【番外編】公爵夫妻、街へ行く 後日談 中編
※エミーリア視点
「奥様、お時間が。」
ミアに言われて慌てた私は入口の人垣をかいくぐり、手芸店に飛び込んで目当てのリボンを買った。
「あら、奥方様。ご領主様と奥方様の目の色ですね!ご領主様に何かプレゼントするのですか?」
会計時に店主の娘さんにあっさりと看破されて更にいたたまれなくなった私は、口の中だけでそうなのとかなんとかゴニョゴニョと言って店を飛び出した。
馬車が待っている場所までミアと並んで早足で歩きながら、ふといつもなら横にリーンがいるのに、と彼のことを思い出した。
帰ったら彼に今日あったことを色々話して、出来上がったクマを見せてプレゼントしたい。
彼はクマが私達の色であることに気がつくだろうか?
私の色のクマをあげたいけれど、灰色と灰色で地味すぎて面白くないから淡い金色と薄青の方にしようかな、と考えて重大な事に気がついた。
それを確認するべく、恐る恐るミアに尋ねる。
「ねえ、ミア。」
「何ですか?奥様。」
「あの・・・よく考えれば、リーンはぬいぐるみが好きじゃないわよね。」
ミアは片手を頬に当てて小首を傾げ、同意した。
「そうですね。旦那様はぬいぐるみはお好きではないと思います。でも・・・」
「やっぱり、そうよね!気がついてよかったわ。ありがとう、ミア。」
私は自分の考えをミアから裏付けられたことで頭がいっぱいになり、彼女が続けて何か言おうとしていたことに気がつかなかった。
「ぬいぐるみが好きじゃない彼に、私が作ったからってあげるのは押し付けになるところだったわ。クマ達は私の机にでも飾りましょ。そうよ、離れ離れになるよりその方がいいわ。」
その時、丁度馬車の所に着いた。私は明るく声に出して自分に言い聞かせ、さっさと乗り込んだ。
自分で決めたことなのになんだか心が軋んで痛い気がするけど、それは無視する。
どう考えても、リーンにぬいぐるみは似合わないし、私だって興味のない物をもらってもそんなに嬉しくない、と思うから。
■■
「エミィ、今日街に行ったんだって?」
夕食後、居間に移動した途端、リーンが聞いてきた。
今まではどこに行くにも彼と一緒で、私1人が突然の思いつきで出かけることはなかったから、何をしてきたか気になるに違いない。
本当ならここであのクマ達を見せて、今日あったことを楽しく話すべきだったのに、何故か私はそれが出来なかった。
その場で立ち止まり、どう返事をしようかと目を泳がせる。
「ええと、急に欲しい物ができたから、それでぱっと行って買ってきたの。私が使う物で、リーンには関係無い物だから。」
どうしても嘘はつけなかったので、曖昧に言ってお茶を濁してなんとかこの場を逃げきろうとしたが、リーンはそれをさせてくれなかった。
ソファに座らず突っ立ったまま、挙動不審な私の側へ来ると、逃げられないようにぎゅっと抱きしめ耳元でささやいてきた。
「ぬいぐるみにつけるリボン、だよね。」
驚きのあまりばっと顔を上げた私の頭を華麗に避けつつ、彼がすかさずキスをしてきた。が、私はそんなことに構う余裕もなく、ひたすらびっくりしていた。
「エミィ、そんなに驚かないでよ。実は君が外出した時は護衛から報告を受けるんだ。普段は行き先を確認するくらいなんだけど、今日は初めて君が一人で動いたものだから、何をしたか気になって聞いたんだ。彼らを怒らないでね、これが仕事なのだから。」
私はなるほどと頷きつつ、最もな疑問を返した。
「知ってるのに、なんで聞いたの?」
「そりゃ、君の口から聞きたかったからに決まってるでしょ。行動記録みたいな味気ないものじゃなくて、街での買い物をした君がどう考えて何をして、どう思ったか。またそれを話してくれる君がくるくる表情を変える可愛らしい様子も楽しみたかったんだけど。」
そこで言葉を切った彼が私の目を覗き込んできた。薄青の透きとおった瞳に不安が滲んでいるような?
