続編第四章開始記念【番外編】いつかの、未来3 中編
※次男パトリック視点
「ねえねえ、父上はどうして母上を好きになったの?」
剣術の朝稽古が終わって、タオルで汗を拭いてもらっている時に、突然思いついて父に尋ねてみた。
父の手が一瞬、ぴたっと止まり、今度はさっきより早く動き出した。
あれ、動揺してる?
しばらく無言で手を動かしていた父は、俺を終えて今度は自分を高速で拭きつつ、赤くなっていた。
「うーん、自分から惚気るのは平気だけど、こう真っ直ぐに来られると照れるね。正直に返すエミィはすごいな。」
「兄上が言ってたけど、父上は初めて会った全く知らない女の子を好きになったんでしょ?なんで?俺は知らない女の子はちょっと怖いんだけど・・・。」
俺が正直に話すと、父は優しい顔で頷いた。
「ああ、そうだね。僕は君と同じくらいの頃お茶会に出ることが多くて、知らない子達と会うことには慣れていたんだ。まあ、あまり楽しくはなかったけどね。」
そこで言葉を切った父は、懐かしそうに目を細めた。
「エミィとはお茶会で会ったのだけど、彼女は会場じゃない場所で寝転がってたんだよねえ。」
「母上、どこで寝てたの?」
「お城の裏庭。最初に見た時、髪が雲と同じ色で儚げで精霊かと思ったんだ。それから別れる時の笑顔がすごく可愛くて、それで心臓を鷲掴みされたというか。」
「母上、怖い。魔女か魔物だったの?」
「・・・好きになるっていう例えだよ。」
ふうん。じゃあ、寝転がってて、精霊みたいで、笑顔が可愛い女の子を好きになればいいのか。
うっとりと思い出に浸っている父に礼を言って、兄の部屋へ飛び込む。
ちょうど起きたところで、身支度をしていた兄のテオドールに先程の話を得意気に語れば、大いに呆れられた。
「それはさ、父上の話であって、パットが同じことをすればいいってわけじゃないんだよ?」
「だめなの?」
「当たり前でしょ。父上と君は違うんだから。」
振り出しに戻った。
■■
数週間後、俺は庭の奥にある森で木登りをしていた。
ここは街に近いから、高い木に登れば色々な家や人が見えて面白いんだ。
太い枝に座って足をぶらぶらさせていたら、下から声がして、木が揺れた。
「パット!お久しぶり。」
すぐ近くの枝まで登ってきて、元気な声で挨拶してきたのはイザベルだった。
イザベルは母上の親友のアレクシアおば様の娘で、母親同士がしょっちゅう会うから家族みたいな関係だ。
彼女は父親似の薄茶の髪に母親似の青の目で大きい。俺のお姉さん的存在だ。
「イザベル、会いたかった!元気にしてた?」
思わず身を乗り出して挨拶すれば、慌てた彼女に抱き止められた。
「危ないわね!お母様達が、おやつがあるからおいでなさいって呼んでたわよ。」
「そうなの?じゃあ、行く。兄上見た?」
「エミーリアおば様の横でディーをあやしてたわ。」
「えっ、もう行ってるの?おれには勉強で忙しいから一人で遊んでろって言ってたのに。」
なんだよーっとむくれながら木から降りれば、そこにはイザベルの妹のクラリッサがいた。
「あ、クラリッサも久しぶり。」
俺の2つ上のクラリッサは髪も目も父親似で薄茶と茶色だ。でも顔は母親そっくり。気性も荒くていつもきゃんきゃん文句を言ってくる。
今日もほら、俺を睨んでいる。
「パット、お姉様から離れなさいよ。」
「なんで。おれはたまにしか会えないんだから、譲ってよ。」
「私の大事なお姉様が減るでしょ!」
「減らないってば!おれの兄上あげるから、イザベル頂戴。」
「バカいってんじゃないわよ、いらないわよ。私はお姉様だけがいればいいんだもの!」
そして、とてつもない姉馬鹿で俺とはいつもけんかになる。
「貴方達、どうしていつもそうなの?ほら一人ずつ手を繋いでお母様達の所まで行きましょ。」
結局、いつも通り、イザベルの左右に分かれて手を繋いでもらう。
俺はいつになったら、イザベルと両手を繋げるんだろう。
■■
客間のテラスから続いている庭で、いつものように母上達が楽しそうにおしゃべりしている。
兄もその近くで寝返りを打つようになった妹のディートリントを構っていた。
「お母様、パットを呼んできたわ。」
イザベルが母親のアレクシアおば様に声を掛ければ、俺の母も振り向いて柔らかく微笑んだ。
「イザベル、ありがとう。パット、どこに行ってたの?」
「木登りしてたの!」
イザベルから離れて母に抱きつく。もうお腹に赤ちゃんがいないから抱きつき放題で嬉しい。
母もぎゅっと抱きしめ返してくれて、そうしたら、いい匂いがして幸せな気持ちになるんだ。
「あら、パトリックはまだ赤ちゃん返り中なの?」
アレクシアおば様のその一言に、俺は固まった。
赤ちゃん返りって何?!・・・まさか、俺のことじゃないよね?
