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【番外編】公爵夫妻の年越し

 ※リーンハルト視点

 (時期は結婚した年の大晦日となります。)

 

 

 「こんな時間に街にいるなんて、なんだか決まりを破っているような、悪いことをしているような気分だわ。」

 

 淡い空色の優しい風合いのコートと帽子を纏ったエミーリアが、隣で白い息を吐き出しながら呟く。

 悪いことをしていると言いながら、その声は楽しそうに弾んでいる。

 

 「今夜は特別だからね。ほら、広場に明かりが灯って大勢の人がいる。」

 

 僕が指差した場所には、白いテントが立ち並び、その下の屋台からはいい匂いと、温かそうな湯気がもくもくと立ち上っている。

 そして、もうすぐ日付が変わる深夜だというのに、広場を行き交う大勢の人々。 

 

 「すごい人ね。新年ってこうやって皆でお祝いするのね。」

 

 彼女の気分が浮き立つとともに、歩く速度も早くなり、繋いでいた手が離れそうになるのを手袋越しにぎゅっと握り直す。

 

 「エミィ、僕を置いて行かないで?」

 「大丈夫よ。ちゃんと繋いでおくわ。」

 

 振り返った彼女は嬉しそうに笑って、きゅっと僕の手を握り返す。

 肩を少し超えたくらいに伸びた髪が、彼女の動きに合わせてふわりと舞った。

 

 

 朝食の席で一年の最後である今夜、街で年越しをしようと彼女を誘った。

 夜中に出掛けると説明すると、もの凄く目を輝かせて喜んでいた。

 

 寒いからしっかり着込んで来てね、と言うとこないだ新調したコートのセットでおめかししてきてくれた。

 本当は新年に着るつもりだったけど、年を越すのだからいいわよね、久しぶりのデートだものと照れながら言う彼女を、抱きしめて部屋に戻りたくなったのは内緒だ。

 

 

 「新年の花火までにはまだ時間があるから、屋台を覗こうか?」

 

 広場について、興味深そうにあちこち見ているエミーリアに提案すると、彼女も気になっていたようで大きく頷いた。

 

 

 「ねえ、リーン。私達の結婚祝いの時とは違って、同じようなケーキのお店が多いのはどうしてかしら?」

 

 温かい飲み物を買い、数軒見て回った後に尋ねられる。

 僕は説明するより早いと、目の前の店のケーキを2つ買った。

 それは、手のひらに乗るくらいの小さな四角いケーキで、上にドライフルーツや木の実が飾ってある。

 

 「はい、君の分。中に陶器が入っているから気をつけて食べてね。」

 「え、陶器?それも食べられるの?」

 「まさか。それは食べられないから出してね。このケーキはね、出てきた陶器の色で来年を占う、年越しの縁起物なんだ。」

 

 そう説明して、僕の分をぱくっとかじって彼女に中を見せる。欠けた部分から人差し指の上に乗るくらいの、緑色の楕円形が覗いていた。

 

 「ふむ。僕のは緑色か・・・来年は健康運がいいんだって。」

 「健康に恵まれるってこと?それはいいわね!」

 

 ケーキをのせていた紙に色の説明が書いてあるので、それに照らし合わせて確認する。

 横から覗き込んでいたエミーリアは、なるほど、と理解したようで今度は自分とばかりにケーキをかじった。

 

 残念ながら、一口が小さすぎて一回では出てこない。

 彼女は悔しかったのか、今度はリスのように両手に持ってがぶりといく。

 かちんと音が鳴って、ようやく陶器が顔を出した。

 指でつまんだそれを光にかざして色を確認し、紙を見た彼女は嬉しそうに叫んだ。

 

 「見て、リーン!やったわ、私は来年、恋愛運がいいみたい。」

 「恋愛運?!」

 

 今更?!というか、なんでそんなに嬉しそうなの?!

 新たな出会いを期待してるとかいわないよね?

 僕達、まだ結婚して数カ月の新婚だよ!

 

 周囲で聞き耳を立てていた人達も、彼女の台詞を聞いて、僕の方をちらちら見ている。

 僕達がこの街の領主夫妻だということは、もうとっくにバレているので、すわ、修羅場かと期待しているような雰囲気すら出てきた。

 

 こっちのケーキを渡せばよかった・・・僕が無駄な後悔をしている横で、彼女は大事そうに手のひらにピンク色のそれを乗せてにこにこしている。

 

 「来年も、リーンと仲良しでいられるってことね。」

 

 その彼女の言葉を聞いた途端、僕の中で彼女への愛しさが弾けて人目を憚らず、ぎゅっと抱きしめてしまった。

 

 街でこういうことはしないと、約束していたけれど、あんな可愛いことをいわれて、我慢できる人がいるだろうか。

 

 エミーリアは突然のことに慌てて、離れようともがいているけれど、離すわけがない。

 そのまま文句を言っている口も塞いで、彼女に没頭する。

 彼女の抵抗が弱まったところで、花火が上がった。

 

 「あ、年が明けた。」

 「リーンのばか!」

 

 空を見上げた僕から飛びのいた彼女が、涙目で文句を言ってきたが、今は何を言われても気にならない。

 もう一度抱きしめ直して、耳元で話しかける。

 

 「エミィ、周りを見てご覧。皆同じことしているよ。これが花火とともにする、新年の挨拶なんだ。」

 

 驚いたように首を回して、同じように抱き合い、キスを交わす周囲を確認した彼女は、かなり恥ずかしそうに、さっと僕の頬にキスをした。

 

 すかさず僕もキスを返す。

 

 「新年おめでとう、エミィ。今年もよろしくね!」

 「新年おめでとう、リーン。こちらこそ、よろしくね!」

 

 

 

 ■■■

 おまけ〜新年の挨拶とは〜

 

 

 「ちょいと、オーナー。新年おめでとう。そろそろ私達にも、奥方様と挨拶をさせてくれないかね。」

 

 背中を突かれ振り向くと、ぬいぐるみ店の店長とヴォルフ親子がいた。

 

 心の中だけで舌打ちし、渋々エミーリアから離れる。

 きょとんとしている彼女に、店長が説明している。・・・余計なことを。

 

 「奥方様、新年おめでとうございます。ここではね、こうやって近くにいる人とも同じように挨拶を交わすんですよ。」

 

 そう言いながら、ぎゅっと僕の妻を抱きしめて、屈んだ彼女の頬にキスをした。

 それを受けた彼女も嬉しそうに抱きしめ返してキスをしている。

 

 僕は平身低頭しているヴォルフの肩を叩き、新年の挨拶と握手をした。

 ・・・店長、わざわざ抱き合わなくても握手で十分だと思うよ。

 

 一人ごちて、再度エミーリアの方を見れば、彼女は店長と別れて、次々と街の人達と抱き合ってキスを交わしている。

 ?!・・・ちょっと待って、いつの間に!

 

 初めて街に来たときに出会ったファンクラブとかいう女の子達も、きゃあきゃあ言いながら僕の妻と挨拶をしている。

 

 その光景に僕の口から悲鳴が上がる。

 

 「エミィ、絶対に男はダメだからね!」

 

 僕の心からの叫びを聞いて、残念そうに数人の男が彼女から離れた。

 

 いやもう、本当に危ない・・・!

 

今年、この作品をお読みいただき、評価感想ブックマークを入れて下さり、大変ありがとうございました。

来年も引き続き続編ともども、よろしくお願いいたします。

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