【番外編】公爵夫妻、街へ行く 後日談 後編
※翌日、城内にて
「補佐。そのポケットの中身はなんだ?」
「王太子殿下。これはクマですよ?見えません?眼科医呼びましょうか?」
「そうではなくて、何故、胸ポケットにハンカチーフと一緒にぬいぐるみが入っているのか、と尋ねているんだ!」
「これ、妻の手作りなんですよ!しかも彼女の髪と目の色でしょ。だから、彼女の代わりに一緒にいるんです。」
「え、それ、エミーリアの手作りなのか?!へえ。」
「ねー。かわいいでしょ?」
「出して見せてくれよ。」
「大事な物だから、お断りします。」
代わりに、と大量の書類を目の前に積んで行ったリーンハルトの背中を見送って、王太子はエミーリアに手紙を書くことに決めた。
残念ながら、王太子妃は裁縫の類が苦手だったので、自分と妻の分もぬいぐるみを作ってくれるように頼むつもりだ。
■■
※数カ月後、ぬいぐるみ店にて
「母ちゃん、あの手作りぬいぐるみセットがまた売り切れた。」
「おや、またかい。奥方様のおかげでよく売れるねえ。」
「奥方様のおかげというより、城内で堂々と身に着けているらしい坊っちゃん、いや、ご領主様のおかげじゃないかなあ。」
「オーナーなんだから宣伝するのは当たり前だろ。」
「どうも、夫婦や恋人同士でお互いの色のぬいぐるみを持つのが流行っているらしいよ。」
「売り上げが伸びて、うちとしてはありがたいこった。」
「奥方様提案の飾り類もよく売れてるしね。特注のスカーフも随分お気に召して下さっていたし。」
「追加注文も受けたんだっけ。お前、働き過ぎじゃないかい?」
「オーナーの提案で、一時的にぬいぐるみ制作を止めて輸入だけにしているから、大丈夫だよ。」
「そうかい。・・・おや、噂をすれば。」
からんっ
「こんにちは。」
そう声をかけて入ってきたのは噂の奥方様で、こちらに真っ直ぐやって来ると、鞄から例の自作のぬいぐるみを取り出しカウンターに乗せた。
「見て見てヴォルフ!私も作ってみたの。」
奥方様のクマはご領主様の色で、淡い金色地に薄青のリボンが首に巻いてある。
今日は更に紺地に金糸で刺繍された小さなチョッキを着せられていた。
ヴォルフは職人の性でその小さなぬいぐるみを目の高さまで持ち上げ、チョッキを丹念に眺めた。
・・・一生懸命、この小さな生地に刺繍する奥方様の姿が目に浮かぶような、努力の跡がうかがえるものだった。
出来はともかく、愛情はたっぷり込められている。坊っちゃん、こんなに想って貰えて幸せだなあ。
思わず、脳内で坊っちゃん呼びに戻ってしまったご領主様の嬉しそうな顔が再生された。
「このクマによく似合ってますね。」
心の底からそう感想を述べれば、奥方様がはにかんだ笑顔になった。
ちょっとこの辺ではお目にかかれない、その繊細な美しさに目が泳ぐ。
「オーナーには見せたのかい?」
横から全く身分などを気にしない母の店長が、ずけずけと聞けば、奥方様がこくりと頷いた。
「出来上がって一番に見せたわ。そうしたら自分のクマにも同じものが欲しいって言うのだけど、このチョッキはリーンの制服だから、私のクマが着るのは変じゃない?それで、どうしようかな、と思って相談にきたの。」
「だったら、奥方様のお気に入りのドレスに似たチョッキを作ればいいんじゃないかい?」
「それもいいが、ドレスの代わりならふわふわっとしたスカートでもかわいいかもしれませんよ。」
「スカート、いいわね。でも私は作れないわ。」
「代わりに作りましょうか?」
「そうね・・・ううん、やっぱり自分で作りたいから、教えて貰えるかしら?」
「もちろん。」
では材料を揃えて後日に、と約束したところで再びドアベルが鳴った。
「待ち人来たる、だね。」
母の声に目をやれば、きらびやかな姿のご領主様がいた。お城からそのまま来たらしく、奥方様お気に入りの紺地の制服姿だった。
なるほど、確かによく似合っておられる。
「ええっ、リーン?!なんで、ここに居るって分かったの?」
どうやら奥方様と待ち合わせていたわけではなかったらしい。
まあ、でもご領主様へのその質問は愚問だと思いますよ、奥方様。
「せっかく早く帰れたのに、君は街に行ったっていうから一刻も早く会いたくてそのまま来ちゃった。ただいま、エミィ。」
「おかえりなさい、リーン。」
夫のかわいらしい台詞を聞いた向かいの奥方様は、にっこり笑って夫を出迎えた。
それを受けたご領主様の顔は幸せにあふれている。
なるほど、お屋敷でもこんな風なやりとりをしてらっしゃるのだな。
「それではまた後日、おいでいただくのをお待ちしております。」
「ええ、よろしくね!」
このまま街を散策するというお2人を見送りに店の外へ出ると、妙に店の前の道を歩く人が多いように感じた。なんなら、立ち止まって何かを待っている人も多いような・・・?
