番外編 君に出会った僕
※エピソード4,5話のリーン視点です。
「……よーいしょっと」
ズルズルッと音を立てて姉のお気に入りの敷布を長椅子から引きずり下ろす。周囲に誰もいないことを確認した僕は、それを丸めて抱えて勝手知ったる城内を走り抜けた。
いつものことだけど、今朝も姉と喧嘩した。兄と遊ぼうと探していたら、『今日はこんやくしゃを決める日だからおとなしくしてなさい』って僕を無理やり部屋に戻したんだ。
そうしたら、撒いたはずのヘンリックに捕まって、ロッテと二人がかりで洗われて窮屈な服を着せられて庭のパーティー会場に連れていかれた。
パーティーは嫌いだ。皆、上辺だけの笑顔を纏って心にもない言葉だけで僕を褒めて、僕も訓練された王族っぽい笑顔ってやつを貼り付けてお礼を返すだけなんだもの。
今日はいつもなら相手をしてくれる兄が主役だとかでちっとも構ってくれない。イライラが頂点に達した僕は会場を抜け出し城内に戻った。
まずは自分の部屋からおもちゃとゲームを持ち出し、庭の秘密の場所に隠した。それから姉の敷布も借りてきて、よく手入れされた草の上に広げておもちゃ達を並べる。
「よーし、これで隠れ場所の完成だ!」
遊ぶぞ、と勢い込んだところでお腹がなった。しまった、機嫌が悪すぎて会場で何も食べなかったんだった。まあ、軽食とお菓子しかなかったけど。
しばらく我慢していたけれど、空腹に耐えかねてまた城内に戻った。ヘンリックに見つからないようそーっと自室に入り、棚からバスケットを取り出す。
その時、フッと床に転がっているくまのぬいぐるみと目があった。
「……んー、君も僕と一緒に庭で遊ぶ?」
くまが頷いたような気がしてぬいぐるみを空のバスケットへ押し込んで、今度は厨房の隣の部屋へ忍び込む。この部屋には来客用の焼き菓子やケーキが保管されていることをこないだ知ったのだ。それらを手当たり次第にバスケットに詰め、入らなくなったぬいぐるみを空いた方の手で引きずりながら元の場所に戻る。
ビスケットをかじっていたら今度は喉が渇いた。お茶、はない。段取りの悪い自分を呪いながら仕方なく厨房へ行き、適当に理由をつけて水筒にお茶を詰めてもらった。
……こんなことなら最初から料理人に頼んでサンドイッチとか作って貰えばよかったな。
せっかく一人でこっそり楽しんで気を晴らそうと思ったのに、気分は逆にどんどん降下していて僕は敷布の上にうつ伏せに倒れ込んだ。
敷布の下から草がチクチクと刺してきて、ますます苛立ちが募っていく。
「姉上キライ。遊んでくれない兄上も今日はキライ」
誰も僕と遊んでくれない。ごろりと転がればちょうどくまのぬいぐるみと目があった。パッと飛び起きてそのふわふわの手を握る。
「そうだった、君と遊ぶんだった。お菓子食べる? ゲームしよっ?!」
ぬいぐるみ相手に一人芝居をしてみたもののつまらなすぎて直ぐに飽きた。
また寝っ転がってごろごろ草の上にはみ出して倒れていたら耳元の地面が振動した。
……誰か、きた?! 僕がいないことに気がついたヘンリックかロッテが探しにきた? いや、この足音は軽い。子供じゃないかな。一人、みたい。
寝そべったまま、じっと耳を澄ませて足音を分析する。更に様子を窺っていると、生け垣を透かして小さな人影が見えてきた。その影はパタン、という軽い振動とともに地面に倒れた。
……えっ、もしかして倒れたの?! 熱中症ってやつかな?
僕は勇気を振り絞って、静かに近づくと木の陰から様子を窺った。
……あ、目が開いてる。病気で倒れたんじゃないみたい。
ホッとすると同時に相手がはっきり視界に入ってきた。
女の子だ! ……ふわふわの灰色の髪。見たことない子だ。どうしよう、僕、城に来る女の子苦手なんだよね。だって僕のこと追いかけ回すし、自分の可愛さとか家柄自慢がうるさいし。
悩みながらそっと観察していると、その子は目を閉じて腕を空へと突き出した。その動きにつられて僕も上を向いた。
今日は曇り空で一面灰色だ。……ん? この色、どこかで見たような?
首をひねっていると女の子が目に入った。
あっ?! あの子、空と同じだ! そうか、あの子は雲の精霊なんだ。だって色もふわふわの感じもそっくりだもの。間違いない!
精霊を見るのは初めてで、どきどきわくわくしてきた僕は、気づかれて逃げられないよう慎重に慎重に近づいていった。
うわ。柔らかそうなほっぺ。まつげも空の雲と同じ灰色だ。目を閉じてるけど、きれいな顔。この精霊さんの目が開いて僕を見たらどんな反応をするかな。
わくわくが募って精霊さんの顔を覗き込んだ途端、僕の髪が大量に引っこ抜かれた。
痛ったあああっっい?!
■■
……痛い。でもまだ引っこ抜かれていないだけマシ、かな。
眼の前で熟睡している元精霊さんの手をそっと開いて固く握り締められた僕の髪の毛を救出する。妻はたまに眠りながら僕の髪を握ってくる。その痛みで目が覚める度に出会った時の痛みも思い出す。
「いっそ君が握れないくらいに短く切ってしまおうか、なんて思ったこともあるけれど」
妻のふわふわで灰色の髪の毛を人差し指に緩く巻き付けて唇を寄せる。
「あの痛みは僕の幸せの始まりで大事な思い出だからね、切らないよ」
愛してる、と言うのは彼女の目が覚めてからにしよう。
まだまだ暗い外の気配に妻を抱きしめ直して僕も目を閉じた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
割と活動的なちびリーン。コミカライズでは幼い二人が手を繋いで庭を回るシーンがあって、とてもかわいいです!さらに、話が進むと小説にはない場面も出てきます。素敵な絵に触発されて見たい場面をちゃっかり加筆させていただきました。




