番外編 公爵夫妻、街へ行く2
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「あら。」
「うわ。」
目的のクレープ屋さんを見つけて2人で声を上げた。
店の前から終わりが見えないほどの行列ができている。
学園や夜会では滅多に行列ができることはないし、ここまで長いものは初めて見た。
隣のリーンは、頭に手をやって、
「すごい並んでるなあ。これ、通行の妨げになってないかな。」
と呟いている。
私は初めてみる光景にわくわくしながら、彼の袖を引いた。
「ねえ、この行列に並んだらクレープが食べられるの?」
ぎょっとした顔でこちらを見た彼の顔には、並ぶの?!と書いてある。
「私、行列に並んだことないのよね。」
「それなら、これは長すぎるよ。最後にするつもりだったんだけど、近くにぬいぐるみのお店があるんだ。そっちに行ってみない?時間を置いてまた来てみようよ。」
「ぬいぐるみ?!行きたいわ!そうね、お店は逃げないからまた後できましょうか。並んでいる人が減るかしら?」
「そう願うよ。」
クレープ屋をとおりすぎて1区画行ったところにある黄色い壁のお店に案内される。
赤い花が咲いている木枠の上げ下げ窓から見える店内には、ところ狭しとぬいぐるみが飾ってある。
うわあ、かわいい!早く入りたい!
私はさっきのクレープ屋よりテンションが上がって、繋いだ手を引っ張って入り口に向かおうとした。
すると、手が解かれて、すまなさそうな顔をしたリーンが、
「ミリー、悪いけど先に店内に入っててくれる?僕はちょっと用を済ませてから行くよ。」
と告げた。
え、私一人でお店に入ったことないのだけど。
上がっていたテンションが瞬時に0まで戻ったけれど、私は頷いた。
「わかったわ。先に店内を見てるわね。」
早く戻って来てとか、何しに行くのとかは言わなかった。
彼にだって用事くらいあるだろうし、さっき2人で何軒かのお店に入ったからやり方は分かってる。
彼に頼ってばかりじゃいけない。
私は今日持ってきた自分のお小遣いを使って、一人で買い物をしてみるべきだ。
「こ、んにちわ。」
恐る恐る店の扉を開けると、カランッとドアベルが鳴って奥で作業をしていた店員がこちらを見て会釈してきた。
こちらもぺこっとお辞儀を返して、店内に足を踏み入れた。
丁度お客さんが誰もいなくて、私一人だ。気兼ねなくぬいぐるみ達を眺められる。
・・・・・・ぬいぐるみはかわいいが、屋敷に売るほどあることを考えると、なかなか買う決心がつかない。
ずらりと並んだ子達を眺めながら悩んでいると、後ろから声を掛けられた。
「何かお探しですか?誰かへのプレゼントかしら?」
振り向くとそこには小さなお婆さんが立っていた。
さっき挨拶した店員さんとはまた別の人だ。買い物するときに、一対一で話をしたことがない私はどぎまぎしてしまった。
「あの、こんにちは!私、ぬいぐるみが好きで、たくさん持っているんですけど、好きだから見に来ちゃって、でも、本当にたくさん持っているのでこれ以上増やしてもいいのか悩んでまして・・・。」
そして私は、悩みをそのまま垂れ流すように一気に喋ってしまった。
お婆さんは軽く目を見開いて私をまじまじと見つめると、
「ぬいぐるみをたくさん?貴方が?もしかしてこれとかこれお持ちですか?」
と言いながらリーンが誕生日プレゼントとして贈ってくれたのと同じぬいぐるみ達を見せてきた。
おや、ここは彼の御用達のお店かしら。
「ええ、どちらも持っています。それから、あれとそれとこれもあっちのも。」
そう正直に言うと、お婆さんの目付きが変わった。
「まあまあ。それでは貴方様は刺繍などされるのでは?縫い物もお出来になる?」
「はい。ひと通り習いましたが。」
あの母も私がどこへも嫁に行かず、ずっといるのは嫌だったようで、侯爵令嬢に必要な教養は身に着けさせられた。多分、最低限レベルだと思うが。
それを聞いたお婆さんの顔がパアッと明るくなって、奥のカウンター近くの棚の前に案内された。
そこの棚には袋が並べられていた。ぬいぐるみが入っているにしては膨らみが足りない。
何なのだろうと、不思議に思って見ていると、お婆さんがそれを1つ手にとって、カウンターの上に中身を並べた。
小さく切られた布に、綿に糸・・・何かの材料かしら?
