番外編 公爵夫人、風邪をひく
風邪で看病は鉄板ネタ、と思いきや、看病シーンなんてほぼない感じになりました・・・。
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sideE
夜中に目が覚めた。
室内はまだ真っ暗で、屋敷内も静まりかえっている。
寒い。喉が痛い。これは風邪を引いたわね・・・。
今までに何度もこういう症状は体験している。熱が上がっている途中だから寒気がしているのよね。ヤバいわ〜。
最近ずっと夜会続きで、体調を崩したかな。明日も某伯爵家の夜会だったはず。1日で治さないとあちこちに迷惑がかかってしまう。
それに、今までは一人だったから気にしなくても良かったけど、今は違う。
リーンに風邪を伝染してはいけない。
私はまず、それを思った。
隣の部屋に移動しよう。
私は自分を抱え込んでいる彼の腕から滑り抜けてベッドを下りた。
流石にこの時間は彼も熟睡して起きないらしい。助かった。
ところが、そーっと扉に向かったところで、くしゃみが出た。
くっしゅん!
慌てて両手で口を覆うも、振り返ればリーンが起き上がって眠そうな顔でこちらを見ていた。
「エミィ、何してるの?まだ起きる時間じゃないよ。」
「起こしてごめんね、すぐ戻ってくるから寝てて!」
「あー、ガウン羽織って行きなよ。」
誤魔化したつもりが、彼はベッドを下りると、私のガウンを持って近づいてきてしまった。
ダメ、伝染る。
「リーン、来ないで!私に近寄らないで!」
思わず彼に向かって叫んだ。大声を出したことで一気に熱が上がった気がする。
寒気もひどくなってくらくらする。
「はぁ?!エミィ?何言って・・・エミィ?!」
私は近づいてくる彼から離れようと後ずさり、足がもつれたところで意識が途切れた。
夢を見た。
リーンが夜会で楽しそうに踊っていて、私はそれを周りの人達と眺めている。
私はここにいるのに、彼は誰と、踊ってるの?
私以外の女性といるのになんで、そんなに嬉しそうなの?
その笑顔は私だけに向けて欲しいのに。彼の隣で笑ってるあの人は誰?
彼は私のことが好きじゃなくなったの?
周りからはいつものように私の悪口が聞こえてくる。
「地味なくせに金の力で飾り立てて、なんとか見られる姿にしているだけ。」
「遺産目当てで公爵を殺そうとしている。」
「王太子御夫妻の威光をかさにきて、口だけは1人前。」
「まだ子供ができない。そろそろ第2夫人を、いや、離婚が先だ。」
夜会ではリーンにすぐバレるような、飲み物をかけるとかどつくとか、直接的なことはされない。
代わりに、彼のいない隙に、後ろからスッときて悪意しかない言葉たちを私の耳にだけ置いていくのだ。
もう、夜会にではじめて1年以上になる。
自分でなんとかしなきゃ、それくらい気にせず笑顔で飲み込まなきゃ。
それがまだできないなんて、誰にも言いたくなかった。
そうやって我慢していたらどんどん食欲がなくなって・・・それで風邪を引き込んでしまった。
自己管理ができてない。悔しい。私は歯ぎしりした。
そして、はたと気がつく。これは夢だ、夢なんだ。愚痴っても不満を言っても誰にもバレない。
ここでなら溜まったストレスを解消できるんじゃない?
