23.婚約者最終日
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ついに、結婚式当日が来た。
私は早朝から叩き起こされて、屋敷中の女性陣とアルベルタ様から派遣された侍女達の手によって別人状態に仕立てられた。
短い髪も残っていた髪で付け毛を作って、なんとか希望していた髪型に近いものにしてもらえた。
皆様の腕に感服です。
終わった途端、鏡でじっくり見る暇もなく、馬車に押し込まれ、聖堂へ連れてこられた。
正直、もうクタクタで、式の間に倒れそうだ。しかも、その後、夜会とか・・・!
「エミーリア、表情が死んでるわよ!はい、笑顔!」
控室で最終チェックをしていたところ、突然、アルベルタ様の大きな声がとんできた。
「アルベルタお姉様!もう疲れました!笑顔なんて無理です!」
「泣きごと言ってないで、しゃきっとする!今日は1日笑顔をキープするのが貴方の仕事よ!・・・うん、今日も美しく仕上がってるわね。大丈夫よ、自信を持ってリーン様の横に立ってなさい。エミーリア、結婚おめでとう。」
あっという間に涙腺が決壊しそうになり、側のロッテが慌ててハンカチで私の目元を押さえる。
「あ、ありがとうございます。アルベルタお姉様、不出来な義妹ですが、今日からよろしくお願いいたします。」
「あ、そんなこといわれると、私も涙腺が緩むじゃない。ええ、もちろん、本当の姉だと思って頼って頂戴。私はいついかなるときも、貴方が一方的に悪い時でも、絶対に味方だから。私をこの国での実家だと思ってね。」
私は思わず涙を止めて、アルベルタ様を見つめる。
彼女はそんな私の手を取り、両手で包むと大きな緑の瞳で柔らかく見返してくれる。
「貴方とご実家のこと、聞いたわ。色々辛かったわね。これからはリーン様が大事にしてくれると思うけれど、やっぱり喧嘩をすることもあると思うのよ。だから、そんな時はぜひ私の元に逃げてきなさいね。リーン様を私が返り討ちにしてあげるわ!約束よ?」
「は、はい!」
その気持ちはとても嬉しいのだが、段々凄みを増してきたアルベルタ様の声に恐怖を抱き、こくこくと頷いていたところ、
「ちょっと義姉上、エミーリアに物騒な約束をさせないで下さい。しかも、また私より先に彼女と会っているなんて、ひどいですよ!一生に一度しかない姿なのに!」
聞き慣れた声が割り込んできた。
朝から別行動をしていたリーンは、足早に近づいてくると私からアルベルタ様を引き剥がした。
「エミィ、とても綺麗だよ。君と結婚できる今日が、どれだけ待ち遠しかったか。」
朝から皆が綺麗と言ってくれたけど、彼に言われるのが1番嬉しい。
この日を待っていたのは私も同じなので、頷いて素直に返す。
「ありがとう、リーン。もう一緒に暮らしてるけど、今日からは改めて妻として、よろしくお願いいたします。」
「私の方こそ、夫としてよろしくね。エミィの口から妻とか・・・もう、その響きだけで倒れそう。」
彼が手を口元に持って行くだけで周囲がざわめいた。
ヘンリックなんて大慌てでタオルを彼の顔に投げつけている。
白い服だもの、赤く染めるわけにはいかないわよね。
だが、実際の症状は何もでなかったらしい。
皆がほっとした時、
「リーンハルト殿、倒れる前に私を紹介してくれませんか?」
リーンの言葉を受けて、開いたままの扉から大きな男の人が現れた。
見上げるような背の高さ、がっしりした体つき、厳しい顔は立派な茶色のひげに覆われている。年齢も随分上の方のようだ。話し方からして、多分、隣国の貴族の方じゃないかしら。
私は会ったことのない人だと思うけれど、どなたかしら?
心の中で不審がりながらも、笑顔を貼り付けたまま私はその人へ視線を向けた。
「いやいや、倒れるというのは比喩ですから。タリアメント伯爵、お待たせして申し訳ありませんでした。つい、彼女に見惚れてしまって。」
リーンの台詞に、そこにいたタリアメント伯爵以外が心の中で突っ込んだ。
貴方の場合、全くもって比喩じゃない!
そんな我々の無言の抗議を気にすることもなく、彼は私とタリアメント伯爵の間に立って互いを紹介する。
「この女性が本日、私の妻となるエミーリア・ノルトライン嬢です。エミーリア、こちらは、今日の結婚式で君のエスコート役をしてくださるガイオ・タリアメント伯爵だよ。」
にこやかな笑顔でリーンがとんでもないことを言ってきた。
え、本来なら父親と歩くべきところを、全く知らない人と行けと?!
