこうとするのはいいですが、この時期は嫌がられるのでは?


ぎらつく太陽の光は、私にも旦那様にも容赦なく降り注いでいる。だけど、私の心配をよそに奥様は旦那様に包まれたまま嬉しそうにぬいぐるみを梳かしていた。


……このお二人の仲は暑さも邪魔できないのね。


「それにしても、ぬいぐるみのお手入れ方法まで知ってるなんて、リーンはすごいわね」


 王子様はこういうことをやらないと思ってた、と続ける奥様に軽くキスをしながら旦那様が自慢げな声をだす。


「君との思い出のクマのぬいぐるみは、自分で手入れして大事にしたかったんだ」

「私はぬいぐるみが大好きなのにお手入れの仕方を知らなかったわ。リーンが一所懸命選んでくれたこの子を汚れたままにして、ごめんなさい」


 奥様は手の中のライオンのぬいぐるみを丁寧に拭きながら悲しそうにつぶやく。


「僕は教えてくれる人がいたからできたけど、君はそうじゃなかったし、自由もなかったから」


 でも、これからは僕がずっと君と一緒にぬいぐるみの手入れをするからね、僕は君と一緒にできて幸せだよ、と続けて甘い雰囲気を醸し出す旦那様の腕の中から奥様がすくっと立ち上がった。


「そうね! 私、リーンのおかげで自由にぬいぐるみのお世話ができるようになったのよね、頑張るわ! よーし、覚えるためにあとは全部自分一人でするから、リーンは部屋で休んでて」

「えっ、僕は最後まで君と一緒にするよ!」

「なにを言っているの、せっかくのお休みじゃない。教えてくれてありがとう。あとは私に任せて好きなことをして、日頃の疲れを癒して頂戴!」


 ぐいぐいと旦那様の背中を押す奥様。我々使用人は並んでぬいぐるみの小物類を押し洗いしながら、奥様に逆らえない旦那様がずるずるとお屋敷の中に押し込まれていく様子を無言で見送った。


 ……奥様、お強い。でも多分、旦那様は奥様と一緒にいるのが一番癒されると思います。


 私がちっちゃな青いシルクのスカーフを指先でつまんでピッと振ってしずくを切ったところで、旦那様の楽しそうな声が聞こえてきた。


「……だからね、僕と一緒にすれば半分の時間で終わるでしょ?」

「それじゃあ、リーンの休む時間が減るじゃない」

「僕は一人で休むより、君と一緒に過ごしたいんだよ。二人でぬいぐるみを綺麗にしてから、一緒に休もう?」

「……うーん、リーンがそうしたいのなら、それがいいの……かな?」

「そうじゃないと僕は全く休めないし癒されないんだ」

「そうなの?」

「そうなんだよ。せっかくの貴重な休み、僕は君といたいんだ。一分一秒だって離れたくない!」


 あっという間に今度は奥様が旦那様に抱きかかえられて戻ってきた。旦那様の心からの叫びに奥様は困惑しながらもそれじゃあ、と頷いて受け入れている。


……まさか旦那様がそのまま大人しくお屋敷内に戻るとは思っていませんでしたが、これまたお早いお戻りで。奥様を腕の中に大事そうにしまい込んで何とも幸せそうですね。


 その後、お二人は協力してぬいぐるみを全て綺麗にして干すと、仲良く手を繋いで昼食を取りに屋敷の中へ戻っていった。


「壮観ねえ」

布の上にずらりと並んだぬいぐるみを見てロッテさんが感嘆の声を上げている。私は頷きつつ数えようとしてやめた。どうせすぐ増えるし……。


「これ全部、旦那様から奥様への贈り物なんですよね」

「そう。これ、ぜーーーんぶ、旦那様から奥様への愛なのよ」

「これぜーーーんぶ、愛ですか」


 目の前に広がる色とりどり、種類様々なぬいぐるみたちを通して発される『エミーリア、大好き!』の叫びに眩暈がしそうだ。


「我らが奥様は、この愛をしっかり受け止められる大物なんですね」

「そうそう、器が大きいわよね。さ、私達もここを片付けたら昼食にしましょ。その間に、このぬいぐるみたちも乾くでしょ」


 ロッテさんは大きく伸びをすると腰に手を当て朗らかに笑った。


■■


「この子は此処ね、この子とこの子は一緒に並べて、あっ、その子はこっちに座らせて」

「えーっと、じゃあ、このイタチはどこに置く?」


 午後になって乾いたぬいぐるみたちを部屋に運んでいくと、奥様がこだわりを見せていた。がさっとまとめて真ん中のラグへ置こうとした旦那様を怖い顔で止め、次々と指示を出している。あまりの真剣さに、旦那様も真面目な顔になって一体一体、丁寧に抱き上げて奥様の指示を仰いで並べていく。


