6.【番外編】5歳の婚約
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侯爵家では、まさか、姉ではなく妹の方に先に婚約の話が来るとは思っていなかったので大変驚き、しかも相手がまだ5歳の第2王子だったため大混乱した。
エミーリア本人に聞いても、第2王子なんて知らないと言う。
一体どうしてこんな話が出てきたのか、誰にもわからなかった。
王家としても侯爵令嬢とはいえ、エミーリアは頭の片隅にも無かった相手なので、断ってくれて構わないという雰囲気をバリバリ出している。
「もったいない話だが、エミーリアも乗り気ではないし、お断りしようか。」
そういう
空気を読んだノルトライン侯爵が決断しかけた時、夫人が口を挟んだ。
「ねえ、あなた、第2王子とはいえ、王族との縁を結べるのよ。エミーリアが乗り気でないなら、フィーネはどうかしら?少し年上だけれど、フィーネは私に似て美人だからきっと殿下もお気に召すと思うの。」
侯爵はしばし考えた。
「うーん、そうだな。じゃあ、二人を連れて殿下に会いに行けるか聞いてみるか。」
「エミーリアも連れて行くの?」
「当たり前だろう。第2王子殿下が望まれているのはあの娘なんだから、いないと話にならないだろうが?」
そうして、僕にとっては待望の2度目の対面が実現した。
当日、僕の緊張が頂点に達する頃、エミーリアと姉のフィーネ嬢が父親のノルトライン侯爵に連れられて部屋に入って来た。
1年ぶりの彼女は少し大きくなっていたけど、気の強そうな灰色の瞳は健在だった。
今日は濃い青のリボンで髪を2つに結び、同じ色のシンプルなドレスを着ている。
横にいる姉は淡いピンクのレースたっぷりのドレスを着てそれがよく似合っているが、僕の目にはエミーリアのすっきりした佇まいがとても好ましく映った。
1年ぶりに会えた喜びに思わず駆け寄りたくなって踵まで浮かせたけれど、まず国王である父に挨拶する彼女達を見てぐっと我慢する。
ここで、お行儀が悪いと彼女に思われたら大変だ。
僕は彼女達がこちらに来るのをひたすら待っていた。
緊張のあまり、心臓の音が耳元で聞こえるまでになったその時、
「リーン?あなたが第2王子さまだったの?」
エミーリアの声が聞こえた。
「エミーリア、僕のこと覚えててくれたの?!嬉しい!」
この1年、想い続けた彼女が僕の前にいる。しかも、僕のことを覚えていてくれた。
そのことが嬉しくて、挨拶も何もかもすっ飛ばして、本題に入ってしまった。
「僕を君の婚約者に選んでくれる?!」
周りの大人たちが息を呑んだ。
僕が選ぶ側だと思っていたのだろう。
エミーリアは目をぱちくりさせてこちらを見ている。
「こんやくしゃって何か、あなたわかったの?」
「うん。兄上に聞いたの。大人になってもずっと一緒にいる約束をした人のことなんだって。僕は女の子一人、君は男の子一人だけ選べるんだって。僕は、君とずっと一緒にいたいから、僕を君の婚約者に選んで欲しいのだけど、だめ?」
エミーリアは困った顔で必死で説明する僕を見た。
「私、あなたのことまだよく知らないし・・・。大人になってからの話なんて考えたこともないし・・・。」
それを聞いた僕は泣きそうになった。それは、婚約者にはなってもらえないということか。
「今までに会ったことがある男の子とうちのリーンを比べて、好きな方を選べばいいと思うわ。」
突然、好奇心だけでついてきていた姉のメラニーが、エミーリアにとんでもないアドバイスをした。
「わかりました。王女さま、ありがとうございます。私、考えてみます。」
姉に唆されたエミーリアが放ったその台詞は、僕を恐怖のどん底に突き落とした。
誰か知らないその子達に負けたら、婚約者になってもらえない!