恐る恐る母を見上げれば、苦笑しながら頭を撫でてくれる。
「アレクシア、赤ちゃん返りじゃないと思うの。ディーが生まれても、パットは特に変わりないわ。」
「そう?4歳の男の子ってこんな感じなのね。貴方がリーンハルト様に見初められたのがこの歳でしょ?子供達を見ているとあり得ないわーとしみじみ思うのよね。」
母もそうねえ、と頷いている。
「失敬な。僕のエミーリアに対する気持ちは4歳だろうと真剣なものだったんだよ。その証拠に今までずっと変わってないでしょ。」
突然割り込んできたその声に、皆が一斉にそちらを見た。
父とがっしりした体つきの薄茶の髪と髭の男の人が、テラスの階段を降りて来るのが見えた。イザベルとクラリッサの父親のギュンターおじ様だ。
「父上!」
「お父様!」
俺とクラリッサが走って行って、それぞれの父親に飛びついた。
「ヴェーザー伯爵様、お迎えには早いですね。何かありましたか?」
母は立ち上がって礼をすると、ギュンターおじ様に尋ねた。
「今日は相談したいことがあるそうだよ。」
俺を抱き上げた父が母に近づきながら、おじ様に代わって説明する。そしてそのまま、母の頬にキスをした。
母は珍しくそれに動ずることなく、使用人達が追加でセットし終わった椅子やお茶を2人に勧めた。
でも俺は父の腕の中から母を間近で見ていたから、気がついてしまった。
「母上、顔が赤くなってる。」
「パット!」
母の悲鳴と父達の笑い声で場が賑やかになった。
■■
「相談というのは、他でもない長女のイザベルの婚約者についてなんです。」
「もうすぐ12歳になるし、学園に通う前に決めといた方がいいかしらと思ってて。」
「そうなんです。私の知り合いは騎士ばかりですので、もう少し範囲を広げたほうがいいかと相談に参ったわけです。」
大人達と違うテーブルでおやつを食べていたら、ギュンターおじ様の声が耳に入ってきた。
婚約者、という単語に反応した僕は思わず隣のイザベルを見上げた。
だが、妹の世話を焼いている彼女には聞こえていなかったようで、無反応だ。
首を巡らせると、俺達の妹のディーを抱っこしてあやしていた兄と目が合った。
彼には聞こえていたようだが、君には関係ないだろ、というふうに片眉をあげて返された。
俺、関係なくない!イザベルは俺の姉だぞ!本当の、じゃないけど・・・あれ?俺とイザベルは家族じゃないんだっけ。
じゃあさ、じゃあ、イザベルに婚約者になってって言ってもいいのかな?
そうしたら父上と母上みたいにずっと一緒にいられるし、クラリッサに邪魔されずに独り占めできるんじゃないかな?
なにより、イザベルが知らない人の婚約者になるなんて嫌だ!
そう思ったら、もう、止められなかった。
「おれ、おれがイザベルの婚約者になる!なりたい!」
ここまでお読み下さりありがとうございます。
パトリック、恋を認識する・・・?