コミカライズ開始記念 番外編 それぞれの昼休み
※学園時代のお話です。
にゃーん……
かさかさっという音とともに、植え込みから葉っぱをつけた長毛の白猫が現れた。
「あら、猫だわ。学園内にこんな子、いたかしら。お前、迷子なの?」
「まだ小さいわね。可愛い。お腹が空いているみたいだけど、私は何も持ってないの。ごめんなさい」
青い瞳をうるうるさせて見上げてくる猫へ、心の底からすまなさそうに謝るエミーリアを見て、アレクシアがポケットを探った。
「エミーリア、これをあげていいわよ」
「えっ、これ乾燥小魚じゃない。なんで持っているの?」
そう言って差し出されたものを目を丸くして見つめるエミーリアの手へ、小魚を強引に押しつけたアレクシアが胸を反らせた。
「もちろん、私が食べるために持ち歩いてるのよ。だって、私はもっと背を高くしたいのだもの! ギュンター様に相談したら『小魚と牛乳を毎日摂取するといい』って……だから、エミーリアは食べちゃダメよ? これ以上背が高くなったら羨ましすぎるから!」
なるほど、と納得したエミーリアは手のひらに乗せた小魚を恐る恐る猫に向かって差し出した。
猫はしばらく警戒していたが、余程に空腹だったのかあっという間にそれを平らげ、『ご馳走さま、もっと欲しいにゃ』というようにエミーリアの膝に乗り喉を鳴らし頭を擦りつけた。
アレクシアが渋々残りの小魚をやり、猫が食べ終わったところでエミーリアが濡らしたハンカチで汚れた部分を拭いた。
「……ほら、綺麗になった。お前はどこから来たのかしら、安心できる居場所はあるの?」
尋ねるエミーリアの膝に乗ったまま、猫は毛づくろいをして欠伸をした。
「あっ、この子、首輪をしてるわ。毛に埋まってたのね、庭師の猫ですって。なんだ、お前の家はここじゃない」
「そうだったのね、迷子じゃなくて良かった!猫ちゃん、せっかく綺麗な毛並みなんだから汚しちゃダメよ」
「猫はそんなこと気にしてないわよ。うーん、ふわふわで可愛いわね」
「本当に可愛い、ギュッと抱きしめても逃げないなんて最高だわ。ああ、柔らかくて温かくてくっついているとほっとするわ」
猫を抱きしめて頬ずりするエミーリアの側で、アレクシアがふっと周囲を見渡した。
「どこからか視線を感じるような……?」
エミーリアも慌てて辺りを確認し、首を傾げた。
「え? ……誰もいないわよ」
「気のせいだったのかしら?」
「まあ、建物から離れた庭とはいえ、学園内だもの誰か通りかかってもおかしくないわ」
「そうね。でもなんかこう、尋常じゃない気配だったのよねえ」
「えっ、怖いこと言わないでよ。猫ちゃんは何か感じた?」
「にゃー」
「なんにも感じてなさそうね」
アレクシアが小さく吹き出し、エミーリアも笑顔で頷いた。
その後、二人は午後の講義開始まで猫と戯れていた。
■■
エミーリアとアレクシアがいなくなった途端、がさがさっと植え込みの一部が動き、背の高い男が2人、にょきにょきっと生えた。
怯える猫をじっと視線だけで縫い止めたまま、淡いふわふわの金の髪の青年が黒髪の男へついっと手のひらを差し出した。
「ヘンリック、猫の餌頂戴」
「リーンハルト様、午後の講義は?」
「そんなことよりあの猫を直ぐに抱きしめないと。早く餌、頂戴」
急かされたヘンリックは無言でポケットから『猫用おやつ』を取り出し、リーンハルトの手のひらに乗せた。
おやつに釣られてまっしぐらに駆けてきた猫をガシッと抱き上げて頬ずりしたリーンハルトは、うっとりとその腹に顔を埋めて大きく吸った。
「エミーリアと間接抱っこ。温かくて柔らかくてなんて気持ちがいいんだろう……本物だったらもっと幸せなのに!」
「これが本物だったら、リーンハルト様は大量出血と高熱で死んでますよ。」
ヘンリックは猫を通して愛しい婚約者を抱きしめているつもりの主の姿から、そっと目を逸らして毒づいた。
「いつか、いつかきっと、アレを克服して思う存分本物のエミーリアを抱きしめるんだ!」
ムダに凛々しい顔で力強くそう宣言する主を見て、ヘンリックはこっそりと大きなため息をついた。それから、何かを思いついたように胸ポケットから懐中時計を取り出し確認した。
「リーンハルト様。午後の講義をサボるなら、城へ戻って会議に参加なさっては? 今から行けば丁度間に合います」
その提案に、リーンハルトは猫に埋めていた顔を歪ませた。
「何言ってるの。そんなことをしたら、兄上に次の会議も出席しろって言われるじゃないか。エミーリアを見る機会が減るなんて耐えられないよ」
「はあ……」
今現在、その大事な機会を自ら潰しているのでは? とヘンリックは突っ込みたかった。
だが、主がいつもは遠目に眺めることしか出来ない婚約者の温もりを感じる絶好の機会を見逃すはずがないということもわかっていた。それが、たとえモフモフ越しであっても……。
「あ……」
リーンハルトの絶望感に満ちた声にさっと目を向ければ、案の定、鼻から出血している。異変を感じた猫は彼の腕からするりと抜け出て、花壇の中へ消えていった。
「まさか、エミーリア嬢の触れた物でも発症するとは……なんと恐ろしい!」
もはや○では? と言いたいところをさすがに無礼かと口に出すのは控えたものの、顔にばっちりと出ていたようでハンカチから覗いている主の目が急速に冷えた。
「僕は絶対に諦めないよ。3年以内にこれを治してエミーリアと結婚してみせる」
そう言って主は静かに決意を漲らせているが、この様子では可能性は0に等しい。頭の中で次の婚約者の算段をしていたら、それもバレたようで血塗れのハンカチを投げつけられた。しれっと袋で受け取って片付ければ大変嫌な顔をされた。
「さて、講義に出席してこようっと。」
立ち上がって服の汚れを払い、気を取り直したように軽い口調で呟いたリーンハルトにヘンリックは目を瞬いた。
「今から、ですか?!」
「うん。猫も居なくなったし、これから放課後までひっそりとエミーリアを眺めてくる。ヘンリックは猫でも愛でてきたら?」
「……何のお話でしょう」
「僕が知らないとでも? お前、時々待機中に学園にいる猫達に会いに行ってるだろう。ということで、また放課後にね」
ポケット内に残っている『猫用おやつ』を握りしめ立ち尽くすヘンリックを置いて、リーンハルトは足取り軽くその場から去った。
数日後、愛するエミーリアから婚約破棄を願われることをリーンハルトはまだ知らない……。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
本日2024/12/28よりピッコマさんにてコミカライズ開始ということで、
懐かしい、学園時代の二人です。
一応、コミカライズしていただいた第一話を読んで書いたものですので、ちょっぴり内容がリンクしています。
どこかな…。