紹介されてお互い礼をとり、顔を合わせる。
リーンの説明を聞いた私の笑顔は引きつっていて、それを見たタリアメント伯爵が吹き出した。
「リーンハルト殿、肝心な部分を説明していないよ。そりゃ、初めて会った知らない人にエスコートされて、新郎の元に行く花嫁なんて嫌だろう。」
「いえ!その、嫌というわけではなく、驚いただけです。タリアメント伯爵様こそ、こんな見も知らぬ私と・・・」
慌てて言い訳する私に、タリアメント伯爵はお茶目に片目を瞑ってみせた。
見かけによらず、朗らかで気のいい人みたい・・・。
「実は私は貴方の義兄なんだ。私達の結婚式には侯爵だけが出席されたから、会うのは初めてだね。でも、貴方のことはいつも妻のフィーネから聞いていた。今日は、我が国の王妃の弟君の結婚式ということで、私が名代として出席することになってね。妻が花嫁は妹だというので、会うのを楽しみに来たのだ。そうしたらリーンハルト殿からエスコート役を頼まれてね。事情を聞いて二つ返事で引き受けたというわけ。」
続けられたその台詞に、私は目を見開いてタリアメント伯爵を凝視した。
伯爵は目元を緩ませて私へ頷く。
「お姉様の!姉は、元気ですか?!」
とり縋らんばかりに駆け寄った私を伯爵は軽く両手で受け止めて、眉を寄せた。
マナーがなってなかったと気がつき、謝ろうとすると首を振って止められた。
「いや、そんなことはいいんだ。それより、やはり手紙は届いていなかったか。フィーネからの手紙はいつが最後?」
嫌な予感がした。私は恐る恐る事実を述べる。
「昨年の冬に受け取ったのが最後です。」
「なんと!フィーネは、毎月手紙を書いていたのだが。貴方のだけ学園宛であることに気がついたうちの者が、同じ家に住んでいるのだからと、ノルトライン侯爵家行きの分と一緒に送っていたんだ。それがわかったのは最近でね。申し訳ない、妻が貴方からの手紙の内容がおかしいとこぼしていたのをもっと真剣に聞くべきだった。」
「きっと母が、私に渡さずに処分していたのですね・・・。」
予想通りの話で、今日という日にまで影を落とす母に、気分が沈んだ。
「エミィ、大丈夫?これからはそんなことは起こさせないからね。」
リーンがそっと肩を抱き寄せて気遣ってくれる。
駄目だ、彼に心配をかけてはいけない。さっきアルベルタ様に言われたじゃない、今日の私の仕事は笑顔でいることだって。
大丈夫、母にはもう会うことはない。
よし、と気合を入れ直して、笑顔にする。ちゃんと笑えてるかな?
「ありがとう、リーン。大丈夫よ。貴方がいてくれるもの。」
「私の前では無理して笑わなくてもいいんだよ?」
「はいはい、2人の世界に入らない。そろそろ、移動する時間よ。」
割り込んできた言葉に、私はリーンからぱっと離れる。
そうだ、皆ここにいるんだった!恥ずかしい!
「義姉上!今日くらい私に格好つけさせてくださいよ!」
「何言ってるの。そんなの後にしなさい!彼女を貴方の妻にしに行くわよ!」
「はっはっは!実は妻から、エミーリア嬢が幸せそうでなければ連れて帰って来てほしいと頼まれていたが、その必要はなさそうだな。リーンハルト殿とお互い想い合っているし、王太子妃殿下にも可愛がられているようで安心したよ。」
タリアメント伯爵が面白そうに義姉弟喧嘩を笑い飛ばした。言ってる内容はとても不穏だったが。
それを聞いたリーンは青ざめて私の手を握る。
「今度、エミィのお姉様に会いに行こう!直接会って、君が幸せになってるって安心してもらおうね!」
「それまでに喧嘩してないといいわねー。」
「義姉上!私は彼女と喧嘩なんかしませんから!」
「まあ、喧嘩しても、仲直りできればそれでいいのさ。私は君達が訪ねて来てくれる時を妻と楽しみに待っているよ。」
「皆様、本当に時間が迫っておりますので、直ちに聖堂へ移動してくださいませ!」
ロッテの一喝により、不毛な言い争いは幕を閉じた。
あの樹上からリーンと2人で眺めた、聖堂の重厚で大きな扉の前に、タリアメント伯爵と2人で立つ。
彼の腕にそっと手を添えて息を整えた。
私は笑顔を保とうと努めたが、どうにも落ち着かない。
一昨日ここでリハーサルしたし、昨夜も寝る寸前まで脳内シュミレーションをした。大丈夫、緊張するはずがない・・・のだが。
いや無理、やっぱりめちゃくちゃ緊張してきた!
これからの儀式の順番が頭からすっかり消えている気がする。間違えたらどうしよう。
無意識の内に身体が細かく震えだす。
それが手から伝わったか、ちらりとこちらを窺った伯爵が、私の手を優しく叩いてささやいた。
「緊張してる?私もだよ。こんなに早くこの役を務める日が来ようとは。まあ、結婚式なんて少々トチっても笑って誤魔化せば、誰も気にしないさ。それより、エミーリア嬢、彼と幸せになるんだよ。」
タリアメント伯爵の言葉が終わると同時に、音楽が鳴り響く。
そして、ついに目の前にある大きな扉が内側に向かって左右に開かれた。
扉の向こうに続く、緑の絨毯の先には、私をいつも包み込んで、安心させてくれる笑顔を浮かべたリーンが待っている。
私は大きく息を吸って腹を括った。
「タリアメント伯爵様、本日はエスコートを引き受けてくださってありがとうございます。お会いできて嬉しかったです。私はこの国でリーンハルト様と幸せになります。これからも私の大切な姉をよろしくお願いいたします。」
前を見つめたまま私がそう言うと、任せておけ、と力強い声で返事が来ると同時に、一歩が踏み出された。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ついにこの日が来ました。そしてお義兄さん登場。




