26.夫婦初の共同作業です。
■■
sideE
高い天井から下がる、いくつもの豪華なシャンデリア。その光に照らされながら楽団の演奏に乗って、最高の装いをした男女が優雅に踊っている。
そのきらびやかな空間の片隅で紹介と挨拶、ダンスを終えた私は休んでいた。
ダンスは、リーンと2回、その後、後見だからとタリアメント伯爵となぜか王太子殿下、と続けて4回も踊った。おかげで、足が痛い。
王太子殿下なんて踊りながら、
「リーンの前でだけでなく、義兄となったのだから私の前でも可愛く甘えてみて欲しいのだが。」
と無理難題をふっかけてくるものだから、笑顔が引きつってステップを踏み間違えてしまった。
アルベルタ様もなかなか個性が強いけれど、王太子殿下も全く読めない人だった。
その時は、近くで踊っていたリーンとアルベルタ様が、動揺した私に気がついて、殿下に注意してくれたので事なきを得た。
しかし、王太子殿下は諦めていないようで、離れる間際、
「次会ったときには是非甘えてくれ。」
と言い残して去って行った。
実の兄にすら甘えたことなんてないのに、一体どうしろと?!
それでどっと疲れて、リーンが隣国大使やタリアメント伯爵とお話する間、休憩させてもらうことにしたのだった。
もはや宴もたけなわで、私のことなんて誰も気にせず夜会を楽しんでいると思ってたら、そんなことはなく。
「あの第2王子殿下と色褪せ令嬢をご覧になりまして?ああ、もうハーフェルト公爵夫妻と言ったほうがよろしいかしら。」
「まるで、ダイヤと石ころが並んでいるようでしたわね。」
「まあ、うふふ。石ころは石ころらしく、地面に転がっていればよかったのに。」
嫌でも耳に入って来る、私に聞かせるための会話。皆様、楽しそうだなあ。
この夜会では、思っていたより私の容姿に対しての悪口は少なかった。
リーンは、君が実は綺麗だってことに皆が気がついたんだよ、と言ってくれたが俄には信じがたい。
代わりに、といってはなんだが、国1番の資産を持ち、第2王子が継いだハーフェルト公爵の夫人の座に私がついたことに対する、批判ややっかみが飛び交っているのが聞こえてきた。
私は相手が彼でなければ、ハーフェルト公爵夫人になど、なりたいと思わないのだけれど。
そう考えながら、手にしていたグラスの中身を干して、近くのテーブルに置く。
あの人の言い方だと、リーンがダイヤで石ころが私よね。でも、そこはせめてサファイアかアクアマリンが彼のイメージだと思うのだけど。
自分の頭に飾られている例のサファイアを思い浮かべる。
代々伝わる宝石を今日、身に着けないでどうするのと皆に言われて渋々ヘッドドレスに仕立ててつけているけど、落とさないか気が気でない。
もう何度目かわからないくらい髪に手をやって確認していると、甲高い声が聞こえてきた。
「そういえば、ハーフェルト公爵夫人のご実家はノルトライン侯爵家らしいですわね。」
「あら、そうなの?リーンハルト様はもっと力のあるお家の方と結婚なさると思っていたわ。」
「そうね、侯爵家とはいえ、あの家では力不足だわね。」
「でも、今日はノルトライン家の方が一人もおられないようですけど。あの夫人ならこんな良縁を結んだら、必ず話しかけてくるのだけれど、不思議ね。」
「噂ですけどね、本当は姉君がリーンハルト様と婚約するはずだったのに、エミーリア様が横から奪ったそうよ。」
「それでフィーネ様は、あんなにお年の離れた方とご結婚なさったのね。隣国の皇帝陛下に重用されている方とはいえ、20も年上の方となんてねえ。」
「リーンハルト様はフィーネ様の方がお好きだったとか?」
「あら。じゃあ、お二人の仲はよろしくないのかしら?」
「でも、第2王子殿下は婚約者を溺愛しているという噂を夫が聞いてきたわ。」
「その噂、エミーリア様がわざと流しているのではない?」
「ああ、だから、結婚披露の夜会でお一人にされているのね。」
3人のご婦人方はそこで初めて、一人で座っている私に気がついたというように、扇から覗かせた目をこちらに据えた。
これは、受けて立たねばならないかしら。
リーンからは、くれぐれも大人しく座っていてね、周りの話は聞き流しているように、と言われていたけれど。
ここまでめちゃくちゃなことを言われて何もしないなんて、噂を肯定しているみたいで嫌だわ。
タリアメント伯爵達と話している間も時々、こちらに視線をくれる彼の目を捉えて合図を送った。
そうしておいて、扇を広げアルベルタ様直伝の笑顔で武装すると、私は立ち上がって彼女たちの方へ一歩、近づく。
先程からこちらをチラチラと伺っていた周囲の人達が、なんとなく人垣を作って私達を取り囲んできた。
アルベルタお姉様!不肖の弟子は教わったことを駆使して、短期決戦で勝ってみせます!