「ミア、ここは奥様達にお任せして私達はお茶の用意をしてきましょうか」


 ロッテさんにささやかれ、奥様達を残して部屋を出る。


「……奥様はどういう基準であの位置を決めておられるんでしょうね?」

「あの部屋で過ごされる時に、あれこれ手に取っては悩んでらしたけど決めた理由は奥様にしかわからないわねえ」

「そうですよねえ……今日のお茶のお菓子は何でしょうね?」


 考えることを放棄した私は話題を変えた。


「旦那様がお休みだから料理長が腕を振るうって言ってたわよ」

「それは楽しみですね!」


 未だに食が細い奥様に配慮していつもはお食事に近いお茶の時間も、旦那様がいる時は甘いお菓子が並ぶ。今日はケーキかな、パフェかな、アイスクリームかな? ワクワクと調理場を覗くと香ばしい匂いと共にプラムケーキが用意されていた。


「そういえば、旦那様は甘い物がお好きじゃないのに、なんでわざわざお休みの日に甘いお菓子を出させるのでしょう?」


 旦那様はお菓子をあまり食べませんよね? と続けると、ケーキを皿に乗せていた料理長が一瞬、沈黙した。


「……『エミーリアが幸せそうに食べる顔を間近で見るのが僕の喜びなんだ』と言っておられた」

「……さすが、旦那様」

 

 微妙な顔で口を噤んだ料理長に私はその一言しか返せず、隣のロッテさんは諦めきった微笑みを浮かべている。旦那様の奥様に対する愛情は過多というか、天井をぶち抜いているというか、もはや執着と言ってしまいたい。


「それにしても、今日のような暑さの日には氷菓を用意するかと思っていましたが」


 つやつやと輝くプラムケーキを眺めて首を傾げれば、料理長はこれ見よがしに肩を竦めた。


「まあ、そうしたいのは山々なんだが……これだととけねえし冷めても美味しいからな。さ、旦那様達の所へ持って行ってくれ」


 つぶやくように言った料理長が、仕上げとばかりにケーキに添えるクリームを別の器に入れて盆にポンと乗せた。



コンコン 


「……あれ? 返事がないですね?」

「そういえば、室内から声が聞こえないわね」


 奥様の私室、別名ぬいぐるみの部屋の扉をノックしたのに応えがない。ロッテさんと二人、顔を見合わせて再度叩いてみた後、しばらく待ってからそうっと扉を細く開けて中を窺う。


「…………寝て、おられますね?」

「…………仲良く、お昼寝してるわねえ」


 部屋の真ん中に奥様の法則でずらりと並べられたぬいぐるみ達の前で、ライオンのぬいぐるみを抱いて丸くなって眠る奥様を後ろから包み込むように抱き込んで寝ている旦那様が見えた。


「奥様は午前中ずっと外で動いておられたから、お疲れになったのね」


 ロッテさんが納得したように頷いてお茶セットの乗ったカートをくるりと反転させる。そのまま戻っていく背中についていきながら私はポンと手を打った。


「そっか、だからとけなくて冷めても美味しいケーキなんだ!」


 さすが料理長。こういうところまで考えてるんだ、と感動してふと気づく。


 ロッテさん、さっき『奥様は』お疲れになったと言っていたような。確かに、旦那様はあれくらい平気でこなされる。ということは……旦那様は狸寝入りしてたの?! いや、どうかな? 奥様につられて寝ちゃったのかも。そういう時ってあるよね。


 そういえば、寝ているお二人に何か掛けた方がよいのでは、とぬいぐるみ部屋に引き返して静かに扉を開けた先では、極上の微笑みを浮かべた旦那様が、玻璃の羽を扱うかのように奥様を布で包み込んでいた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ぬいぐるみとお昼寝するエミーリアをリーンはどんな表情で眺めているやら……。


ということで、コミカライズに関するお知らせです。

2025/7/2に電子単行本発売です。若いヘンリックとちびリーンの書下ろしSSとそれに合わせたMakiya先生の超かわいいイラストがおまけについております。よかったら買ってやってくださいませ。

また、今までピッコマさんだけでの配信でしたが、以下の場所でも配信が始まりましたので、まだ見てないという方がおられましたら、ちらっと覗いてみてくだされば嬉しいです。よろしくお願いいたします。


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詳しくはこちらから!(出版社のHPへ行けます)

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1話から10話までの表紙です!

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