番外編 公爵夫妻、街へ行く1
ここから番外編になります。
番外編というと長くても3話くらいで終わりの短いものというイメージだったのですが、この2人を街に行かせたら6話になりました。なぜだ!
少し長いですが、お読みいただけたらありがたいです。
■■
sideE
「エミィ、支度はできた?」
「ええ、これでいいかしら?」
ノックの音とともに顔をのぞかせたリーンに、私はくるりと回ってみせた。
今日は2人で街へ行くので、膝下丈の淡い紫のワンピースに、いつもはなんとかまとめている短い髪を下ろしてハーフアップにしてある。
「うん、ちょっといいとこの商家のお嬢さんに見える。」
そう言いながら近づいてきた彼は、生成りの半袖シャツにループタイ、こげ茶のスラックスを着ている。
確かにいつもより随分、砕けた格好だ。
それに加えて、髪の毛を1つに結んでいる。小さなしっぽがとても愛らしい。私は顔には出さずそれを愛でた。
「で、僕はその恋人って設定でいこう。」
「恋人?!」
「一度、やってみたかったんだ。別に問題はないでしょ?」
問題のあるなしではなく、すでに夫婦なのに恋人同士を演じるのってどうなの?
「え、いや、設定は必要なの?」
「街に行って買い物したり、あちこち見て回りたいんだよね?そうすると少なからず人と会話することになるから、設定はあった方がいいよ?」
「夫婦じゃだめなの?」
夫婦、と口の中で繰り返した彼が照れた。
3日前に結婚したばかりだから、まだ慣れないらしい。
そういう反応されると私も落ち着かなくなる。
こほんと空咳をして、取り繕った彼が、
「僕達は恋人らしいことをせずに結婚したでしょ。だから今日は恋人同士のデートしよ?学園にいる間に、放課後デートもしたかったのに時間がなかった・・・。」
最後の方は心底悲しそうに言うものだから、私はあっさり絆された。
「そういえば、そうね。わかったわ。私と貴方は恋人同士ね。で、恋人同士ってどうすれば?」
「まあ、それはおいおい街を歩きながら。さあ、行こう!」
急に元気になった彼に引きずられるように屋敷を出た。
心配そうな執事の横で、ロッテとミアが満面の笑顔で手を振って送り出してくれた。
その温度差、ナニ?!
待って待って、敷地に隣接している場所に馬車で行くってどうなの?!
玄関を出てすぐに馬車に乗せられて目を点にしていると、察したリーンが苦笑しながら言った。
「言いたいことはわかるけど、歩くと時間がかかりすぎるから。今日行く場所はうちの森の向こう側で離れてるんだよねー。」
要は正門から街は遠いと。どれだけ広いの、公爵邸。そういえば、屋敷内すらまだ全部まわってないわ。
「お隣なのに気軽に行けないのね。」
ちょっと残念感を全面に押し出しすぎたか、彼が慌てた。
「そんなにがっかりしないで?うちから出てくとか言わないよね?!そうだ、気軽に行けるように森を抜けたとこに通用門でも作ろうか?」
「何を言っているの?私は貴方と一緒にいたいから公爵家に嫁いだのであって、決して街に気軽に行くためじゃないのよ?それに門が増えたら公爵家の警備が大変よ。」
「ああ、そうか。君の安全が第一だよね。」
いえ、それは重要ではないのだけど。街に行くためだけに門を増やそうとか考えないで欲しい。
うんうんと頷きながら向かいの席から隣へ移ってきた彼が私の手を取る。
なんだなんだ?
