続編第五章開始記念【番外編】雨の日の過ごし方 後編
※エミーリア視点
足元も見えない暗闇を歩き続けて、もうどれくらいたったのだろう。
疲れて足も痛くなってもう歩けない。
私は壁に背中をぴったりつけて、その場にずるずると座り込んだ。
ほこりまみれになろうと構わない。すでに手も足も汚れきっているはずだ。
そのまま膝を抱えて顔を伏せた。
「・・・これ、何処まで続いているのかしら。さっさと引き返せばよかった。棚を後ろから叩けば、ミアが気付いてくれたはずなのに。どうして進もうなんて考えたのかしら。」
後悔を呟いても当然、何の反応もない。久しぶりの1人ぼっちに心が痛くなった。
ハーフェルト公爵家で暮らし始めてから、独りになることは、ほぼ、なかった。
いつも誰かが側にいてくれて、話しかければ応えてくれた。
・・・独りってこんなに心細いものだったっけ?
結婚前はそれが当たり前だったから、これくらい平気なはずなのに。
今はここでこうしていることが、とても不安で怖くてたまらない。
自分が弱くなったと嘆くべきかしら?
いえ、公爵家での暮らしがとても幸せだからだわ。
「よし、私に幸せをくれる場所に戻るわよ!」
声に出して気合を入れると、すっくと立ち上がる。
・・・でも、出口がどこか気になるし、ここまできて戻るのも癪だから進むわよ!
■■
※リーンハルト視点
全くよりによって、1番遠くに通じている隠し通路を見つけるなんて、流石エミーリアというか何というか。
着替える間も惜しんで馬車に乗った僕は、公爵邸を突き抜けて裏門から見える小さな森へ向かった。
森の入り口で馬車を降り、そのまま木立ちの間を走り抜けて崩れかけた祠の前に辿り着いた。
屋敷内からも騎士達を行かせたけれど、彼女の性格からすれば多分引き返さないだろう。だとすれば、消えた時間からしてこちらからの方が彼女に近いはず。
彼女が途中で怪我をして止まっていたり、倒れたりしていなければいいのだけど。
不安に押し潰されそうになりながら、祠の壊れかけた木の扉を引き開ければ、錆び付いた金具がぎっと音を立てた。
「暗いですね。しかも、埃っぽい。」
石の階段を持ってきた灯りで照らしながら先に降りるヘンリックが呟いた。
「そりゃ、誰も使ってないからね。僕が通った時もどろどろになったし、あれから10年近く経ってる。」
「そういえば、屋敷内にいたはずなのに随分と汚れていた時がありましたね。」
「ロッテに地下室で転んだと誤魔化した覚えがあるよ。」
2人でぼそぼそ話しながら歩くが、エミーリアがいる気配がない。
通路の状態からしてまだ誰も通っていないように思えるのだが、彼女はまだ奥なのかな?それとももうとっくに抜け出して、何処かへ行ってしまった?
