番外編 いつかの、未来6
※前回に引き続き、パトリック2歳くらいの設定です。
「あっ!」
俺は急いで周囲を見回して誰も見ていないことを確認した。
よし、気付かれないうちに隠しちゃおう。
そっと部屋を抜け出し人がいない所を抜けて庭へ出ると、近くの植え込みの陰へ全力で走った。
近くにある石を拾って穴を掘るが、なかなか望む大きさにならない。
急がなきゃ、早くしないと誰かに見つかって母上にバレちゃう。
泣きそうになってきたところで声を掛けられた。
「パット、ここにいたのね。探したのよ。・・・そこで何をしているの?」
恐る恐る振り返れば、そこにはさっきまで一緒に遊んでいたイザベルがいて、不審げな顔で俺の手元をじっと見ていた。
彼女は母の友人の子供で、俺と兄よりもうんと大きくてとっても優しい。今日みたいにうちに来てくれるといっぱい遊んでもらえるのが嬉しくてたまらない。
だけど、今は。今だけは、彼女に会いたくなかった。
「それ、エミィおば様の大事なライオンのぬいぐるみじゃない?!・・・うわあ、首が・・・千切れちゃってるの?」
気づかれた!俺は土で汚れた手でそれをぎゅっと抱きしめ、その場に立ち尽くした。
首に巻かれているスカーフが気になってちょっと、ちょっとだけ力を入れて引っ張っただけなのに、びりっという音がしてぬいぐるみの首が胴と離れてしまったんだ。
「おれ、わざとじゃないんだ!もうこれボロボロだから、それで破れちゃったんだ。」
そう言うと同時に、目からポロポロと涙がこぼれてきた。イザベルは困ったように眉を下げ俺の頭を撫でた。
「パット。だからといって、埋めて隠すのはいけないわ。ライオンも可哀そう。おば様ならきっとササッと直してくれるわよ。一緒に謝りに行きましょう?」
その言葉に涙が引っ込んだ。今、彼女はとても不思議なことを言った。
俺はじっと彼女の青い目を見つめながら首を傾げる。
「なんでイザベルが一緒に行ってくれるの?」
「パットは一人でおば様の所に行くのが怖いんでしょ?だから私が一緒に行って、貴方がちゃんと言えるよう横で応援するわ。」
図星をさされてカッと顔が熱くなった。
何故かわからないけれど、イザベルに怖がりだと思われるのはとても恥ずかしい!
俺は反射的に言い返した。
「おれ、怖くないよ!母上の所には一人で謝りに行く!・・・だからイザベルはおれについてきて後ろで見てて!」
「分かった、後ろで見てるわ。」
俺自ら宣言してしまったので、勇気をふり絞ってイザベルの母であるアレクシアおば様とお喋りしている母の所へ行き、ぬいぐるみを差し出し謝った。
母は無残なぬいぐるみを見て一瞬動きが止まったものの、直ぐににっこり笑って「大丈夫よ、もう随分傷んでいたものね。教えてくれてありがとう。後で直しておくわ。」と俺を抱きしめて言った。
よかった、母はもっと悲しむかと思っていた。
俺はホッとすると同時に、イザベルがどんな顔をしているか気になって後ろを振り返った。彼女はとても嬉しそうな顔でこちらを見ていて俺はなんだか心がふわふわした。
「イザベル、おれ、ちゃんと謝れたよ。」
彼女の所へ行って胸を張ったら、今度は勢いよく頭を撫でてくれた。
「ええ、見てたわ。パット、かっこよかったわよ。」
「やったー!」
一番嬉しい褒め言葉をイザベルから貰えた俺は思いっきり飛び上がった。
とっても嬉しい!
■■
「はい、どうぞ!」
子供達もそれぞれの寝室へ引き取り、夫婦2人だけになった途端、リーンが両手を広げて真顔で言った。
私は彼の意図がわからず、横に座って腕を広げたまま何かを待っているらしい彼を眺めていた。
「エミィ、おいで?」
「えっ?!私?」
そうだよ、と言うなりリーンの方が動いて私を腕の中におさめる。もうすっかり馴染んだここは、私が一番安心できる場所。
彼がいきなりこうした理由はわからないけれど、私は全身の力を抜いて彼へ寄りかかると目を閉じた。
「エミィ、今日の母親の時間は終わりだよ。今から君は僕の妻。大事な奥さん、僕が帰邸した時からずっと浮かない顔をしているけれど、何があったの?」
私は顔をあげないままでそっと眉をひそめた。
おかしい。そんな顔はしていなかったと思うのだけど。彼は私のどこを見てそう思ったの?もしかして皆に分かるくらいだった?まさか、パットにも気づかれていた?!