「せっかく君が僕と一緒にいるために結婚してくれたのに、明日から君と離れ離れなんて辛すぎる。休暇が3日とか酷いよね?!やっぱり王太子補佐なんて辞めて領地経営に専念しようかな。」
とんでもないことを言い出した。
「リ、リーン!それはだめよ。皆さん困るわよ。離れるったってお仕事の間だけでしょ。そうそう、髪の毛結んでいるのは初めて見たけど、かわいいわね!」
なんか、このままいくと雰囲気が甘くなりそうだったので、急いで話題の転換を図る。
結婚して3日間で、これくらいの察知能力は身についた。
今日まで無休で口説かれ迫られ続けたら、いかに私でもそれくらいは出来るようになる・・・。
「そう?君の好みならもう少し伸ばそうかな。エミィもその髪型似合っているよ。貴族じゃなければそれくらいの長さの女性も多いから、変装にはもってこいだね。」
肩上で揺れる私の髪を掬ってこちらを見つめてくる彼に私は焦る。
あれ、雰囲気が変わらない?!かわいいって言えば拗ねるかと思ったのに。
それどころか望みと反対方向に進んでいる気が。
後退った私の横に手をついて動きを封じた彼が、くすっと笑う。
「今、無理やり話題を変えて雰囲気ぶち壊そうとしたでしょ?バレバレだよ。そろそろ慣れてくれてもいいんじゃない?まあ、今はここで勘弁しといてあげる。」
きらっきらの笑顔でダメ出しされて、頬にキスされました。
察知能力は手に入れたけど、回避能力はまだまだのようです。
「そうそう、街では僕のことハルトって呼んでね。身分を隠して街に行くときに使ってる名前なんだ。君のことはミリーと呼ぶから。」
「呼び方まで変えるの?!」
「そうだよ。楽しいでしょ?」
「間違ってリーンと呼んじゃいそうだわ。ハルト、ハルトね。」
呼び方を練習していたら、可愛い!と抱きつかれて私はピンチに陥った。
すぐに街に着いたから助かったけど、彼のスイッチが未だによくわからない・・・。
■■
sideL
僕の妻が街の入り口で立ち尽くしている。
このエルベの街は、城の北東に位置しており、この国最大の市場がある。
今日はその市場ではなく、そこから少し外れた
地元の人達のための小さな商店が並ぶ街区に来た。
市場の方が賑わっており、珍しい品や商品数が多いが、人も多いため治安がよくない。
買い物初心者の彼女には、こちらの方がゆっくり商品が見れていいだろうと思ったのだが、他にもいいところがあったらしい。
「街並みがかわいい!」
先程からぎゅっと両手を握りしめて目をキラキラさせながら、左右の家々を眺めては歓声をあげている。
木組みのカラフルな壁の家が石畳の街路に沿って並ぶのは、確かに絵本の中の街のようだ。
僕には当たり前で見慣れた景色なんだけど、彼女にとっては新鮮なものらしい。
ここまで喜ばれると、連れてきたかいがあったというものだ。
市場はテントがズラッと並んで土埃が立ち込めているからこっちに来て本当によかった。
しかし、かれこれ10分はこうしている。そろそろ、動かないと通行人の視線が痛い。
今日は目立たないようにするつもりで来たんだけど、初っ端からこれでは期待できない気がしてきた。
「ミリー、喜んでくれて嬉しいんだけど、そろそろ街に入って買い物しようか?」
声を掛けると、はっと気がついたようにこちらを見た。
「そうね!お買い物に来たのよね!行きましょう。」
早速、恋人設定を活かして彼女と手を繋ぐ。
目的の半分は彼女の迷子防止なのだが、そんなことを言ったら繋いでくれないので、恋人同士とはこうやって歩くものだと教える。
ぽわっと彼女の顔が赤くなって照れる様が、可愛らしい。
歩きながら恥ずかしそうに周りを見て、何組かの男女が同じように繋いでいるのを発見して納得していた。
「エスコートとはまた違うのね。ちょっと恥ずかしいけれど、今日は恋人同士の演技をするのだものね。」
うん、と僕は首をひねった。演技と言うと何か違和感があるんだけど。
そうか、演技と言うと僕達の関係が嘘に聞こえるんだ。
僕は、エミーリアの嘘の恋人になる気はない。
「演技というか、恋人同士に戻って、という方が正しいかな。僕達には本当にそういう時期がなかったものね。」
目を瞬かせて考えこんだ彼女は、みるみるうちに赤くなった。
「それは、えっと、本当の恋人同士ってこと?」
「当たり前じゃない。今日は街でデートのつもりだよ。」
「うわあ・・・デートって初めてするわ!アレクシアも言ってたの、婚約者と放課後デートしたかったって。」
彼女の顔が喜びに弾けた。演技しなきゃとまた難しく考えてたな?
「放課後、ではないけど時間的には同じくらいか。じゃ、まずおやつでも食べる?」
「食べるわ!新しくできたクレープのお店が流行ってるから、食べてきたほうがいいですよってミアに教えてもらったの!」
水を向けたら、すごい勢いで食いついてきた。
うん、僕もミアに全力で勧められた。
店の場所も聞いてるけどもう少し先だ。
頭の中でルートを考え、プランを組み直す。
「じゃ、クレープのお店に行こう。そこまでに気になるお店があれば覗いていこうよ。」
「わくわくするわね!」
エミーリアが弾むような足取りで僕を引っ張っていく。
エミーリアさん、そっちは反対方向ですよ。
目を通していただき、ありがとうございます。番外編のノリで書けてるといいのですが・・・。