7.疑惑の婚約者
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sideE
「おかえりなさいませ、エミーリアお嬢様。少々遅いご帰邸でございますが、何かございましたか?」
「ただいま。図書室に寄っていたら、時間を忘れたの。お母様は?」
「左様でしたか。奥様はナイセ侯爵邸の夜会に旦那様と行かれております。」
「そう、いないのね。わかったわ。後はよろしくね。」
「かしこまりました。」
出迎えてくれた執事にいつものように母の動向を確認し、いないことに安堵する。
階段を上がって自室に入るとカバンをソファに放り投げ、そのまま続き部屋の寝室へ入り、制服から部屋着に着替える。
私はこれから朝、登校するまでこの部屋から出ない。全て自室で済ませられるので不自由はない。
婚約時に陛下が父に母のことを注意してくれたおかげでこうなった。
母と話さずに済むので気楽になったが、3年前、姉が隣国の貴族と結婚して出ていってからは使用人に用を頼む以外、誰とも話すことは無くなった。
この閉塞感漂う家から逃げるために、私は王子との結婚を利用しようとしている。
3年前、恋に落ちて愛する人と結婚した姉と、自分を比べた時、あまりの違いに驚いた。
どう見たって、第2王子は私を愛してない。
私は・・・彼が好きという気持ちが確かにあったはずなのに、いつの間にか擦り切れて、婚約はここから逃げ出すための切符としか思えなくなっていた。
彼と結婚すれば自由にさせてもらえる、それだけを頼りにこの生活を続けていたのだ。
でも、姉の結婚を機に考えた。彼に縋るのはやめよう、と。
第2王子は婚約してから、私以外のたくさんの令嬢に会って私のことを好きじゃなくなったのだろう。それであんなにそっけない態度を取り続けるのだ。
でも、母から疎まれている私への同情から義理固く婚約を続けてくれているに違いない。
だから、私から婚約破棄をしようと言えば、喜んで他のもっといい条件の令嬢と婚約し直すはず。
彼狙いの令嬢達に絡まれるのも、うっとおしくなってきていたので一石二鳥だ。
と、彼を解放しようと思って婚約破棄を持ちかけたのに、すんなりいかないどころか、阻止してくるとは全く計算外だった。
そして、婚約破棄に四苦八苦していた時の、あの彼の衝撃の告白。
あれを聞いた時、驚くと同時にホッとした。
彼が私を利用するなら、私が彼を利用しても大丈夫だ。
それなのに、私が婚約破棄を諦めて、結婚すると決めた途端、第2王子の態度が豹変した。
以前と打って変わって積極的に関わってくるし、会話もするし、何より毎日目が合う。
何年もほぼ会話なく目も合わさずに過ごしてきたのが嘘のようだ。
最初は戸惑っていた周囲も慣れて、私が彼と話していても驚かなくなった。
この状況、何かおかしい。
あの王子、絶対にナニか隠している。
だって、一緒にいることが多くなって、じっくり観察してみたものの、どうみても男の人が好きっていう素振りが見られない。
それに気がついた時に湧き上がってきたのは彼に対する不審だった。
彼が本当に男の人が好きで、それを隠すために私を偽装結婚に利用するなら、お互い利害関係がはっきりしていて安心だと思ったのに。
そうじゃないなんて、どうしたらいいのか。
他に好きな女性がいて、その人の身分が低いから私を偽装に使ってその人と仲良くやる、とかならいいのに。
でも多分、それも違っている。だってその気配もないもの。
とりあえず、彼の隠していることを知りたくて毎日観察しているのに、ちっともわからない。
見つめすぎるとばれるのか、すっといなくなって授業にも出ないときがある。
結婚式まであと2ヶ月、早く秘密を暴いてしまわないと安心して結婚できない。
私はベッドにいる金色の毛並みを持つライオンのぬいぐるみを抱きしめた。唯一、私が持っているぬいぐるみだ。
婚約直後の6歳の誕生日に彼が直接プレゼントしてくれた。それ以降、誕生日にはメッセージカードだけで、約束したぬいぐるみをくれたことはない。
