25.婚約者は終了しました。
■■
sideE
結婚式の最後に大失態をしでかして、地の底まで落ち込んだ私に対して、皆優しかった。
あれこれ慰められ、昼食会の間も気を使われて申し訳なく思っていたら、最後の方には笑い話になっていた。
おかげで、落ち込んでいた気分もなんとか浮上し、次は失敗しないよう頑張ろうと思えるようになった。
今までは落ち込んだら、時間をかけて自分で自分を励ましたり、気持ちを誤魔化してやり過ごしてきた。
だから、誰かが一緒にいてくれて温かい言葉をかけてくれることが、こんなに心強いものだなんて知らなかった。
「エミィ、もう大丈夫?夜会はいろんな人がいるから何を聞いても気にしちゃだめだよ?」
着替えのため控室まで送ってもらう途中、隣を歩く彼が声をかけてきた。
ああ、私は耳に入ってくる噂話とか気にしちゃいそう。アルベルタ様に色々教わったし、もっとしっかりしないとね。
「ええ、大丈夫よ。耳をふさいで、にこにこしておくわ。」
朝から貼り付けっぱなしの笑顔で答えると、リーンは立ち止まってこちらを見つめてきた。
そしておもむろに私の顔に手を伸ばして、ぎゅっと左右の頬をつまむ。
「ひーん、いひゃい。(リーン、痛い)」
抗議したら、そのまま横に伸ばされた。これもかなり痛いのよ?!
「笑顔リセット〜。」
「?!」
「なんか、笑顔がしんどそうだったから。はい、リラックスしてー。」
今度は両手を掴んで上に伸ばされた。ストレッチ?ウエディングドレス姿でこんなことしているのは客観的に見るとすごく間抜けだなと思ったら、笑えてきた。
「あはは!ありがとう、ちょっと楽になった。」
強制バンザイの態勢で笑うと正面の彼も笑う。自分でやっときながら可笑しくなってきたらしい。
「うん、その笑顔が、見たかった。」
突然何をするのかと思ったら、私が朝から緊張して疲れてきているのがわかって、ほぐしてくれたのね。
彼はいつもこうやって、私が気づいてないところまでみてくれている。
そんな彼の側が、私の場所であることが嬉しい。
心の底から湧き上がってきた気持ちを伝えたくなって、彼の目をじっと見つめて、一言告げた。
「リーン、大好き。」
「ちょ、今それは反則・・・!」
大慌てで手を離し、タオルで顔を覆うリーン。
「おや、お前達、先に行ったと思っていたが。ここで何をしている。」
突然、飛んできたその台詞に、私は飛び上がって振り向いた。
私達と同じく着替えに向かうアルベルタ様と王太子殿下が揃ってこちらを見ている。
「あらあら、リーン様。大丈夫ですか?こんなところで鼻血を吹くようなことをしていたのね。」
「いえ、そんなことはしてないです!」
「いちゃつくのはいいが、お前達は城内で独身者に狙われているらしいから気をつけよ。」
「は?」
リーンと私が揃ってぽかんと王太子殿下を見上げたら、王太子殿下はふっと横を向いて肩を震わせた。
「フェリクス様、笑うのは失礼ですよ。それに、そんな言い方では誤解を招きます。」
アルベルタ様が王太子殿下を注意して、私達にすまなさそうな顔を向けた。
「あのね、こないだエミーリアが王妃様とお茶をしたときに、着替えを手伝ったうちの侍女たちがね、あの後すぐに良縁を得たの。」
それはおめでたい話だ。あのリーンの噂について教えてくれた2人かな。私は顔を思い出しながら頷く。
「今まで全くそういう話がなかった2人だったから、ひと騒動になってね。同僚に理由を聞かれた2人が揃って、第2王子殿下と婚約者のやり取りをみて幸せを分けてもらったから。と答えちゃったらしいのよねえ。」
「それでどうして私達が狙われることに?」
「どう伝わったのか、貴方達が仲良くしているところを間近で見て会話を聞ければ、良縁を得られるという話になってて。」
「そのあたりの物陰からその機会を狙っている者が多数いるぞ。」
笑い終えた王太子殿下がニヤニヤしながら口を挟む。
「道理でさっきから視線を感じると思った。殺意も悪意もないと思ったらそういうことか。」
リーンが呆れたようにつぶやく。
「ということで、うかつな場所でキスしたりしないようにな。」
「気をつけてね〜!」
言いたいことだけ言って2人は立ち去った。アルベルタ様は着替えの時間も迫っていたのだろうけど。
お2人の背中を見送って、彼と顔を見合わせる。
「なんか、疲れたね。」
「あの人達と話すと大体そう。・・・僕たちも行こうか。」
黙って2人で歩き出した。
「じゃあ、また夜会の前にね。送ってくれてありがとう。」
「支度を終えた君に1番に会えるように戻って来るよ。」
やっとたどり着いた控室の前で、彼と別れた。
私は、休む間もなく、ロッテ達の待つ部屋に入ると、次の夜会のためにドレスから化粧から全てやり直す。
色々ありすぎて少し、休みたい・・・。
「お疲れですね、お嬢様、ではなくて奥様。ヘッドドレスが届くまで、少しこちらにおかけになって休んでいて下さい。」
ロッテに奥様と呼ばれて、驚いた。そうか、もう式が終わったから私はリーンの妻になったのね。
