番外編 ある夜の公爵夫妻
2人の日常のひとコマ。いつもより文字数が少ないので、さくっと読んでいただけるかと。
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sideM
「エミィー、僕を見て?」
「・・・。」
つまらなさそうに本を読んでいた旦那様が声をかけるも、向かいの奥様は反応しない。
「エミィー、キスしていい?」
「・・・。」
隣に移った旦那様がそう言っても奥様は無言。普段なら10回に9回は動揺するのに。
旦那様の目が据わってきた。
「エミィ・・・僕のこと嫌いになった?」
「・・・・・・・・・好きよ。」
やっと返事をもらえた旦那様は嬉しそうに奥様にすり寄っていくが、奥様は全く旦那様の方を見ることなく手元に集中している。
この時間、夕食を終えて普段ならお二人でゆっくりされているはずなのだが、今日は奥様がひたすら縫い物をされているため、旦那様は大変お暇、いや、お寂しそうだ。
私はミア。ここ、ハーフェルト公爵家で奥様の侍女をしている。
教育が行き届いているので、ここで働けば行儀作法が身について箔が付くと人気の職場で、競争率は多分国で1番高い。城より高い理由は、入れ代わりがほとんどなくて募集人員が少ないからだ。
そんなすごいところに1番新しく入って来た私は、堂々の縁故採用だ。祖父がここで執事をしていて若い女というだけで選ばれた。
侍女の仕事はまだまだ勉強中だが、私が選ばれた本当の理由である、奥様の話し相手という点ではしっかりその役目を果たしている。
長々と説明してきて、何が言いたいのかというと、私は侍女としては半人前以下、ということを強く主張したいのだ。
よって、ロッテさんのようなベテラン侍女ならできる、阿吽の呼吸で退室するということができない!
ほら、なんというか、主人夫婦がいちゃつきだしたら、すっと下がるあれよ、あれ。
タイミングがさっぱりわからない。
いえ、普段ならね、もうちょっとわかりやすいんだけどね、ロッテさんのいない今日に限ってイレギュラーな状況がやって来るのよね。
昼間、今日中にぬいぐるみを完成させたいと、一生懸命縫っていた奥様だったが、奮闘虚しく間に合わなかった。
でも残りは足一本だから、と貴重なお二人の時間を使って完成に向けて励んでいるというわけ。
奥様ぁ、多分それ、明日でもいいやつです。
旦那様のフラストレーションがめちゃくちゃ溜まってます。
後で大変なことになるのは奥様です。
ということを伝える術もなく私は壁と一体化して、針を持ってちくちく頑張る奥様と、かまってもらえずどす黒いオーラを増していく旦那様を見ていた。
奥様は、1つのことに集中すると周りが見えなくなるというか、それしか考えられなくなるというか・・・。
世界平和のために、旦那様のことだけに集中していただきたいのですけど。
ちくちくちくちく・・・
「できた!できたわ!」
しばらくして奥様が叫んだとき、私も心の中で快哉を叫んだ。
旦那様がもう限界を越えかけていて、こちらにまで冷気が漂ってきていたからだ。
そんなことに全く気がついていない奥様は、それはそれは嬉しそうな顔で、旦那様の正面に出来上がったばかりのぬいぐるみと完成済のもう1つを突き出した。
「リーン、見て見て!なんとか間に合ったわ!」
奥様の笑顔に旦那様の真っ黒オーラが吹き飛ばされる。仕方ないなあという表情でぬいぐるみに目をやった旦那様の顔が引きつった。
「エミィ、これってさ・・・もしかしてさ。」
「うん、そう!アルベルタお義姉様と王太子殿下に差し上げる分。明日が何かの記念日だから間に合わせてもらえると助かるって言われたのよ。あー、間に合ってよかったー!」
手のひらサイズの赤と茶の猫のぬいぐるみ2体を前に、旦那様が震えている。
ぬいぐるみ達の首に、王太子ご夫妻の目の色である緑色のリボンをつけながら奥様が弾んだ声で続けた。
「リーン、明日、持って行って王太子殿下に渡してきてくれる?」
ぶっちーーーーーんと音がした。比喩ではなく。
「うん、分かった。任せておいて。兄上だね、兄上が悪いんだね。僕の1日で1番大事な時間を22分も奪ったんだ、それ相応の対価を払ってもらわないとね。」
「リーン?」
ここでようやく、奥様が旦那様の異常に気が付いた。
私の方を振り返って目だけで助けを求めてきたけれど、半人前以下の私にはどうすることもできない。
ぐっと親指を立てて幸運を祈っておいた。
奥様の顔がざっと青ざめる。
「リ、リーン。放ったらかしててごめんなさい。明日は私が自分で王太子殿下のところに届けるわ。」
急いで旦那様のご機嫌を取ろうとするも、もうそれでなんとかなる次元じゃないです、奥様。
「うん?いいよ、僕が持って行く。兄上に言いたいこともあるしね。大丈夫、エミィは悪くないよ。一生懸命ぬいぐるみ作ってる君も可愛いから。でもね、僕のこと忘れないでね?」
旦那様に悲しげに訴えられた奥様が何度も頷いている。
「じゃあ、時間が減った分を取り返そうか。」
旦那様のとびきりの笑顔に、もはや諦め顔の奥様。お願いされた通りに旦那様の膝に乗って抱きしめられている。
そのまま、2人で何事か話している内に、硬かった奥様の表情がほぐれて、柔らかい、旦那様に心を預けきった幸せそうな笑顔になる。
私はこの笑顔を見るのが好きだ。見ているこちらも心がふわっと幸せになる。
つられるように旦那様も優しい顔になって、奥様に顔を近づけていく。
あ、ここだ。
私はさっとお辞儀して、そっと部屋を出た。
後はお二人でゆっくり過ごされるはず。
私は今日のお二人のやりとりを、使用人一同に事細かに報告しに行こう。
皆、いつもそれを聞くのを楽しみにしているから。
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おまけ〜次の日〜
「エミィ、ただいま!」
「え、リーン?!まだお昼よ?!」
「王太子殿下に休みをもらって来たんだ。昨夜の奪われた22分に利子をつけて半日。一緒に街に行く?それとも庭でお茶して散歩する?」
流石、旦那様。
目を丸くする奥様を抱き上げて嬉しそうに喋っている。
さて、私はロッテさんと相談して、奥様のご予定を組み直さなくては。
ここまで目を通していただき、ありがとうございました!
ここで完結とさせていただきます。
最後まで読んでくださったことに感謝いたします。
また、番外編を投稿するかもしれませんが、
しばらくまた、地下に潜ります。
また次のお話も読んでいただけたら幸いです。