「で、僕に言えなかった理由は何?君がぬいぐるみのことで僕に隠し事をする必要は全くないはずだよね?」
笑顔が消えて、彼の目が真剣になる。
「僕は知らない内にぬいぐるみのことで、何か君を傷つけるようなことを言った?もしそうなら遠慮なく言って欲しい。君が許してくれるまで謝るから。」
その台詞で彼がとんでもない勘違いをしていることが分かって、私は慌てた。
「違うっ!貴方は私を傷つけることなんて何1つ言ってないから!」
「じゃあ、何故・・・」
「だって、リーンはぬいぐるみが好きじゃないでしょう?だから、あげたら迷惑かもって思ったら、その話も出来なくなっちゃっただけなのよ・・・。」
あっという間に本当のことを白状させられて、私は両手で顔を覆って落ち込んだ。
私がうまく誤魔化せなかったばっかりに、彼に無駄な心労をかけてしまった。もう、本当に情けない・・・!
耳元で大きな安堵のため息が聞こえて、身体がふわりと宙に浮いた。
私を抱き上げたまま側のソファに腰を下ろしたリーンが、またぎゅっと抱きしめてきた。
最近こうやって私を膝に乗せることが彼のお気に入りだけど、私はこの体勢にまだまだ慣れなくて落ち着かない。
「あの、この体勢は恥ずかしいので離れてもいいかしら?」
「大丈夫、ここに居るのは僕達だけだから気にしないでいいよ。」
顔を覆ったまま願うも、即座に却下された。
・・・何も大丈夫じゃないわ、私の心臓が持たないのよ!
「そうだ。リーン、貴方に見せたいものがあるから取ってくるわね!」
そこで私は逃げる口実を見つけて急いで彼の膝から飛び降りた。
もうバレちゃったんだからクマのぬいぐるみを見せよう。
「これ、初めて一緒に街に行ったときに買ったの。自分で作れるセットで私が縫ったからちょっと歪だけど、かわいいでしょ?この子達にリボンをつけたらもっとかわいくなるってミアが提案してくれて、それで買いに行ったのよ。」
クマ達をリーンに見せて説明しながら、それぞれの首に買ってきたリボンを結んで完成させた。
横にぴったりとくっついて私の手元を覗き込んでいる彼は目を丸くしている。
「えっ、これエミィが作ったの?!」
「縫っただけよ。」
「それでもすごいよ。それに、色が僕達みたいだ。この君の色のクマ、欲しいなあ。」
「リーンがぬいぐるみを欲しがると思わなかったんだけど。」
色に気がついてもらえた上に、欲しいと言われて嬉しかったのに、ちょっと憎まれ口をたたいてしまった。
そして、私は本当はこうやってクマのことでリーンとお喋りがしたかったんだと気がついた。
それが叶えられて幸せな気持ちを噛み締めながら、彼の手のひらに灰色のクマを乗せる。
「はい、どうぞ。大事にしてね。」
「もちろん、どこにでも持っていくよ。」
「いえ、それはどうかと。貴方の部屋にでも飾ってくれたらそれでいいの。」
「ううん、仕事に行く時、いつも寂しいから連れてく。エミィ、確かに僕はぬいぐるみ自体はそれほど好きというわけではないけど、君が僕のために作ってくれたこのぬいぐるみは宝物だよ。それに僕が君との思い出のクマのぬいぐるみを持っていることを忘れたの?」
そういわれて、一体だけ大事に部屋に飾っていたことを思い出した。
「僕は君がくれるものなら何でも嬉しいんだ。だから、遠慮なく君が作った物は頂戴。大事にするから。」
「ありがとう。そう言ってもらえることが嬉しい。このクマ達を作ってよかった。」