言葉として言われて、実感したことで、顔が急速に熱を帯びる。
「あれ、顔が赤いよ、熱でもある?」
「ひゃっ?!」
突然、上から今考えていた相手の声が降ってきて、私は椅子から飛び上がった。
見上げると気遣わしげな顔をしたリーンがいた。
「いえ、その、大丈夫よ!これはなんでもないの!」
「・・・何をそんなに動揺してるの。まあ、具合が悪いのでないならいいけど。」
彼は、私の額にそっと手をあてて確認する。
それから側のロッテに持っていた小箱を渡した。
「支度を終えたエミィに1番に会うために、僕が持ってきちゃった。ヘッドドレスなら着けてる間ここに居てもいいよね?」
言いながら、私の向かいに椅子を運んできて座る。
これ、何を言われても絶対に動かないやつだ。
ロッテもそれを悟ったのか、何も言わずにミアに小箱の中身を渡す。
ミアが私の後ろに回って、短い髪ながらなんとかまとめた部分を隠すようにそれをつける。
「奥様のお支度が終わりました。」
恭しくそう告げたロッテの言葉にリーンが固まった。
ミアがその反応を見てにやりと笑う。
「旦那様、先程の奥様と同じ反応ですね。お顔が真っ赤ですよ。」
「あ、ミア?!バラさないで!」
ミアの口を塞ごうと慌てて立ち上がった私は、本日2度目の失態をやらかした。
またもやドレスの裾を踏んで、思いっきり前につんのめったのだ。
「エミィ?!」
そのまま正面に座っていたリーンの腕の中に倒れ込む。
「ドレス破れてない?!」
受け止めてもらって、すぐにそれを確認した私に彼が怒った。
「そうじゃないでしょ!君は大丈夫なの?!足捻ったりしてない?」
私は彼の強い口調がショックで、とっさに何を言われたかわからなかった。
恐る恐る彼の顔を見上げる。そこには怒っているというより、心配そうな顔があった。
その表情から、この人は母のように私に理不尽に怒っているのではないと判断する。
それと同時に、言われた内容がじわりと頭に浸透して、彼がこの高そうなドレスより、私の方を心配してくれているのだと気づいたら、泣きそうになってしまった。
それを隠すために目の前にある彼の服を掴んで俯く。
「・・・あ、ありがとう。大丈夫・・・。」
「良かった。本当に君は危なっかしいんだから。」
ぎゅっと抱きしめられたので、私も抱きしめ返そうと腕を伸ばしたら、
「では、私共は5分だけ、下っています。リーンハルト様、くれぐれも奥様の髪やお化粧を崩さないように気をつけてくださいませ!」
とロッテの声がして、侍女達がぞろぞろと廊下へ出ていく気配がした。
ああ、また人前なのを忘れていた・・・。
羞恥で顔を上げられずにいると、5分かという、つぶやきとともに手が伸びてきて顔を上に向けられる。
まだわずかに赤い顔をした彼の目が潤んでいる。
「エミィ、君はもう僕の妻なんだね。まだ実感はないんだけど、これから夜会で君を妻だと紹介するんだ。それがすごく、嬉しい。」
「わ、私も、さっきロッテに奥様と呼ばれて落ち着かなかったのだけど、改めて貴方の妻になったんだと思うと、嬉しい・・・。」
今なら周りに誰もいないから、心に正直に言える。
でも恥ずかしさは抑えられず、目を合わせては言えなかった。
言い終えてからちらりと彼の顔を見たら、リーンは見たことのない幸せそうな表情で私を見つめていた。
これはキスする流れ。なんとなくだけど、私はそういう雰囲気を読んだ。そして覚悟を決める。今度はちゃんと受けて立つ!
彼にもそれが伝わったのか、顔が近づいてきて、耳元で囁かれた。
「その青いドレス、ダンスの練習で何回も見たけれど、今日が1番綺麗だ。ハーフェルト家のサファイアをあしらったヘッドドレスも、君の髪の色にとてもよく似合っている。本当はこのまま2人きりでずっといたいよ。」
耳に息がかかって、心臓の音がすぐそこで聞こえるくらい緊張している。
何か、言おうと思ってるのに、あがってしまって口がうまく動いてくれない。
「エミィ、キスしていい?」
目の前の薄青の瞳に映る私が、こくりと頷いた。
その瞬間。
バーン!
扉が派手に開いて
「リーンハルト様、エミーリア様!忘れてましたが、『真の夫婦になった場合、契約を破棄して、そのまま幸せな結婚生活をおくるべし』の条項により、こちらの契約書は破棄させていただきます!」
懐かしの契約書と共に飛び込んできたヘンリック。
後ろからヘンリックを止めきれず、ずるずると引っ張られてきた侍女達が、あと少しだったのにぃーと残念そうな声を漏らしている。
もしや、見られてたの?!
私は勢い良くリーンの腕を振りほどいて離れる。
「ヘンリック!それ、今じゃなきゃだめなことか?!お前は、いっつも謀ったように邪魔してくれるな!」
その場にキレたリーンの怒声が響いた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
王太子様が思ってたんと違う性格になったのです。