かなり歩いて来たのにまだ出会えないとは、と不安が押し寄せてきたその時、べしゃっという音と共に、小さな叫び声が聞こえてきた。
「痛い!もう、こんなとこに段差があるなんて見えないわよ!」
待ち望んだその声と気配に、僕は弾けるように駆け出した。
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※エミーリア視点
足元の段差に気が付かず、思いっきりこけた。擦りむいた手も足も痛いし、こけた場所には水が滲み出していて、ドレスが急に重くなった。
しかも、今朝、リーンがこのドレスをよく似合うと褒めてくれたことを思い出して泣きそうになった。
暗闇も隠し通路も大嫌いになりそう・・・。
滲んだ涙を汚れた手で拭いたその時、複数の人の気配がして、視界が明るくなった。
「エミィ!」
急な光が眩しくて目をぎゅっと瞑れば、会いたかった人の声がして、同時に暖かいものに包まれた。
リーンだ。夢でも幻でもなく、本当に今、リーンの温もりに包まれている。
「エミィ、無事に会えてよかった・・・!この通路にいなかったら、君が僕の側から消えてしまったら、どうしようかと思ったよ。」
心の底から安堵したという彼の声を聞いたら、我慢していた涙が溢れ出た。
「リーン!最初直ぐに戻ろうと思ったの、でも棚が動かなくて。屋敷内の何処かに出られると思ったのに、いくら歩いても終わりがなくて、永遠にここを歩かなきゃいけないように思えてきて怖かった!」
目の前の彼の服を握りしめて訴えれば、とんとんとあやすように優しく背中を叩かれた。
「もう、大丈夫だよ。ここまでよく歩いて来たね。ここからは僕が一緒だからね。」
その言葉にほっとする。こくりと頷けば、ふわっと身体が浮き上がって抱き上げられた。
いつもなら自分で歩くからと抵抗するところだけど、今日はもう疲れ切っていたので甘えることにした。
落ちないようにぎゅっとしがみつけば、彼が頬を寄せてきてほっとため息が漏らされた。
「ここまで汚れた公爵夫人は初めて見ました。」
「通路の点検も公爵夫人の仕事だと思うわ。」
「絶対、好奇心だけで突き進んだでしょうが!」
後ろで灯りを持っているヘンリックと、リーンの肩越しに言い合いをしていたらリーンが嬉しそうに笑う。
「君が僕から逃げ出したんじゃなくてよかった。」
「そんなことするわけないじゃない。」
「たまに不安になるんだよ。僕は君が望むような生活をさせてあげられているのだろうか、君はいつか僕を嫌いになって出て行くんじゃないだろうかと。」
「私は今とても幸せで貴方には感謝しかないし、私が貴方を嫌いになるなんて考えられないから、もう不安にならないで。」
言い切れば、ありがとう、という呟きとともに私を抱く腕に力がこもった。
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遂に外の光が見えて、通路から抜けた。
周囲を見渡した私は、ぽかんと口を開けた。
「ここは、どこ?」
「ハーフェルト公爵邸の裏にある森の中。」
「えええっ?!屋敷内じゃないの?道理で歩いても歩いても出られないはずだわ・・・。」
くすくす笑いながら答えるリーンの言葉に、私は心底驚いた。
「最初はとてもわくわくしたけれど、皆に迷惑をかけてしまったし、もう隠し通路には入らないわ。」
そう反省すれば、彼がいたずらっぽい顔になった。
「実は隠し通路はまだあるんだ。僕の休みが雨の日は、2人で隠し通路の探検をしようか?」
「いいの?!リーンが一緒なら、平気だわ!だって、私がどこに居ても助けに来てくれるんだもの。リーンはやっぱり私の王子様ね。」
「ちょっ、それ、今ここで言う?!」
彼は酷く狼狽え、私を降ろすと慌ててタオルを顔に当てた。
タオルはみるみるうちに赤くなっていく。
呆れたヘンリックに森を出たところに止まっていた馬車に2人して押し込まれ、あっという間に屋敷に戻った。
「大変迷惑をかけてしまってごめんなさい!」
玄関で出迎えてくれた皆に全力で謝った。
皆、怒ることなく無事を喜んでくれたことが、泣くほど嬉しかった。
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オマケ〜それからの雨の休日〜
「あ、今日は雨の休日ね。」
「旦那様が張り切って隠し通路へ行く準備をなさっていたわよ。」
「旦那様って、ご結婚されてから随分子供っぽくなったような?」
「旦那様は婚約された幼少時、このお屋敷でエミーリア様と遊ぶのをそれはそれは楽しみになさってましたからねえ。ようやく夢が叶ったというところなのでは。」
「執事さん!」
「皆も知ってる通り、エミーリア様は18になられるまでここへ来ることはなかったですからね。」
「子供時代のやり直し、ですかね。」
「まあ、そういうわけで我々はお2人を見守る方向でいきたいと・・・」
「執事さーん!大変です!地下通路に見慣れない生き物が住み着いてて、奥様が捕まえようと追いかけてます!旦那様も手伝ってますが、人手が要ると。」
「なんですと?!」
ここまでお読み下さり、ありがとうございます。家が広いっていいですよね・・・。