続編 最終章開始記念 【番外編】いつかの、未来4−5
※リーンハルト視点
「おかえりなさい!」
玄関の扉の外で、我々の帰りを今か今かと待ち望んでいた娘のディートリントが妻のエミーリアに飛びついた。
エミーリアも嬉しそうに娘を抱きしめて頬ずりしている。
「ディー、心配かけてごめんなさい。」
「ううん、お母さまとパット兄さまが無事に帰って来てよかった。お母さま、お怪我の具合はどう?ミアがお医者さんを呼んでたから不安だったの。」
「ええ、かすり傷だから大丈夫よ。ありがとう、ディー。」
「居間でお医者さんが待ってるから、お母さまは早く診てもらって!」
そのまま娘はグイグイとエミーリアを引っ張って屋敷の中に消えて行った。
「ディーは母上しか眼中になかったね。」
「エミィは怪我してるから。」
「俺は一応無事を喜んでもらえたっぽい。」
男3人でディーに相手にされなかった残念会を開いていたら、エミーリアを医者の所へ送り届けた彼女が戻って来た。
「お父さま、テオ兄さま、約束を守ってくれてありがとう!」
次に僕に抱きついてくれた娘が可愛くてたまらなくてすかさず抱き上げる。
「うん、父はディーとの約束をしっかり守って2人を無事に連れて帰ってきたよ。ディーもちゃんと屋敷で待っててくれてありがとう。」
「ディーはお留守番も出来るのよ!」
「うん、頼りになるね。」
長男次男が彼女と話をしたそうにこっちを見ているので、ふわふわの金の髪をひと撫でして彼らの前に下ろした。
そうすればもう僕のことは放って、兄妹で今日のことを賑やかに喋り始めた。
僕はその幸福な情景をしばらく眺めてから、妻の様子を見に行った。
「深くないので2、3日で傷口は塞がると思いますよ。浅手で済んで本当に良かったですね。奥様が斬られたと呼び出されて、本当に驚きましたよ。」
「ええ、私もよ。まさかピクニックに行ってあんなことになるなんて思わなかったもの。」
エミーリアはくるくると包帯を巻いてもらいながら馴染みの医者と話し込んでいた。
「では、エミーリアは4日間大人しく養生してるんだね。」
「それがよろしゅうございます。」
「え、多くない?」
2人の会話に参加すれば、医者は頷き、妻は不服そうに僕を見上げてきた。
夕食後、居間で家族揃って寛いでいたら、娘が突然手を上げて宣言した。
「ディーも剣術を習いたいです!」
次男はいいね、一緒にやろうと喜び、長男は読んでいた本の影からどうするの?と僕の方を窺い、妻は私も!とすかさず手を上げた。
せっかく家族揃ってのピクニックだったのに、最近国が追っていた密売組織の取引に巻き込まれ、母親が怪我をするというとんでもない終わり方をしたことで、娘も思うところがあったのだろう。
彼女が剣術の稽古をすることは僕も考えていたから否やはない。が、もう1人の方はどうしようか・・・。
「ではディーは明日からパットと一緒に剣術の稽古をしようか。」
「お父さま、本当?!やったあ!」
嬉しそうにバンザイをする娘の可愛さに思わず頬が緩む。
「エミィは・・・今は傷を治すことに専念しようね?」
「それはそうね。」
隣の妻を見つめて言い聞かせるように言えば、残念そうな表情をしたものの、素直に承諾してくれた。
僕がよかったと胸を撫で下ろしたところで、じゃあ、治ったら参加してもいいのよね?と小首を傾げて僕の顔を覗き込むようにして尋ねてくる。
僕はその可愛らしさに、断る言葉が出せず目を彷徨わせた。
「母上は伯母上から体術を習っているから、剣術まではいらないんじゃない?」
僕が妻に負けそうになっていると見て取った長男がすかさず掩護してくれる。
「そうだよ、どっちもをするよりエミィは体術の方に専念したほうがいいと思うな。」
「そういえば、団長も貴方も前に一度教えてくれたっきりだったわね?」
妻がジトっとこちらを見る。僕は気持ち後ろに仰け反る。
正直なところ、彼女に剣術を教えたくない。以前、少し教えた時にかなり怖い思いをしたからだ。
何故か彼女に剣を持たせたら、高確率で自分に向いてしまうのだ。
ちょうど一緒に習っていて、それを目撃していた長男も全力で母が剣術を習うことを阻止するつもりらしく、さらに援護射撃してくれた。
「母上はまず体術の方を極めてからのほうがいいと思うよ。どっちも半端よりいいでしょ?」
「そうねえ。でも、体術はお城まで行かなきゃいけないけど、剣術ならここで習えるでしょ?剣術の方にしたほうがいいと思うのよね。」
「母上は剣を持ち歩かないでしょ?ディーだって体力作りとしてうちでできる剣術から始めて、いずれ体術も身につけたほうがいいと思うしね。母上はもう実践で使える体術のほうが、ね?」
長男のもっともな説明に妻がなるほどと頷いた。
さすが、テオ!