親たちの様子からして、今日ここで決められなければ、エミーリアとこの先一緒にいられることはない。
少ない経験値しかないが、頭をフル回転させてなんとかできないか、考える。
そうだ、と思いついてエミーリアの手を取ると、彼女を引っ張って部屋を出た。
「ちょっと、どこに行くの?」
「僕の部屋にきて!」
部屋につくと、おもちゃの所に案内する。彼女はたくさんのぬいぐるみに一瞬、目を輝かせた。
「このぬいぐるみ、全部あげるから、婚約者になってくれる?」
それを聞いたエミーリアは嬉しそうな顔をしたが、すぐに真面目な顔になって、腕を組んだ。
「それ、ばいしゅうっていうのよ?」
「ばいしゅうってなに?」
「お金や物で言うことを聞かせる悪いことだって、お父さまが言っていたわ。」
悪いことをしていると言われて、僕の心は飛び跳ねた。そんなつもりは全くなかったのに、悪いことだと言われて頭が真っ白になる。
僕はただ、彼女に喜んでもらいたかっただけなのに。
慌ててばいしゅうとやらじゃなくて、これは僕の気持ちだと説明しようと試みる。
「これは僕から君への贈り物なの。言うことをきかせるためじゃないの。プレゼントもばいしゅうなの?」
「・・・だって、私あなたにプレゼントしてもらう理由なんてないわ。」
「婚約者にはいくらでもプレゼントを贈っていいって姉上が言ってたから、大丈夫。」
「そうなの?でも、私まだあなたのこんやくしゃじゃないわ。」
僕は必死に頭をひねった。
考えろ、考えろ、今ここでつかまえないと彼女は他の子の婚約者になっちゃうぞ。
「僕が婚約者になったら、君は自由だよ!僕、君の嫌がることはしないし、君が何してもどんな格好でも怒らないし、嫌いにならないって約束する!」
その台詞にエミーリアの心が動いたようだった。
彼女は僕の目をまっすぐ見つめて、聞いた。
「それ、本当?お母さまみたいに、私のこと怒らない?この髪や目の色が嫌だって言わない?私に似合わなくてもぬいぐるみくれる?」
彼女の目に縋るような色が浮かんでいた。僕は安心させてあげたくて、必死に言葉を紡いだ。
「僕は君の髪と目の色が大好きだから、嫌いになんて絶対にならない。君にぬいぐるみが似合わないなんて思ってないから、いくらでも贈るよ。だから、お願い、僕の婚約者になってください。」
「わかった。私、あなたのこんやくしゃになる。だから、絶対に嫌いにならないって約束してくれる?」
「うん、約束するよ。君が大人になってもずっと一緒にいてくれるなら。」
いつの間にかエミーリアはぽろぽろ涙をこぼしていたので、僕は早速、婚約者としてハンカチで拭いてあげた。
「リーンハルトの婚約者はエミーリア嬢に決まり、のようだな。」
そう声がして、振り向くとそこには父上達がいた。
扉の向こうからは憎き姉やノルトライン侯爵、フィーネ嬢、対面の場にいなかったはずの僕の兄まで覗いていた。
「結局、1番下のお前に1番早く婚約者が決まったな。」
フェリクス兄上が羨ましそうに言った。
彼は1年前の誕生会で1人に決められず、悩んでいた所に他国からもいくつか話が来て、さらに悩んでいるところだった。
メラニー姉上もまた、候補者を選出しているところで、まだ決まってはいない。
「リーンだけ自分の希望が通るなんてずるいわよ!」
姉上の叫びにエミーリアがびくっとする。僕は急いで彼女と手を繋いだ。
「メラニー、お前もリーンくらい惚れた相手を見つけて掴まえて来れば、認めるぞ?」
父上が真面目な顔でそう言うと、姉はぐっと黙った。
「ほれたってなんですか?」
そのやり取りを聞いていたエミーリアが父上に尋ねた。
慌てて止めようとする侯爵を手で制して、父上は優しい笑みを浮かべ、彼女に返事をする。
「エミーリア、惚れたというのは、相手を好きになるということだよ。リーンはね、君のことが好きで好きで仕方なくて、この1年、私達に君との婚約を認めさせるために、苦手なことも頑張ってきたんだよ。今すぐ、君に同じだけの気持ちを求めようとは思わないけれど、彼のその気持ちは知っていておくれ。」
「わかりました。陛下、私もきっとリーンのことが好きだと思います。」
エミーリアは神妙な顔をして父上に頷くと、僕の方を見て言った。
その台詞に僕の顔は真っ赤になった。
向こうの方で、侯爵が感涙している。
フィーネ嬢もなんだか嬉しそうにエミーリアを見ていた。
・・・そういえば、なんで彼女はエミーリアと一緒にここに来たのだろうか。
その夜、頭を使いすぎたためか、僕は高熱を出した。
それが、悪夢の始まりだった。
以降、婚約者だからと勢いこんでエミーリアに会いに行くたびに熱を出したので、なかなか会わせてもらえなくなった。
さらに2年後、彼女の祖母が亡くなると同時に、母親との関係を心配した祖父が彼女を連れて遠い領地に引っ込んでしまったのだ。
それから彼女が王都に戻ってくるまで5年間、僕達は手紙のやり取りしかできなかった。
しかも、手紙の内容はチェックされるので、年頃を迎えていた僕達は、なかなか素直な気持ちがかけず、段々書くことが他人行儀にぎこちなくなっていった。
そして、5年ぶりに会った彼女は、なんだか以前より明るくなってさらに美しくなっていたが、同時に僕に対しては他人行儀になっていた。
「リーンハルト様、お久しぶりです。」
でも、彼女の変わらない笑顔を見た僕は、会いたい気持ちが溜まりすぎていたのか、ついに鼻血を出すようになってしまい、現在に至る。
本当にこの体質をなんとか治したいと日々真剣に悩んでいる。
ここまで読んでいただきありがとうございます。リーンは無事、婚約を果たしました。次から18歳の2人に戻ります。
8/17 早速誤字脱字報告していただき、ありがとうございます!直しました!