「これはうちの新商品で、自分でぬいぐるみを作れるセットなんですよ。」
「自分でぬいぐるみを作れるのですか?!」
「自分で作ってプレゼントしたいという要望があって商品化してみたやつだ。中の紙に作り方が書いてあるし、もう裁断まで済んでいるので簡単に作れるはずだ。誰かとお揃いってのもいいぜ?」
お婆さんの言葉に驚く私に、カウンターの中の店員さんが追加で説明してくれた。
店員さんはお婆さんとは対象的に大柄で筋肉がとても良くついた男の人だった。厳つくて一見怖そうだが、目には優しい内面がにじみ出ている。
この人もぬいぐるみが好きそうな気配がする。私は、嬉しくなって笑顔で頷いた。
せっかくだから2体作って、リーンにも1つプレゼントしたい。うまくできたらいずれロッテ達の分も作ろうかな。
「手のひらサイズのものを2つ、欲しいです。」
「じゃあ、お客様ならこちらとこちらはいかがですか?くまができますよ。」
お婆さんに差し出された袋の中を覗くと、淡い金色と灰色の布が入っていた。私とリーンの髪の色だ。
すごい、なんで欲しいものがわかったんだろう。
それを聞こうと思った時、ドアベルが鳴って新しいお客さんが数人入ってきたので、私は慌てて会計を頼んだ。
大丈夫、この時のために自分のお財布も用意して、お金を出す練習をミア達としてきたのだ。
私は意気揚々とお財布の中から硬貨を取り出そうとして止められた。
会計係の男性が困ったように私の手元を見る。
「お嬢さん、金貨はちょっと多すぎる。もう少し小さい単位の硬貨はないか?」
「え、そうなの?!銀貨ならあるけれど一枚しかないの。足りるかしら?」
「十分だ。お釣り渡すからな。」
「おつりが・・・?2つでこれとは安いわね・・・。」
「いや、ぬいぐるみは嗜好品だからな。そこまで安くねえよ。あんた、普段自分で買い物とかしてないだろ。何者?まさか1人で来てねえよな?店の外にお供でも待たせてんだろ?」
急に質問が重ねられて私はオタオタした。なんで、買い物初めてだってバレたの?!1人じゃないのもバレてるし!お供は待ってないけど。
質問されたら答えなきゃ。こういうときのための設定なのね、理解したわ!
「私、確かに買い物は初めてなの。何かおかしいことしているかしら?それと街には、こ、恋人と来たの。彼は用を済ませに行ってるので、この後、ここで待たせていただいてもいいかしら?邪魔にならないように隅にいるから。」
正直に言って相手を見上げると、男性はぽかんとした顔でこちらを見ていた。
え、ナニその反応?
「あら、ちょうどよかった。その待っている間、ちょーっと顔を貸してくれない?いいわよね?」
突然、肩に手を置かれて後ろに引き寄せられる。
振り返ると、さっき入ってきた女の子達が私を取り囲むように並んでいる。
これは一体?!
問答無用で引きずられながら、私は買ったものとお釣りを慌ててかばんの中に片付けた。
そのまま店からも連れ出され、知らない道をどんどん進んで行くうちに、気がつくと周りの女の子たちが増えていた。
嫌な予感しかしないんだけど?!
「なあ、母ちゃん。あれ、なんだったんだろうな?」
「おや、お前気付かなかったのかい?あのお客さんはオーナー夫人じゃないか。」
「え、オーナーって貴族様だろ?あの子髪が短かったじゃないか。」
「お前、髪の長さだけで判断するんじゃないよ。立ち居振る舞いも話し方も、商家の娘なんかじゃないよ。それに刺繍なんてご令嬢の嗜みじゃないか。その上、この国ではうちでしか扱っていないぬいぐるみをあんなにたくさん持っているなら間違いないやね。」
「そうか、どうりで違和感しかない客だと思った。あの年で買い物したことがないとか、金貨を平気で出すとか、商家の娘にしちゃおかしいよな。でも、恋人と来たって言ってたぜ?」
「ほら、その恋人が来たんじゃないかい?」
目を通していただきありがとうございます。行列に並びたくない男、リーンハルト。