気がつくと私は力いっぱい叫んでいた。
「○○公爵夫人のばーか!自分のほうが私より十倍お金かけてるくせに人のこと金食い虫って言ってんじゃないわよ!△△伯爵令嬢のとんちんかん!リーンと結婚したいなら私の揚げ足ばっかとってないで本人にぶつかって砕け散れ!○侯爵のあほったれ!自分が領地経営がど下手くそのくせにリーンに嫉妬してそれを私にぶつけてくるんじゃないわよ!△子爵令嬢、伝書鳩のようにあちこちの悪意ある噂をさも親切そうに告げに来ないで!もうそれ知ってるから!リーン、なんで他の人とそんなに幸せそうに踊ってるのよ!その笑顔は私にだけしか見せないで!私だけを好きでいて!」
一気に叫んだら、喉が枯れた。
「お水・・・」
夢でまで水なんて、と自嘲しかけたら目の前に差し出された。
起き上がって両手で持って一気に飲んだら、噎せた。
がふっごふっ
「エミィ、大丈夫?」
声を掛けられ、背中を擦られる。
「夢でも噎せるのね・・・。そんなとこリアルにしなくていいのに。」
ついでにでてきた涙を手の甲で拭う。
夢のくせにあとからあとから溢れてくる。
「どうして泣いているの?」
タオルを渡され、頭を撫でられる。
今度の夢のリーンは優しかった。
「だって、貴方が他の女性と楽しそうに踊ってるからじゃない。」
「僕が?誰と?」
誰だったかしら?あの令嬢?いえ、○夫人?☓令嬢だったかな、いや、△令嬢だったかも。
夢だもの、相手の顔ははっきりわからなかったわ。どの人も会うと私のことが邪魔で仕方ないって顔してるし、同じ流行の型のドレスで区別がつかないのよ。
大体、皆、私のこと何にも知らないのに、言いたい放題なのが許せないわ。いえ、知らないからこそ好き勝手に言えるのよね。
等々、私は堰を切ったように夜会やお茶会でのストレスを、わざわざ私の夢にまで出演してくれているリーンにぶちまけ続けた。
夢っていいわね。何を話しても、起きたらなかったことになるんだもの。
だから、普段なら絶対言えないことも言えるもんね。
「リーン、起きたらちゃんとするから、今だけぎゅってして?」
夢だからすぐに抱きしめてもらえて、安心した私はそのまま次の夢に移った。
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sideL
「ヘンリック、全部メモった?」
「はい。こちらに。」
主は片手で持った紙束を眺めてため息をついた。
もう片方の手は鼻に当てたタオルを押さえている。
そろそろ交換時か。
最後の奥様の一撃は私からみても凶悪過ぎた。
おかげで最近は週に1回にまで減っていたのに、久々に大量出血中だ。
だが、奥様が再び眠るまで我慢した主を褒めたい。
「こんなに溜め込んで体調を崩すまで言わないってどうなの。僕はそんなに頼りないかなあ。」
「旦那様が頼れるからこそ、頼り過ぎないように早く自分一人でできるようになりたかったのだと思いますよ。」
奥様の氷枕を取り替えながらロッテが微笑む。
奥様は怒涛のように喋って、また熱が上がったのか赤い顔でしんどそうに眠っている。
「でも、熱でうなされていた奥様が突然叫びだした時は本当に驚きました。」
ミアが胸をなでながらつぶやく。
それには同意する。
あの時、私は城仕えを無理やり休んで、なおかつ朝からずっと落ち着かない主に隣室で仕事をさせていた。
そうしたら急に大声が聞こえてきて、慌てて覗いたら、寝ている奥様が全力で某貴族達を罵倒し始めていた。
その内容を聞いた主が、すぐに記録しろと言うから手元の紙に書きつけていったわけだが。
意外な人物が主に敵対心を持ってたり、好意を寄せていることが分かって大層面白い。
「奥様は便利、いえ、なかなかいい情報をお持ちですね。」
主は軽く睨んできただけで、何も言わなかった。
奥様が倒れてからかなり落ち込んでいるので、怒る元気もないというところだろう。
「せっかくだから泳がしておく奴以外、明日の夜会で対処してくる。あ、これは夢の話だから。エミーリアに現実だったと気づかれないようにね。」
それだけ言い置いて、紙束を持ってとぼとぼと部屋を出ていった。
奥様、だから言ったじゃないですか!貴方が病気になれば被害甚大だって。
おかげで私は超忙しいですよ。この埋め合わせは後で必ずしていただきますからね!
私は奥様の枕元の本を見ながら心の中で決意した。
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おまけ〜元気になった奥様へ〜
「奥様、リーンハルト様の為に、スパイ活動してみませんか?」
「え、やるわ、やりたい!」
奥様の目が輝いた。私はここぞとばかりに畳み掛ける。
「なに、とっても安全で簡単なお仕事ですよ。夜会やお茶会でご自分に対して言われた嫌味と悪い噂を拾って、全部残らず私に教えてください。」
奥様の目が据わった。
「えー。それだけ?機密書類を盗みに忍びこんだり、盗聴器仕掛けたりしたいな。」
奥様の台詞に、隣に座っている主が青ざめる。
主ストップがかからないうちにと私は即却下する。
「それは奥様にもう少し体力と運動神経が備わってからですかね。」
「うー。痛い所を・・・。わかったわよ。」
「いいですか、言われた通りに覚えて帰って来てくださいよ。」
「私、記憶力はいいのよ。」
「では、期待しております。」
やるぞーと拳を突き上げて、やる気をみせた奥様を主が心配そうに見ている。
主には予め伝えておいたが、こうも容易くノッてくるとは思わなかったのだろう。
最近の奥様の愛読書が、スパイ物であることを把握さえしていれば、簡単なことだ。
これで奥様がストレスを溜め込む前に主がケアできるし、私も有益な情報が手に入って一石二鳥というわけだが。
奥様が操り易すぎて、少し心配になってきた・・・。
ここまでお目を通していただき、ありがとうございます。
風邪を引くと甘えたくなる場合もあるだろうってことで。
9/28 誤字脱字報告をたくさんいただき、ありがとうございました。