続編 最終章開始記念 【番外編】いつかの、未来4−4
※長男 テオドール視点
「兄上、この木に登ろう!」
泣いていたはずの弟のパトリックが、上を指差して言った。
父達が向かった、母と悪い奴らがいる場所がよく見えるらしい。
さっきからその方向が非常に騒がしいから気になるんだろうな。
「うわあああああっ!やっぱりハーフェルト公爵が出たああ!」
「なんでこんなに騎士がいるんだよ!」
「やっぱり公爵夫人は疫病神だあああっ」
「もうお終いだあっ!」
・・・叫んでいるのは主に悪人達っぽいけどね。
父の前で母を『疫病神』呼ばわりするとは凄い勇気だ。彼は間違いなく、これから先、この国で商売することはできないだろう。
■■
僕達は母の影響で小さい頃から、よく木登りをしていたので、これくらいの木は直ぐに登れる。
僕も聞こえてくる騒ぎから様子が気になっていたから、弟に従って2人で高い枝まで上がって並んで座った。
「あ、見て兄上!母上だ!よかった、元気そう。」
「いや、腕に怪我をしてるみたい。護衛が手当してるよ。」
「えっ・・・本当だ。大丈夫かな。」
「そんなにひどくはないんじゃない?父上が側にいないもの。多分、母上の傷は軽くて、傷つけた男を捕まえることを優先したんじゃないかな。」
奥の方でうちの騎士がボロボロになった男を縄で縛っているのが見える。拘束不要なくらいやられているから、多分あれが母に怪我させた男なんだろう。
弟が言うには奴等は母を殺すつもりだったらしい。あの男が今生きているということは、父の理性がまだぎりぎり残っていることの証明だ。じゃなきゃ、あの場にいる者は全て皆殺しになってるよ。
男達と同じくらいの数の騎士達が戦っている中でも父は目立っていた。手にした剣で次々に相手を叩き伏せている。
身体中から怒りのオーラが立ち上っているように見えるあの父とは、絶対にやり合いたくない。
「凄い!兄上、見た?!父上の今の動き!うわあ、あの体勢から後ろのやつも倒したよ!やっぱり父上は上手いなあ。」
「うわっ痛そう。あの斬られ方は死なないけど嫌だなあ。あ、あの城の騎士も上手いね。」
等々、弟の実況が止まらない。
母の無事を確認して安心したのか、弟は興味がある剣技の方に意識がいってしまったらしい。
父や騎士達が本気で剣を振るうところなんて滅多に見られるもんじゃないから、気持ちは分からなくもない。
僕はというと、剣術はそこまで好きじゃないし、最近では弟にも3回に1回は負ける。
今回、父はそれまでの方針を転換して、母と弟にそれぞれ連絡手段の煙玉と襲われた際に戦える道具を渡したと言っていた。
『僕が守りたいのはやまやまだけど、もう2人には自分の身を自分で守ってもらって、時間稼ぎが出来るようにした方がいい気がするんだ・・・。』
そう言って、自分の不甲斐なさに落ち込んでいた父を思い出す。
「ねえ、パット。君は父上から何の道具を渡されたの?」
「え、あのね、俺は煙が出る玉とこれ、短剣。」
弟が嬉しそうに腰から外して見せてくれたそれを見て僕は目を見開いた。
「パット、これ紋章入りだ。しかも、うちの家宝の短剣で一番いいやつじゃない?」
「え、父上が『よく切れるから遊びで使っちゃだめだよ。』ってくれたんだけど。」
「え、貸すんじゃなくてくれるって?」
「うん。あげるから大事にしてねって渡された。あと何かの時に身分証明にも使えて便利だよって。」
父上・・・そりゃ身分証明になるし、名刀だからよく切れるけどさ、家宝の短剣を8歳の息子にあげちゃって良いの?