「私、そんなにバレバレだった?!」
「ん?いや、僕以外は気がついてないと思うよ。でも君、今日子供達と出迎えてくれた時に朝より輝きが2割程減ってたんだよね。で、疲れたのか体調が崩れかけているのか、と思って観察していたら、ふとした瞬間にじっと考えこんでいたからこれは何かあったなと。で、君は一体何を悩んでいるの?」
思わずぱかっと口を開けて夫を穴が開くほど見つめてしまった。
私の輝きってナニ?私の観察ってナニ?私が考えこんでたら何かあったって分かるのはなんで?
どこから突っ込めばいいのか、頭が停止状態に陥って呆然とリーンの目を見つめていたら、私の視界が回って眼前に天井と彼の薄っすら黒い笑顔が広がった。
「ええと・・・リーン?」
「夫の僕に言えないようなこと?」
笑顔だけど彼の目は真剣だ。私は慌てて両手を顔の前で振って否定する。
「まさか!・・・あのね、ライオンのエルの首がとれちゃったのよ。」
「え?それはまたどうして。」
今度は彼がぽかんと口を開けた。私は覆いかぶさってきている彼の腕をするりと抜けて、自室から首がとれて土で汚れたぬいぐるみを持ってきて見せた。
「うわあ、これはこれは。首がとれているのはともかく、泥まみれなのは何故?」
リーンが手の中の哀れなぬいぐるみをためつがめつしながら首を傾げる。私はため息をついて彼の隣に腰を下ろし、昼間あったことを話した。
「・・・私はパットにとって怖い母親なのかしら。」
「ああ、それが気になっていたんだ。うーん、埋めようとしたことは良くないけれど、多分パットは君が悲しむ顔を見たくなかったんじゃないかな。エミィ、大丈夫だよ。君は子供達を分け隔てなく慈しんで愛している母親で、子供達は君のことが大好きなんだ。」
私を抱き寄せて彼が慰めてくれる。私はぎゅっと彼の背に腕を回して顔を隠した。
アレクシアが言っていたけれど、母親に正解というものはないらしい。だから私はいつも子供達へ良くないことを言ったりしたりしてないか、不安で仕方ない。
特に自分の親と同じことをしてないか気になってしまう。
「ありがとう。リーン、もし私が母みたいに子供達を差別したり虐めたりしそうだったら、止めてね。」
「君はそんなことしないと思うけれど、気がついたら直ぐに言うよ。もちろん君も僕の子供達への対応がおかしいと思ったら遠慮なく言ってね。」
「リーンは優しくて強い私の理想の父親だもの、大丈夫よ。でも気になったら言うわ。」
よろしくね、と言いながらリーンが私の頭に優しくキスをした。
「それにしても、エルはもう布地も随分と傷んでしまってぼろぼろね。直したら子供の手が届かない所に置いておきましょう。」
エルは私の初めてのぬいぐるみだから、とてもとても大事な物だ。この子がいなかったら私はもっと辛い子供時代を過ごしていただろう。辛いことがあった夜は、ぎゅっと抱きしめて眠っていた。
その頃を思い出した私の目からぽろっと涙がこぼれた。その気配を察した彼の腕に力が籠もる。
「エルはずっと君の大事な友達だったんだよね。エミィ、僕はね、君に初めて贈るぬいぐるみはかわいいじゃなくて、君を守ってくれる強い生き物がいいと思ってライオンにしたんだ。彼はその役目を果たしてくれたかな?」
「ええ、十分に。私の話をいつも聞いてくれて一緒にいてくれたわ。」
「そうか、それは良かった。でももう引退だね。エル、お疲れ様。後は僕が引き受けたよ。エミィは僕が守るから安心して。」
その言葉に涙が止まらなくなった私はリーンにしがみついて大泣きしてしまった。
■■
オマケ〜数日後〜
「あ、ライオンのぬいぐるみが綺麗に直ってる!母上、ありがとう!」
「パット、ぬいぐるみは私の大事な物なの。大切に扱ってね。」
「はい!・・・でも、あの、その、ね。母上が作ってくれた、おれの犬のぬいぐるみの耳が千切れちゃったんだ。直してください!」
「・・・パット!」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
パットは多分自分で思っているより力が強いと思われます・・・。
現在、「私の婚約者が七つ年下の幼馴染に変わったら、親友が王子様と婚約しました。」という題で、パットとイザベルのお話を連載中です。
公爵夫妻も出てきますので、よろしかったら覗いて見てください。
題名上のシリーズ名からも行けます。