子供達がそれぞれの寝室に引き上げ、妻と2人になった。
「ディーみたいに私も小さい頃から色々身につけられていたら、貴方にこんなに苦労を掛けずに済んだかもしれないわね。」
珍しくエミーリアが僕に甘えるようにもたれかかってきて呟いた。今日のことがかなり堪えているのかな。
そのまま彼女をひざに乗せてぎゅっと抱きしめた。
子供達を抱きしめるのもいいけど、僕はやっぱり彼女を抱きしめている時が一番幸せ。
「そんなこと考えなくても大丈夫。エミィは結婚してから乗馬や体術、音楽、色々習って身につけてきたじゃないか。もちろんまだ剣術以外でやりたいことがあるなら、今からやってみればいいし。」
彼女がふふっと笑う。
「剣術以外、なのね。」
「うん。子供達の前では言えなかったけれど、僕は君が刃物を持って怪我をするのが怖い。できる限り危険から遠ざけたいんだ。」
「ディーはいいの?」
「彼女は、いずれ僕の元を離れていくからね。今できる限りのことを身に着けさせてどこでも生きられるようにしておいてあげたい。それは息子達も同じだよ。テオだって、もしかしたらこの家を継がずにどこかへ行くかもしれない。」
それを聞いたエミーリアが、だんだんと寂しそうな顔になった。その表情に僕の心がきゅっとなる。
だから慰めるように優しく口付けて続けた。
「でも僕は君の側にずっといるし、君は僕の側にずっといる。僕が君を一生愛して、守って、大事にするから君は剣を握らないでくれる?」
いつものように真っ赤になるかと思った彼女は、照れながらも安心したように微笑んで僕の胸の中で頷いてくれた。
■■
おまけ〜公爵夫人の攻撃〜
「ところで、父上。パットには短剣、母上には何を渡したの?まさか、母上に武器は渡さないでしょ?」
「そりゃ、エミィに武器なんて、うっかり自分を傷つけそうで危険過ぎるでしょ。」
「でも、パットが母上もあいつらに何か反撃してたって・・・」
「うん、まあ、だから、うっかり彼女が自分に向けちゃっても安全なものということで、胡椒と唐辛子の粉を詰めた物をね。」
「え。母上は上手くそれをあいつらにぶつけられたの?」
「そうみたいだよ。くしゃみが凄かったと得意気に話してくれたから。」
「母上にはかからなかったの?」
「多少は被ったんじゃないかな。目が赤かったし。だから次はもっと改良するか、他の何かを考えないと。」
「え、次?」
「エミィがまた家族で出掛けたいって言ってるんだよね・・・。」
「・・・そうなんだ。母上ってタフだよね・・・。」
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
もし、もう少しリーンとエミーリアの話を読んでもいいな、と思われましたら続編「溺愛されすぎ公爵夫人の日常」がございます。
内容は二人の結婚生活で、「いつかの、未来」へつながる話となっておりますので、よろしければ覗いてやってください。
しばらくの間、全方位から感想を受け付けてみたいと思います。一言でいいのでよかったら何か叫んでいってもらえたら嬉しいです。