私は心の中でそう宣言し、自分を鼓舞した。
そうしないと、本当は何も言えず、尻尾を巻いて逃げ出しそうだったから。
アルベルタ様曰く、まず第1に、笑顔で文句のつけようのない挨拶と礼をすること。
「お初にお目にかかります、エミーリア·ハーフェルトにございます。オーデル公爵夫人、ナイセ侯爵夫人、レグニッツ伯爵夫人。」
足が震えるまで訓練した礼と、これまた顔の筋肉が引きつるまで練習した社交用の笑顔で、挨拶をする。
3夫人の顔が本気の驚きに塗り変わった。
周囲も少しざわめいている。
彼女達の名前を知っていたことに驚いたのだろう。
一応、今日の招待客の顔と名前は叩き込んできた。それが、こんなところで役に立とうとは。
資料を用意してスパルタで叩き込んでくれたヘンリックに感謝せねば。
第2に、自分の手の内で最も効果的なものを周囲にも分かりやすく示し、相手を黙らせる。
「お話が聞こえたのですが、私、放って置かれているわけではないんです。夫はそちらで大陸最大の版図を誇る隣国の重臣、タリアメント伯爵様方と歓談中ですわ。男性同士のお話ですから、私は遠慮させて頂いてこちらで休んでおりましたの。本当は王太子妃様の元へ行きたかったのですけれど、夫が目の届くところにいないと嫌がるものですから。」
言いながら手のひらを返して、ご婦人方の背後を指し示す。
それを聞いてぎょっとして振り返った3人は、にこやかにこちらを見ているリーンとタリアメント伯爵を認めて、一様に青褪めた。
第3に、頼れる相手を召喚できたら、そのまま丸投げ!
最初のうちはこれが1番いい方法よ、とアルベルタ様が教えてくれた。
「お待たせ、エミーリア。隣国の方々との話は終わったよ。」
輝くような笑顔を浮かべて私の横に来た彼は、3夫人にそのまま話しかけた。
「お久しぶりです、オーデル公爵夫人、ナイセ侯爵夫人、レグニッツ伯爵夫人。本日より正式にハーフェルト公爵を継ぎました。若輩者ですが、精進しますので、妻共々これからもよろしくお願いいたします。」
彼の笑顔と優雅な仕草に3夫人は赤くなり、扇の陰でもごもごと、こちらこそとかなんだか返してきた。
リーンは夫人達の様子にふっと笑いをこぼすと、
「そうそう、妻の実家のノルトライン侯爵は一家で食中毒になったそうで、今日は参加できなかったのですよ。この時期は気をつけないといけませんね。ついでにいいますと、私は彼女以外の女性と結婚したいと思ったことはありません。」
としれっと付け加えた。
そんな嘘ついていいの?!しかも、それ、話聞いてましたって言ってるも同然よね?!
当然、夫人達は震えあがった。
それに追い打ちをかけるように、側に来ていたタリアメント伯爵が私の手をとって、
「貴方は私の愛する妻の妹だ。だから、今日からは我がタリアメント家が貴方の後見をさせてもらう。何かあれば、遠慮なく連絡をくれ給え。なに、貴方の姉に気軽に手紙を書いてくれたらいいだけだ。」
周りに聞こえるよう、大きな声で爽やかにそう告げたものだから、夫人達は今にも卒倒しそうになった。
いうだけ言った伯爵は、私に片目を瞑ってみせると、隣国の大使達とそのまま王座近くの席へ戻って行った。
私とリーンは深く腰を折ってそれを見送る。
視線をご婦人方へと戻したリーンは、すっと笑顔を消して告げた。
「まさかとは思いますが、面白おかしい噂を信じて、軽はずみに広めたりしないでくださいね。やっと手に入れた、この世で一番大切な女性を悪く言われたら、私は平気でいられませんからね。」
必死で頷いて逃げるように立ち去った夫人達を見送りながら、私は広げた扇の陰で小さくため息をついた。
ひどく緊張していたようで、疲れがどっと出て笑顔を保つのが辛くなってきた。
やはり、こういうのは向いていない。
成り行きを見守っていた周囲の人々の好奇の視線があちこちから突き刺さってきて、疲労を倍増させる。
「エミィ、顔色が悪いよ。少しの間、庭で外の風にあたろうか?」
ふわっとリーンのマントが肩から掛けられ、彼に包み込まれるようにして、外へ連れ出された。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
夜会のシーンは難しいですね。