「あ、ご領主様が出てきたよ!ママ、あれが奥方様が大好きなお洋服なの?本当にきれいだね!」
小さな女の子の大きな叫び声に、周囲が静まり返った。
女の子は明らかに、ご領主様を指差しており、周囲の人々もそれを見に集まっていることを俺は察した。
一番知られたくなかったであろう相手にそれがバレてしまった奥方様は、ご領主様の横でとんでもなく真っ赤になって固まっている。
ご領主様の方は、最初何を言われたか理解出来なかったようで、なんの事?と側のミアに尋ねた。
もう泣きそうな表情で恥ずかしさに打ち震えている奥方様をちらりと見たミアは、迷いつつも口を開いた。
「旦那様、奥様はその服をお召しになっている旦那様を大変かっこいいと思っていると、先日ここで話したので皆それを見に来たんだと思います。」
ミアのどストレートな説明に奥様の魂が抜け、物見高く見に来ていた人々もやや気まずげに視線をずらしている。
自分の発言で周囲が微妙な空気になったのを感じて、慌てたミアが更にダメ押しをした。
「奥様は最近、紺地に金糸刺繍がお気に入りでお持ちのぬいぐるみ達にアレコレつけてますもんね!こんなに好かれてて良かったですね、旦那様!」
やっと自分の着ている服が紺地に金糸刺繍で、奥様のクマのチョッキやライオンのスカーフがそれを模していることにようやく気づいたご領主様も、みるみるうちに赤くなった。
「ご領主夫妻の仲が良くて、この街も安泰だね。」
いつの間にか出てきていた母が、大声で言い、それをきっかけに街の人々もお2人を口々に冷やかす。
・・・本当に、平和だなあ。
■■
※後日城内にて
「あ、クマが服を着てるじゃないか。」
「これ、エミィのお気に入りのドレスとお揃いなんですよ。ひらひらがかわいいからポケットは止めて、机に飾ることにしたんです。」
「ふーん。」
「王太子殿下、今度は僕の妻じゃなくてぬいぐるみ店の方に発注してくださいね?」
「分かった・・・。」
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オマケ〜いつかの、未来〜
「お父様、このクマかわいいわね。でも、随分と草臥れてる。曰く付きかしら?」
「それは結婚してすぐの時に、エミィがペアで作ってくれたぬいぐるみなんだ。」
「お母様が?へえ、やっぱり最初は縫い目が拙いわね。今とは大違い。」
「そりゃ、彼女があれからいくつ作ったと思ってるの。この屋敷の皆に、友人知人とその子供達、君達の分・・・」
「そんなに?!さすが、お母様。そうだ、私もお母様に教えて貰って好きな人に作って渡そうっと。」
「えっ?!ちょっと待って、どこの誰?ねえ、父にだけ教えてよ!」
「内緒ー!」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
最後に未来編が入っているのが、この時系列に書いたおまけといいますか。