それで、男の子の気持ちが冷めるのは早いということ、約束というものは守られないことを身にしみて知った。
私はいつものようにそれに向かって人差し指を突きつけると
「リーン、明日こそは貴方の秘密を探り出してやるんだから!」
と宣言した。
・・・昨日も同じこと言ったな。
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sideL
「ヘンリック、またこのメニュー?もう飽きたんだけど。」
「リーンハルト様が鼻血を出さなくなるまでは毎日これですね。エミーリア様と仲良くなりたいのはわかりますが、大分急ぎすぎですよ、血が足りません。」
「エミーリアと話せなくなるくらいなら、毎日これ食べる。」
「ほんっとうにエミーリア様のこととなると譲らないんだから!」
主は本当にそこだけは譲らない。ほかは割と柔軟に対応するのに。
「そういえば、最近エミーリアからよく見られている気がするんだけど、気のせいかな?」
主も気がついていたのか。それで、鼻血の回数が増えたのだな・・・。
さすがに授業を欠席するほどなのはいかがかと思うのだが、ほぼ内容的には修了しているから構わないと先生は仰って下さっているので、目を瞑ろう。
それより、エミーリア嬢の視線の意味に気がついていない主に忠告しておかねば。
「リーンハルト様、エミーリア嬢は貴方を疑っていますよ。」
「え、僕、何かしたっけ?」
え、ナニ?その完全に忘れてますって顔は。
「貴方、エミーリア嬢に男が好きって大嘘ついたじゃないですか。アレ、嘘だってもうバレてますよ。彼女の貴方を見る目、猜疑心に溢れてます・・・。」
「うそ?!もうバレたの?!」
「あれだけエミーリア嬢のことが好きだって全身で表現していれば、誰にだってバレますよ・・・。エミーリア嬢はフィルターが強すぎてそれには気がついていないようですけど、バレるのも時間の問題かと。」
「それはまずいよなあ。自分を見て鼻血ふく男なんて嫌がられるに決まってる。バレて嫌われたくないけど、彼女といたい。早く治さないと・・・。」
私としてはもう言っちゃって、盛大に嫌われて新しい婚約者に乗り換えればいいんじゃね?と思っているのだが・・・。
主はそうは思わないらしい。
ひどく不興を買うだろうから、私からは言い出せない。
我々の間に沈黙が落ちた。
沈黙に耐えられなくなったらしく、苦手なほうれん草をつつきながら主が呟く。
「エミーリアといえば、それなりに話すようになって、思ったんだけど、彼女、意外と義理堅いよねえ?嫌な相手にもしてもらったことにはちゃんと礼は言うしさ。」
「そこは、やはり腐っても侯爵令嬢ですから、躾けられているのでしょう。」
「エミーリアは腐ってないけど?!僕の婚約者をゾンビみたいに言わないでよ。」
「例えですよ、真に受けないでください。」
「いや、わかってるけどね。そうじゃなくてさ、彼女、先日贈ったプレゼントについて何もお礼を言ってくれないと思ってね?そういや、誕生日プレゼントも、いつもカードへの礼だけなんだよね。12年間、僕が選んだプレゼントが彼女の手に渡ってないとかないよね?」
「まさか、そんなことはないでしょう。この年になってもぬいぐるみというのが、気に入らないだけじゃないですか?」
「7歳からずっとだよ?ぬいぐるみを贈るのは彼女との約束なんだよ。・・・ヘンリック、大至急調べてみてくれる?彼女がちゃんと受け取ってくれているならそれでいいんだ。別に礼を言ってもらうために贈ってるんじゃないんだから。でも、受け取ってなかったら?特にこないだ贈ったぬいぐるみがなくなってたら、大問題なんだよねえ。」
「承知いたしました。急いで調べます。」
結婚式まで、あと2ヶ月。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
あっという間にバレました。