母上と僕は嫌でも髪の色が身分証明になるけど、弟は父を知らない人から見たらどこの子か分からない、からかな。
いずれ妹のディートリントにも紋章入りの何か身に着けさせるんだろうな。・・・家宝の宝飾類かな。
いや、待って。母が時々髪につけてるサファイアの髪飾りがうちの最高の家宝なんだっけ?
アレ、もう代替品がない国宝級という恐ろしい代物なのに母は割と気軽に使ってるよね。
ということは、僕も既に何か家宝もらってそうだな。帰ってちょっと探してみよう。去年もらった万年筆か、一昨年のタイピンか、まさか机の上の小箱とか・・・?
ていうか、うち家宝多すぎない?歴史が古いとこってそんなもんなの?
「あ、兄上!終わったみたい。父上が母上の所に行ったよ!」
弟が急に僕の袖を引っ張って騒ぐから、木が揺れて僕は慌てて幹にしがみついた。弟は僕にしがみついていたけど、それは落ちた時に道連れになるだけだよ?
「もう、気をつけてよ。」
「ごめんね。でもほら、父上が母上を抱きしめてるよ。俺達ももう行っても大丈夫じゃない?」
「そうだね。行く?」
「行く!」
言うなり、弟は僕を置いて降りていった。速い・・・。
■■
木から降りて一目散に両親の所へ走って行った弟は、笑顔で迎えてくれた母の前で立ち止まると恐る恐る傷を見上げた。
「母上、痛い?」
「パット!テオ!無事でよかったわ。この怪我?全然痛くないわよ、大丈夫!」
「本当?よかった。じゃあ、帰りも一緒に馬で帰れるね!行きと同じで俺の横を走ってね!」
母は誰が見ても強がりだと分かることを平気で言う。そして、今のように墓穴を掘る。
例外的に母の言を全く疑わない弟の嬉しそうな台詞を受けて、母は一瞬返事に詰まった。
そして自分の腕に巻かれた包帯から血が滲んでいるのをちらりと見て、意を決したように頷いた。
「ええ、もちろん。馬に乗れる「訳がないでしょ?その怪我でどうしても馬で帰ると言うなら、エミィは僕の馬に一緒に乗せるよ。」
慣れている父があっさりと母の無謀を阻止した。母は乗れる、と主張しようとして父に笑顔で止められた。
「えっ、それなら母上は俺の馬に乗って!」
「パット、残念だけどこういう時に妻を乗せるのは夫の役目だからね。これは譲れないな。」
「父上ばっかりずるい!・・・じゃあさ、兄上でもいいから俺と一緒に乗らない?」
「でもいいって何だよ。僕は1人で乗れるからお断りだよ。」
「じゃあ、俺は父上の隣で帰る!」
それで決着した。
「この度は、ハーフェルト公爵夫人にお怪我を負わせることになり、大変、申し訳なく思っております。我々がもう少し早く・・・」
「あら、そんなことないわ。私が巻き込まれたのは偶然だし、貴方達が来てくれた時、とっても心強かったの。私がお礼を言う方よ、ありがとう。」
真っ青な顔で平身低頭、謝り倒している城の騎士の隊長へにこやかに返す母の台詞に、うちの騎士達は苦笑いを浮かべた。
皆、『奥様の場合は偶然ではなく、必然です』と顔に書いてある。
「まあ妻も息子も無事だったし、懸念されていた密売人達を捕らえられたから、これでよしとしようか。でもそいつらには後で正式に『ハーフェルト公爵夫人』を殺そうとして傷を負わせたことに関して罪状を追加するよう文書を出すからね。」
父がにっこり笑顔で言って『そいつら』のほうを見た。
縛り上げて転がされている男達の半分以上はもう意識も何もあったもんじゃない状態だったけど、不幸にも意識のあった男達はその笑顔だけで心臓が止まりそうになっていた。
父は生きた心地がしなかった上に、大事な妻を傷つけられて怒り心頭だろうから、気の毒だけど、彼等とは二度と会うことはないだろうな。
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悪い人達にとって公爵夫妻はもはや会いたくない人NO.1